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2年目
誕生日と大きめシャツ【β×Ω】
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「なあ、その服少し大きくないか?」
食堂で昼食をとっていて、ふと春真の着ているシャツの襟が普段より緩い事に気がついた。
恋人の生活態度は真面目だ。たまに友人と羽目を外している事もあるようだが、引きずられたりもせず、制服だってきっちりと着ている。
普段のシャツだって、そんなにチラチラと首元が見える着方はしていないはずなのに。
「あ、と……通販でサイズ間違えて。でも着れないこともないし」
言葉を返す春真は少し口をもごもごとさせている。珍しく歯切れが悪い。
「服の通販なら返品できるだろう?」
「金持ちなのに妙に詳しいな……いーんだよ! 着れるのに送料もったいない!」
春真はよく通販を利用しているようだから、こっそりそのサイトを調べてみたのだ。個人差の大きいサイズ違いに関する返品制度が整備されていて感心したのを覚えている。
ならば送料がかかっても、合わないものを着ているよりはいいと思うんだが……。
不思議に思いながらも深くは突っ込まない事にした。いつもよりよく見える首輪や、ちらちらと見え隠れする首筋が眼福だったから。
五月。春真の誕生日が近付いてきた。
その日はどうするかという話をしてみたが、何が欲しいとも何処へ行きたいとも春真は言わなかった。ただ俺の部屋で過ごしたいと言うだけで張り合いがない。
そして何も進展がないまま当日に至ってしまった。
「……少し……張り切りすぎたな」
机の上にギッシリと並ぶ料理を眺めながら、小さくため息をつく。
外出も外食も無い誕生日なら、せめて料理くらいはと調理部に入り込んで習ってみたが……作った量が二人で食べるには多い。春真がよく食べている物をと思ってアレもコレも作りすぎた。
「仕方ない。残ったものは生徒会の奴らに食わせるか」
押し付けるのに丁度良さそうな面子を頭に浮かべ始めた所で、玄関の呼び鈴が鳴って。少しそわそわしながらドアを開けに向かう。
玄関に立っていた春真はいつもより少し洒落た装いをしていた。
いつぞやのデートで俺が見立てた服と、俺と揃いの飾りがついた首輪。靴は新品に近いと思う。普段学内では絶対にしない格好で目の前に立っている。そしてその手には紙袋がひとつ。
――俺からの贈り物を身につけて、俺の部屋を訪ねてきている。
歓喜に震える自分を制止するのに必死だった。ここで美味しく頂いてしまっては誰の誕生日なのか分かりやしない。
「よく来たな。誕生日おめでとう」
「……ん……ありがとう」
何とか冷静を装って出迎えると照れたように春真ははにかむ。何でもない顔を必死で作って部屋に通しながらも、目線はその姿から離せないままでドアに軽くぶつかってしまった。
嬉しい。まるで俺に染まっていっているみたいだ。弟が番の服から何から甲斐甲斐しく揃えている気持ちも分かる気がする。
ふわふわした気持ちで恋人を座らせると、手に持った紙袋の持ち手を握りしめたまま固まっている。テーブルの上に並べ立てた料理にツッコミを入れるどころか気付いていない様子だ。
不思議に思って少し顔を覗き込むと、視線が忙しなくあちこちに揺らいでいた。
「春真? どうしたそわそわして」
「っ、あの、これ……その……ちょっと、着て欲しい……」
渡された袋の中を見ると白い布地が見えた。薄手だが手触りは固く、シャドウストライプが入っている。何かの衣装だろうか。
誕生日に頼み事。真っ赤になっている春真。ああなるほど、と合点がいった。
「ふふ、お前にコスチュームプレイの趣味があったとはな」
恐らく夜を盛り上げるための衣装なんだろう。これも通販で買ったんだろうが、一体どんな顔をして注文したのやら。
緩む俺の口元に気付いたのか、春真はいっそう顔を赤くしながら、抗議に眉をつり上げた。
「やっ、やらしい言い方すんなよな! 普通に服だし!」
完全に下心が透けて見える恋人に顔がにやついて止まらない。
普通の服を、このタイミングで真っ赤になりながら着て欲しいとねだるのか。それはさすがに不自然だろう。
