はざまの中の僕らの話

むらくも

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β様と夏祭り【β×Ω】(1)

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 世間はすっかり夏休み。
 学生生活で一番遊びが充実する時期。だけど哀れな事に、この高校ではヒート休み期間という自室謹慎を強制される期間がある。このヒート休み期間が夏休みにダダ被りしている生徒は、たとえ夏休みであっても部屋から出る事は許されない。
 そんな哀れな生徒の一人が、この学校の生徒会長であるβ様こと仁科儀にしなぎ冬弥とうやだった。
 
「外でデートがしたい」
 
 向かい側で問題集を解いている人物が、突然ポツリと呟いた。
 どうやら少し前に言っていた事は本気だったらしい。自室謹慎期間でも腐らずに受験勉強と生徒会の雑用をこなしてたっていうし、それくらい報われても良いんじゃないかとは個人的に思うけれど。
 そもそも、受験シーズンにそんな事をしてて大丈夫なのか……?
 受験の追い込みって夏休みじゃなかっただろうか。学年トップの成績を取っていても、その分レベルの高い大学を受ける事になって大変そうなのに。
 向かいで夏休みの宿題をせっせと消化しつつ、思わず内心でそう突っ込んでいた。
「もうすぐ外に出られる事だし、せっかくなら出かけたい」
 すっかり集中が切れたらしい恋人様はじっと視線を向けてくる。
 去年は夏休みの間ずっと寮に引きこもって、勉強と生徒会の溜まった雑務消化に邁進していたと聞いていたけれど。今年は遊びたい気持ちが出てきたらしい。受験生なのに。
「つってもなぁ……どこも混んでそうだけど」
「混んでいるのも味なんじゃないのか?」
「自分の顔面偏差値を考えて言えよ」
 小首を傾げて見つめてくる顔はどう頑張って見ても美形だ。整ったパーツが整然と並んでいる綺麗な顔。そんな顔のついた人間を人混みに放り込んだりしたら、絶対に周りの視線を集めてしまう。
 ……恋人を独占したい。
 仁科儀冬弥の番――パートナーとしての申請をしている行家ゆきいえ春真はるまは最近ようやく、そんな欲望を自覚し始めた所だった。

 外でデートがしたいと言ってくれるのは嬉しい。けれどあまり沢山の人目には触れさせたくない。この番は自分のものだから。
 そんな葛藤に頭を支配された春真は一つだけ、苦肉の策を捻り出した。
「……地元の祭り、とか」
 大きな祭りや花火大会は八月の前半に終わってしまう事が多い。そんな期間とずらすように行われるのが地元地域のこじんまりとした縁日だ。
 打ち上がる花火そこまで大きなものではないけれど。春真自身も何だかんだで毎年楽しみにしているし、夏の風物詩は味わえるんじゃないかと思う。
「地元……春真のか?」
「それ以外にないだろ」
 変な所に食いついてきたと思えば、覗き込んできた顔がぱっと輝いた。
「行く。行きたい」
 満面の笑顔で嬉しそうな声を出されると少し照れくさい。
 仁科儀冬弥は仁科儀家っていうデカい家の長男で、この学校でも一二を争うお坊ちゃんだ。地域の祭りっていうものには家から寄付したり来賓で顔を出す程度らしく、縁日にもあまり参加はさせて貰えなかったらしい。
 出店を子供だけで回るなんてもってのほかだったと聞いて、金持ちすぎるのも大変だなと同情してしまった。
 そんなこんなですんなりと帰省ついでの夏休みデートが決まり、日程を組む話になったところで。

 ……気付いてしまった。

 デカい住宅街が広がっている地元には、観光地みたいな宿泊施設がない。
 恋人を呼んでも泊まれる場所が無いのだ。怪しげなホテルは確かあったけれど、そんな所に泊まらせる訳にはいかない。数駅先の大きな駅に行けばあるんだろうけど、今から予約が取れるんだろうか。
 楽しそうに話す恋人を目の前に、そんな思考がぐるぐると頭の中を回って。
 ……こうなったら仕方がない。
 春真はひとつ、腹を括ったのだった。
 

 八月も半ば。
 高校から街中へ出て、そこから電車で一時間以上をかけて地元に一番近い大きな駅に出てきた。
 そこから路線を換えて数十分電車に揺られ、ようやく地元駅にたどり着く。今の高校に対して山の中だの周りに何もないだの色々文句言ってたけど、こうして戻って来てみると地元も良い勝負かもしれない。
 けれど隣に座る恋人はきらきらとした目で車内や窓の外を見つめている。
 都会のデカい家に住んでるらしいお坊ちゃんが耐えられるのか、ひっそり心配してたけれど。思った以上に楽しくやっているようで何よりだ。
「次で降りる」
「ん、分かった」
 地域の中ではそこそこ大きめな駅で降りて、駅前からバスに乗り換える。
 しばらく揺られて止まった先、終点近くの停留所で降りて二人で向かったのは。

「ただいま」
「お邪魔します」

 何棟か並んでいる集合住宅の一室。行家家である。
 ドアを開けると奥から母親がぱたぱたと出迎えに出てきて、連れてきた人物の顔を見るなり黄色い声を上げた。クラスメイトなのかとか、やっぱり都会の子は違うわねとか、どうやって仲良くなったのとか。好奇心全開でじろじろと冬弥を見ているし、畳みかけるように質問が飛んでくる。
 ……だから連れて来たくなかったんだ。アイドル眺めてる時みたいな顔すんな。
 冬弥が美形なのもあって、ミーハーな母親のテンションがやけに高い。これで実は恋人だなんてバレた日には大騒ぎになるのが目に見えている。
 そろそろ強行突破すべきかと思い始めた頃、今日は休みだったらしい父親が出てきてリビングへ行くように言ってくれた。

「嫁は昔から顔の良い人に目が無くてね。騒ぎ立てて申し訳ない」
「ごめんなさいね、お友達がまさかこんな美形だとは思わなくて」
「友達じゃなくて先輩だから」
 目を丸くした両親を他所に、冷蔵庫から出した麦茶を注いで冬弥に渡す。先輩を家に連れてくるってそんな変だっただろうか。
 ……いや、変か。変だな。友達にしといた方がよかったかもしれない。
 余計な事を言ったと少し後悔しつつ、自分も麦茶を注いだグラスに口を付ける。すると母親が少し神妙な顔で口を開いた。
「先輩さんなら何かご存知かしら。うちの子のパートナーになったっていう生徒さんの事」
 いきなり直球すぎる質問が冬弥へ向かって飛んでいって、口に含んだばかりの麦茶が全部肺の方へ流れ込んでいった。
 
 両親には誰とパートナー申請をしたかって話はしていない。ただ好きな人ができて、その人はβだから申請をしたいって相談しただけ。そしてその状況は冬弥に伝えていなかった。
 変な空気になる前にと焦って何か言おうとしても、むせて声が言葉にならない。
「この子ったら何も教えてくれないんですよ。どんな方か知りたいのに」
 きょとんとしていた冬弥だったけれど、状況を察してしまったらしい。わざとらしいくらいニッコリと微笑んで、圧のある顔が春真を見た。
 けれどそれは一瞬で、すぐβ様の顔になって両親の方へ向き直る。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。この度ご子息のパートナーとして申請をいたしました、仁科儀冬弥と申します」
 
 きらきらした笑顔と挨拶の爆弾をキメた冬弥に、この場の時間が止まった。
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