はざまの中の僕らの話

むらくも

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君のいる夏休み【β×Ω】(1)

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 夏休み。
 普段は朝から晩まで賑やかな全寮制の学校も、帰省する生徒が増えるこの時期は少しひっそりとしている。この時期に寮で生活をしているのは夏場の合宿がある部活動に所属する生徒や、家に帰らない事情を持つ生徒。
 そして――学校の指定するヒート休み期間に丁度当たっている生徒くらいである。
 夏休みにヒート休みが当たってしまった生徒は、たとえ夏休みであっても自室から出ることは許されない。定期的な発情ヒート期間に苛まれるΩにそんなものは関係ない、というのが学校側の言い分だ。
 
 ……まぁ、確かにそれはそうなのだが。
 遊び盛りの、それもヒートとは無縁に生きてきた高校生には酷な話である。己がその期間に当たると知った哀れな生徒は、その事実に天を仰ぎ、絶望の涙を流すのだそうだ。
 生徒会長を務める仁科儀にしなぎ冬弥とうやも、夏休みにヒート期間が丸々夏休みに重なっている生徒の一人である。
 とはいえ彼は家への帰省を最小限にしたい事情持ちであり、溜まりがちな生徒会の仕事をこの期間にこなす選択をする変わり者。そしてこのヒート期間にひとつの楽しみがある、稀有な人間だった。

 
 インターホンの音が鳴り、玄関を開けるとドアの前に恋人が立っていた。
 本来ならばヒート休みの期間中は自室謹慎、面会謝絶。これがΩ性の生徒であればドアを開けるのは厳禁な行動だが、あいにく仁科儀冬弥は世間一般に溢れるβ性の持ち主である。
 とある交換条件を活用して恋人との悠々自適なヒート休み期間を得た勝ち組は、嬉々として目の前の男を引き入れた。
「検査はどうだった?」
「フェロモン値なんてそんな変わらないって。いつもと一緒」
 持ち込んできた荷物を寝室に置いて出てきた行家ゆきいえ春真はるまに声をかけると、けろりとした顔で笑う。
「だが少しずつ上がってるんだろ?」
「んー、まぁ、去年に比べれば。今までが低すぎだったって言われてるけど」
 
 ――Ω性を持つ人間は発情ヒート状態になると、αやβを発情させる特殊なフェロモンを放つ。

 しかし春真はΩでありながら、ヒートになる頻度も、症状の強度も同じΩの生徒よりも格段に低い。出会ったばかりの頃はβにしか見えない程のイレギュラーだった。
 それがいつの間にか持っていた薬の効能が強いものになっていて。不思議に思って聞けば検査で示されるフェロモンの値が上昇してきているというのだ。 
「ま、オレがΩらしくなってるってんならアンタのせいだろ」
「なんだ急に。俺は何もしてないぞ」
 思わぬ責任転嫁に眉をひそめると、ソファにどかりと腰かけた春真は少し不満そうな顔を向けてくる。 
「オレを毎週抱いてんのは誰だよ。今までと違うことって言ったら、冬弥とパートナーになった事しかねぇぞ」
「う、ぐ……そ、それは……まぁ」
 想いを伝えてパートナーになってからは週に二度、春真を抱く習慣が出来てしまっている。それ以外にも時々自制がきかない時があって……確かに、何もしていないというのは語弊があるか。
 
 ぐうの音も出ず黙り込む冬弥に、春真は少し笑ったようだった。
「……一週間離れただけなのに、会えないと落ち着かないし。アンタのせいでおかしくなってばっかだ」
 思えば全く顔も見ていないのは、かなり久々かもしれない。
 普段は授業とその間の短い休憩以外は行動を共にしているし、夜になればどちらかの部屋に上がり込んでいる。ヒート休みの期間も、生徒会長権限とパートナー制度を活用して春真の側にいられるように特例を取ってあるくらいだ。
 最後に一度も顔を見なかった日はいつだろう。 
「ん」
 思考に耽っていると、急に春真が右手を差し出した。左手は自分の膝をぽんぽんと叩いている。
 ……膝に座れと言いたいらしい。
「俺の方が年上なんだが」
「でも背はオレの方がでかいし」
「この野郎……」
 βは平均的な成長をするといわれているが、残念ながら背だけは平均を越せていない。努力だけではどうにもならなかった部分。そしてほんの少し気にしている部分でもある。
 むすっとしながら睨むけれど、向こうもそれに慣れてしまっているらしく。早く早くと急かしてくる。
 
 渋々言う通りにして膝に腰かけると、後ろから腕が回ってきて抱きしめられた。少し力が強くて痛い。
「こら。くすぐったい」
 春真の鼻先が耳や首筋をくすぐって、思わず身じろぎをした。すると悪戯を覚えた子供のように余計に鼻先をすり付けてくる。おまけに手の平が服の上を滑って、気付けばゆるゆると身体のあちこちを撫でていた。
 少し、デリケートな所まで。
「ん、っ、はるま。そろそろ離せ」
「……もうちょっと冬弥の匂い欲しい」
 そう呟いた唇が首筋を撫でた。音を立てて吸い付いたそれは何度も何度も触れてきて。服の下にまで入ってきた手の熱と相まり、少しずつむらむらとした欲求が立ち上ってくる。
 息を整える冬弥をよそに、身をまさぐる指先は素肌をするすると撫で続けている。
「っ……熱心に触って。誘ってるのか?」
 春真の事だから無意識だ。けれどただ翻弄されてやるのは少々悔しい。意地悪をしてやろうと少し振り向くと案の定、一瞬固まった顔がぼわりと瞬間的に赤くなった。
 
 わなわなと震える唇は何かを言おうとしていた様だけれど、結局言葉は聞こえないまま強い力できつく抱きついてくる。しばらくそのまま動きが止まったと思えば。
 肩口に乗せられていた春真の頭が、こくりと大きく縦に動いた。 
「……え?」
 まさかの反応に今度は冬弥が固まる。
 自分を包む体温と微かに早い呼吸。相変わらず肌を撫でる手は段々と際どい所へと潜り込んでくる。ごくりと喉が上下する音が聞こえたと思えば、耳を春真の唇が食んだ。
 ……まさか本当に。誘われている、のか。
 荒くて熱い吐息が耳をくすぐる。冬弥の名を呼ぶ声は甘えるような響きを含んでいるように感じる。
 春真が興奮状態になりかけている事を察した冬弥の理性は、いともあっさりと仕事を放棄して。膝の上で体の向きを変え、春真に口付けてそのまま押し倒した。
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