「贈り物には意味がある、というものもいわれているらしいぞ」
「意味……?」
「恋人が服を贈った場合は……その服を脱がせたい、とかな」
男性が女性に贈った場合は、だが。まぁ俺も春真も男だし完全な間違いではないだろう。
贈り主はへ?と間抜けな声を発して、目の前の顔が固まった。ぱちぱちと目を瞬かせて、しばらく考えているような沈黙が落ちて。
ぼん、と効果音がしそうな勢いで耳や首まで真っ赤になる。
「ッッ!? な、ばッ、そっ、そっっんなんじゃねぇしっ!」
どもりながら否定する顔は焦っているし、目は少しうるんでいる。
贈り物の云われを知っていたのかは不明だが、この動揺ぶりからして意図するところは図星だろう。間違いなく下心の塊を渡されている。
「ふふ。構わないぞ? せっかくの誕生日だ、リクエストには可能な限り付き合ってやる」
「……っっ……」
こんな欲望まみれの春真は珍しい。望むのなら際どい格好でも挑発的なポーズでも何でもしてやろうじゃないか。
どうせ興奮しきった所を最後に美味しく頂くのは俺なんだから。
料理に覆いをかけて、姿見のある寝室に移動して服を脱ぐ。
春真の性癖はどんなものかと少しわくわくしながら中身を出すと、出てきたのは本当に何の変哲もない衣類だった。
「ん? 普通のワイシャツ……?」
袋を漁るが他に衣類が入っている様子はない。広げてみるが挟まっている様子もない。
ただただ、大きめのワイシャツが一枚入っているだけだった。
「これだけか? 下は?」
丁度やってきた春真に話しかけると、次の瞬間にはうわっと叫んで手で顔を覆っていた。
付き合い始めてから散々お互いの裸を見ているというのに、いつまでも慣れないらしい。
「そっ、それだけ!」
「やけに大きくないか」
「いいから! 素っ裸は目に毒だから服着てくれ!」
珍しく食い気味に言い募ってくる春真に、詮索は諦めて袖を通すことにした。これなら制服のシャツでも良かったんじゃなかろうか。
着てみると肩の縫い目が完全に肩から落ちている。当然袖から手が出ない。襟周りがゆるすぎて安定しない。ボタンを留めると体が泳ぐ。
「……分かっていたがブカブカだな」
俺はどう頑張って見ても身長が低いし体格が小さい。これも個人差だと気にしないようにしているが、流石にこう大きすぎる服を着せられると少しイラッとする。
「おい、俺をチビだとからかっ……春真?」
非難の意味を込めて睨むと、春真は満足そうな顔でため息を吐いた。
「ジャストサイズ……」
「いや、疑いようも無くオーバーサイズだろ」
一体何を基準にしているのか。
袖も長いが、裾に至っては太股の中間を越えて膝上に近い。これでジャストならほぼ全ての服はジャストサイズになってしまう。
「それでいいんだ。かわいい」
舐めるような視線が上から下まで全身を撫でてくる。服を着る前は真っ赤になって視線を逸らしていたくせに、服を着た途端少しも外れることがなくなった。
うっとりした顔が春真のものでなかったら、腹に一発食らわせて部屋から放り出していたかもしれない。
「おい。お前やっぱりからかって……コラっ春真! 話はまだ終わってないぞ!」
勢いよく抱きつかれてベッドへ倒れ込んでしまった。ぎゅうっと力一杯抱きしめられて苦しい。あちこちに触れてくる唇がくすぐったい。
頑張ってじたばたともがくが離れる気配はない。それどころか抱きしめてくる力が強くなっていって、首筋で大きく息を吸う音が聞こえてきた。
「あー、彼シャツ最高」
「かれしゃつ……?」
満足そうな声が放つ言葉に首を傾げる。
春真の周りでよく使われている言葉は可能な限り調べているはずなのに、まだ知らない単語が当たり出てくるのか。少し悔しい。
「恋人が自分のブカブカのシャツ着てるってやつ。いっかい見てみたかった」
確かにぶかぶかだが、これに関しては俺だけじゃない。
春真だって俺と比べれば大きいというだけで世間一般に平均的な部類に入る。いつもつるんでいる面子で言うなら、下から二番目の身長だったはずだ。
「これはお前が着てもデカいだろ。どう考えてもお前のシャツじゃな……」
ふと最近の春真が着ていたものを思い出す。
首の付け根が見える大きめのサイズで、白くてシャドウストライプが入ったシャツ。今俺が着ているものと同じデザインの。
「まさか……最近やけに大きめのシャツを着ていたのは」
「オレのサイズじゃちょっと理想に足りないから、上のサイズ買って匂い付けといた」
「これはまた……変な方向に力を入れたな……」
俺にこのシャツを着せるために、わざわざ服を買って自分で着て匂いをつけていたというのか。我が恋人ながら嗜好が謎すぎる。
「だって。秋都の奴がイッチの彼シャツ可愛かったって自慢してくるから」
イッチというのは確か春真の友人で、俺の弟である秋都の番になった市瀬のことだろう。
あの愚弟め、惚気ついでに一体何を吹き込んでくれているんだ。そもそも春真は大体いつも俺の側にいるのに、いつの間にそんな話をしていたのか。
「ん? 市瀬が着ていたということは……彼シャツとやらは本来抱かれる方が着るものじゃないのか」
男女やαとΩの体格差から、通常抱く側の方が背丈が高いことが多い。彼シャツの彼が男女における男を指すなら、シャツを着るのは春真の方になるのではないだろうか。
「オレが冬弥の服着たら小さすぎるだろ」
「くっ……」
至極まっとうな指摘に返す言葉もない。つい己を棚にあげて一般論で考えていたが、俺達に関しては体格差のパターンが逆転しているのだ。
……こんな所で己の身長に阻まれるものが出てくるとは。
ぶかぶかの服を着るのは、コンプレックスを刺激されて内心非常に腹立たしくはあるけれど。
「とーや……ありがとう」
春真が恍惚とした顔で俺を見つめている姿が見られるのは悪くない。せっかくの誕生日だし、好きに楽しませてやることにしよう。
しばらく春真からの軽く触れるキスを頬や額に受けていると、いつの間にか寛げられていたシャツの襟元からその顔が突っ込んできた。
撫でるように鼻先や唇が触れてくる感触がくすぐったい。ゆっくり頭を撫でてやると、ぎゅうっと抱きついてくる。
「あの……今日」
「うん?」
もごもごと言葉を濁しながら向けられたのは、どこか様子を伺うような視線。何となく言い出しそうな事は見当がつくけれど。
恋人の珍しいおねだりを最後まで堪能しようじゃないか。
「それ……着たままで、いてほしい……」
甘えるようにじっと俺を見る春真の手は、するすると俺の太股を撫でている。薄いシャツ一枚の裾を弄びながら動く手が、ゆるりと足の付け根を撫でた。
春真はこういう状態に興奮するらしい。素っ裸だと純情よろしく慌てる割に、着衣だとスケベだな。
「分かった。今日の主役のお願いだからな。このままで居ることにしよう」
そわそわとした視線がくすぐったい。
おねだりへの返事をしながら頷くと、その顔がぱっと明るくなった。すぐに再び俺を押し潰さんばかりの力強さで抱きついてくる。
「こら、苦しい」
少し押し返すと、嬉しそうに顔を上げた春真はその笑顔をとろりと蕩けさせた。その顔でそっと唇を重ねてくる。
何度か軽くキスを繰り返して、服を寛げて、互いの肌に手を触れて。これからの行為に少し期待を抱いた頃、その唇は離れていってしまった。
「……へへ。腹減った」
思わず春真の顔を凝視する。まさかこんな据え膳を食らわされるとは思っていなかったから。
「お前、散々煽っておいて………………まったく。とりあえず食事にするか」
今日の主役は誕生日を迎えた春真だ。
正直もう殆どその気になってしまっていて止めるのは辛いけれど。ここで俺の欲望を押し通して組み敷くのは趣旨に反する。
辛うじて理性で本能を蹴り倒すと、無意識に掴んでいた春真の肩を解放した。
「ん……冬弥は最後に食べる」
俺の葛藤を知ってか知らずか、春真の指先が俺の膨らんだ下半身に触れた。
本当に軽く触れただけなのに痺れのような感覚がぶわりと駆け上がってくる。黙らせたはずの欲求が体の奥底から突き上げてきて、不覚にも少し息が苦しい。
「っ、逆だ逆! 俺が春真を食うんだからな」
慌てて押しのけながら起き上がると、煽った張本人は少し笑ったようだった。
「とーや」
後ろから甘ったるい声が聞こえたと思ったら、ぐいっと引き戻されて春真の腕の中に逆戻りしてしまった。抱きつかれた姿勢のまま動き出す気配はない。
自分が言い出したくせに、いざ料理を食べるのはいつになるのやら。
そんなことを思いつつ、甘えた声でじゃれついてくる番の体温と感触が心地よくて。ぐりぐりと押し付けてくる頭を撫でてやりながら目を閉じた。
食堂で昼食をとっていて、ふと春真の着ているシャツの襟が普段より緩い事に気がついた。
恋人の生活態度は真面目だ。たまに友人と羽目を外している事もあるようだが、引きずられたりもせず、制服だってきっちりと着ている。
普段のシャツだって、そんなにチラチラと首元が見える着方はしていないはずなのに。
「あ、と……通販でサイズ間違えて。でも着れないこともないし」
言葉を返す春真は少し口をもごもごとさせている。珍しく歯切れが悪い。
「服の通販なら返品できるだろう?」
「金持ちなのに妙に詳しいな……いーんだよ! 着れるのに送料もったいない!」
春真はよく通販を利用しているようだから、こっそりそのサイトを調べてみたのだ。個人差の大きいサイズ違いに関する返品制度が整備されていて感心したのを覚えている。
ならば送料がかかっても、合わないものを着ているよりはいいと思うんだが……。
不思議に思いながらも深くは突っ込まない事にした。いつもよりよく見える首輪や、ちらちらと見え隠れする首筋が眼福だったから。
五月。春真の誕生日が近付いてきた。
その日はどうするかという話をしてみたが、何が欲しいとも何処へ行きたいとも春真は言わなかった。ただ俺の部屋で過ごしたいと言うだけで張り合いがない。
そして何も進展がないまま当日に至ってしまった。
「……少し……張り切りすぎたな」
机の上にギッシリと並ぶ料理を眺めながら、小さくため息をつく。
外出も外食も無い誕生日なら、せめて料理くらいはと調理部に入り込んで習ってみたが……作った量が二人で食べるには多い。春真がよく食べている物をと思ってアレもコレも作りすぎた。
「仕方ない。残ったものは生徒会の奴らに食わせるか」
押し付けるのに丁度良さそうな面子を頭に浮かべ始めた所で、玄関の呼び鈴が鳴って。少しそわそわしながらドアを開けに向かう。
玄関に立っていた春真はいつもより少し洒落た装いをしていた。
いつぞやのデートで俺が見立てた服と、俺と揃いの飾りがついた首輪。靴は新品に近いと思う。普段学内では絶対にしない格好で目の前に立っている。そしてその手には紙袋がひとつ。
――俺からの贈り物を身につけて、俺の部屋を訪ねてきている。
歓喜に震える自分を制止するのに必死だった。ここで美味しく頂いてしまっては誰の誕生日なのか分かりやしない。
「よく来たな。誕生日おめでとう」
「……ん……ありがとう」
何とか冷静を装って出迎えると照れたように春真ははにかむ。何でもない顔を必死で作って部屋に通しながらも、目線はその姿から離せないままでドアに軽くぶつかってしまった。
嬉しい。まるで俺に染まっていっているみたいだ。弟が番の服から何から甲斐甲斐しく揃えている気持ちも分かる気がする。
ふわふわした気持ちで恋人を座らせると、手に持った紙袋の持ち手を握りしめたまま固まっている。テーブルの上に並べ立てた料理にツッコミを入れるどころか気付いていない様子だ。
不思議に思って少し顔を覗き込むと、視線が忙しなくあちこちに揺らいでいた。
「春真? どうしたそわそわして」
「っ、あの、これ……その……ちょっと、着て欲しい……」
渡された袋の中を見ると白い布地が見えた。薄手だが手触りは固く、シャドウストライプが入っている。何かの衣装だろうか。
誕生日に頼み事。真っ赤になっている春真。ああなるほど、と合点がいった。
「ふふ、お前にコスチュームプレイの趣味があったとはな」
恐らく夜を盛り上げるための衣装なんだろう。これも通販で買ったんだろうが、一体どんな顔をして注文したのやら。
緩む俺の口元に気付いたのか、春真はいっそう顔を赤くしながら、抗議に眉をつり上げた。
「やっ、やらしい言い方すんなよな! 普通に服だし!」
完全に下心が透けて見える恋人に顔がにやついて止まらない。
普通の服を、このタイミングで真っ赤になりながら着て欲しいとねだるのか。それはさすがに不自然だろう。
「贈り物には意味がある、というものもいわれているらしいぞ」
「意味……?」
「恋人が服を贈った場合は……その服を脱がせたい、とかな」
男性が女性に贈った場合は、だが。まぁ俺も春真も男だし完全な間違いではないだろう。
贈り主はへ?と間抜けな声を発して、目の前の顔が固まった。ぱちぱちと目を瞬かせて、しばらく考えているような沈黙が落ちて。
ぼん、と効果音がしそうな勢いで耳や首まで真っ赤になる。
「ッッ!? な、ばッ、そっ、そっっんなんじゃねぇしっ!」
どもりながら否定する顔は焦っているし、目は少しうるんでいる。
贈り物の云われを知っていたのかは不明だが、この動揺ぶりからして意図するところは図星だろう。間違いなく下心の塊を渡されている。
「ふふ。構わないぞ? せっかくの誕生日だ、リクエストには可能な限り付き合ってやる」
「……っっ……」
こんな欲望まみれの春真は珍しい。望むのなら際どい格好でも挑発的なポーズでも何でもしてやろうじゃないか。
どうせ興奮しきった所を最後に美味しく頂くのは俺なんだから。
料理に覆いをかけて、姿見のある寝室に移動して服を脱ぐ。
春真の性癖はどんなものかと少しわくわくしながら中身を出すと、出てきたのは本当に何の変哲もない衣類だった。
「ん? 普通のワイシャツ……?」
袋を漁るが他に衣類が入っている様子はない。広げてみるが挟まっている様子もない。
ただただ、大きめのワイシャツが一枚入っているだけだった。
「これだけか? 下は?」
丁度やってきた春真に話しかけると、次の瞬間にはうわっと叫んで手で顔を覆っていた。
付き合い始めてから散々お互いの裸を見ているというのに、いつまでも慣れないらしい。
「そっ、それだけ!」
「やけに大きくないか」
「いいから! 素っ裸は目に毒だから服着てくれ!」
珍しく食い気味に言い募ってくる春真に、詮索は諦めて袖を通すことにした。これなら制服のシャツでも良かったんじゃなかろうか。
着てみると肩の縫い目が完全に肩から落ちている。当然袖から手が出ない。襟周りがゆるすぎて安定しない。ボタンを留めると体が泳ぐ。
「……分かっていたがブカブカだな」
俺はどう頑張って見ても身長が低いし体格が小さい。これも個人差だと気にしないようにしているが、流石にこう大きすぎる服を着せられると少しイラッとする。
「おい、俺をチビだとからかっ……春真?」
非難の意味を込めて睨むと、春真は満足そうな顔でため息を吐いた。
「ジャストサイズ……」
「いや、疑いようも無くオーバーサイズだろ」
一体何を基準にしているのか。
袖も長いが、裾に至っては太股の中間を越えて膝上に近い。これでジャストならほぼ全ての服はジャストサイズになってしまう。
「それでいいんだ。かわいい」
舐めるような視線が上から下まで全身を撫でてくる。服を着る前は真っ赤になって視線を逸らしていたくせに、服を着た途端少しも外れることがなくなった。
うっとりした顔が春真のものでなかったら、腹に一発食らわせて部屋から放り出していたかもしれない。
「おい。お前やっぱりからかって……コラっ春真! 話はまだ終わってないぞ!」
勢いよく抱きつかれてベッドへ倒れ込んでしまった。ぎゅうっと力一杯抱きしめられて苦しい。あちこちに触れてくる唇がくすぐったい。
頑張ってじたばたともがくが離れる気配はない。それどころか抱きしめてくる力が強くなっていって、首筋で大きく息を吸う音が聞こえてきた。
「あー、彼シャツ最高」
「かれしゃつ……?」
満足そうな声が放つ言葉に首を傾げる。
春真の周りでよく使われている言葉は可能な限り調べているはずなのに、まだ知らない単語が当たり出てくるのか。少し悔しい。
「恋人が自分のブカブカのシャツ着てるってやつ。いっかい見てみたかった」
確かにぶかぶかだが、これに関しては俺だけじゃない。
春真だって俺と比べれば大きいというだけで世間一般に平均的な部類に入る。いつもつるんでいる面子で言うなら、下から二番目の身長だったはずだ。
「これはお前が着てもデカいだろ。どう考えてもお前のシャツじゃな……」
ふと最近の春真が着ていたものを思い出す。
首の付け根が見える大きめのサイズで、白くてシャドウストライプが入ったシャツ。今俺が着ているものと同じデザインの。
「まさか……最近やけに大きめのシャツを着ていたのは」
「オレのサイズじゃちょっと理想に足りないから、上のサイズ買って匂い付けといた」
「これはまた……変な方向に力を入れたな……」
俺にこのシャツを着せるために、わざわざ服を買って自分で着て匂いをつけていたというのか。我が恋人ながら嗜好が謎すぎる。
「だって。秋都の奴がイッチの彼シャツ可愛かったって自慢してくるから」
イッチというのは確か春真の友人で、俺の弟である秋都の番になった市瀬のことだろう。
あの愚弟め、惚気ついでに一体何を吹き込んでくれているんだ。そもそも春真は大体いつも俺の側にいるのに、いつの間にそんな話をしていたのか。
「ん? 市瀬が着ていたということは……彼シャツとやらは本来抱かれる方が着るものじゃないのか」
男女やαとΩの体格差から、通常抱く側の方が背丈が高いことが多い。彼シャツの彼が男女における男を指すなら、シャツを着るのは春真の方になるのではないだろうか。
「オレが冬弥の服着たら小さすぎるだろ」
「くっ……」
至極まっとうな指摘に返す言葉もない。つい己を棚にあげて一般論で考えていたが、俺達に関しては体格差のパターンが逆転しているのだ。
……こんな所で己の身長に阻まれるものが出てくるとは。
ぶかぶかの服を着るのは、コンプレックスを刺激されて内心非常に腹立たしくはあるけれど。
「とーや……ありがとう」
春真が恍惚とした顔で俺を見つめている姿が見られるのは悪くない。せっかくの誕生日だし、好きに楽しませてやることにしよう。
しばらく春真からの軽く触れるキスを頬や額に受けていると、いつの間にか寛げられていたシャツの襟元からその顔が突っ込んできた。
撫でるように鼻先や唇が触れてくる感触がくすぐったい。ゆっくり頭を撫でてやると、ぎゅうっと抱きついてくる。
「あの……今日」
「うん?」
もごもごと言葉を濁しながら向けられたのは、どこか様子を伺うような視線。何となく言い出しそうな事は見当がつくけれど。
恋人の珍しいおねだりを最後まで堪能しようじゃないか。
「それ……着たままで、いてほしい……」
甘えるようにじっと俺を見る春真の手は、するすると俺の太股を撫でている。薄いシャツ一枚の裾を弄びながら動く手が、ゆるりと足の付け根を撫でた。
春真はこういう状態に興奮するらしい。素っ裸だと純情よろしく慌てる割に、着衣だとスケベだな。
「分かった。今日の主役のお願いだからな。このままで居ることにしよう」
そわそわとした視線がくすぐったい。
おねだりへの返事をしながら頷くと、その顔がぱっと明るくなった。すぐに再び俺を押し潰さんばかりの力強さで抱きついてくる。
「こら、苦しい」
少し押し返すと、嬉しそうに顔を上げた春真はその笑顔をとろりと蕩けさせた。その顔でそっと唇を重ねてくる。
何度か軽くキスを繰り返して、服を寛げて、互いの肌に手を触れて。これからの行為に少し期待を抱いた頃、その唇は離れていってしまった。
「……へへ。腹減った」
思わず春真の顔を凝視する。まさかこんな据え膳を食らわされるとは思っていなかったから。
「お前、散々煽っておいて………………まったく。とりあえず食事にするか」
今日の主役は誕生日を迎えた春真だ。
正直もう殆どその気になってしまっていて止めるのは辛いけれど。ここで俺の欲望を押し通して組み敷くのは趣旨に反する。
辛うじて理性で本能を蹴り倒すと、無意識に掴んでいた春真の肩を解放した。
「ん……冬弥は最後に食べる」
俺の葛藤を知ってか知らずか、春真の指先が俺の膨らんだ下半身に触れた。
本当に軽く触れただけなのに痺れのような感覚がぶわりと駆け上がってくる。黙らせたはずの欲求が体の奥底から突き上げてきて、不覚にも少し息が苦しい。
「っ、逆だ逆! 俺が春真を食うんだからな」
慌てて押しのけながら起き上がると、煽った張本人は少し笑ったようだった。
「とーや」
後ろから甘ったるい声が聞こえたと思ったら、ぐいっと引き戻されて春真の腕の中に逆戻りしてしまった。抱きつかれた姿勢のまま動き出す気配はない。
自分が言い出したくせに、いざ料理を食べるのはいつになるのやら。
そんなことを思いつつ、甘えた声でじゃれついてくる番の体温と感触が心地よくて。ぐりぐりと押し付けてくる頭を撫でてやりながら目を閉じた。
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