はざまの中の僕らの話

むらくも

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2年目

負けたりしない【β×Ω】

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行家ゆきいえ。ちょっといいか」

 中庭を抜けようと歩いていたら、急に呼び止められた。そこに居たのは三人の男子生徒。普段つるんでる奴らじゃない。
 ちょっと嫌な感じのする笑みに、少しだけ距離を取った。
「……何だよ」
「ちょっと来てくれないか」
 胡散臭い笑顔で手招きをするだけで用件をハッキリ言わないそいつらに、これはろくな事じゃないだろうなと頭が結論を出す。同じ制服だけどやけに布地がパリッとしてるし、ネクタイに装飾品がついてる。多分、金持ち坊ちゃんαの連中だ。
 この場合、別にオレに用事があるんじゃない。
 用があるのは……仁科儀 冬弥にしなぎ とうやにまとわりつくΩに対して、だろうから。


 恋人の冬弥は金持ちの家の長男だ。
 αが殆どの坊ちゃん連中の中で少し変わっているのが、仁科儀家の跡取りであるβの冬弥。αの方が先天的に優れてるって言われてるけど、そいつらの鼻っぱしらをへし折ってこの学校の首席に居座り続けている。
 ……人のことをオモチャにしたり振り回したり、性格にはちょっと難ありだけど。
 それでも家名と能力に屈服するαは多い。そうでなくても、人脈を作りに来てる側面もある坊ちゃん連中にとっては取り入っておきたい家の人間なんだ。
 その冬弥が一般生のΩを追いかけ回した挙句、側に置き始めた。Ωを見下してる一部のαにはさぞ面白くないだろう。

「用事ならここで話せよ」
 こいつらについていく訳にはいかない。何を企んでるか分かったもんじゃないから。
「まあそう言うな。少し聞きたいことがあるだけだ」
 そう言って胡散臭い笑顔の一人がオレの手を取ろうとする。思わず力一杯その手を振り払った。
「っ、ずいぶんと自意識過剰だな!」
「この間までβみたいだったくせに。やけに色気付いたもんだ」
「冬弥様に抱かれて、すっかり雌として目覚めたんだろうさ」
 そんな下品な会話の合間に、人を品定めするみたいな視線が飛んでくる。趣味が悪いだの何だの、物凄く不愉快だ。

 だけど、冬弥との事があって自分の性についてちゃんと考えるようになった。そこは照れや恥ずかしさで否定したくない。
「……そうだ。冬弥に抱かれたからΩだってハッキリ自覚したんだ。だからαのお前らについて行ったりしない」
 βの冬弥の側に居続けるには、αの番にされないようにするのが大前提だ。だから首輪もつけ始めたし、緊急抑制剤だってちゃんと持ち歩くようになった。
 何より……Ωを下卑た目で見てくるαには近付かないよう気を付けている。純粋に何をしてくるか分からないから。
「へぇ、それは感心。だけどΩはαと番うものだ。そういう本能を組み込まれているんだから」
 背の高い奴は思ったより一歩がデカかった。
 一気に距離が詰まって、ぐいっと手を引っ張られて……どさくさに紛れて腰を抱かれた。近付いたそいつの顔と、腰から尻へ移動した手の感触にぞわっと全身で鳥肌が立つ。

 ――やっぱり、そういうつもりか。

 オレを無理やり番にして物理的に冬弥から引き剥がすつもりだ。番にされたΩは番のα以外と交われなくなる。そしてβの冬弥にはオレを番にする術がない。
 考えたくないけど……多分、Ωを強制的に発情させる物も用意してるんだろう。ヒートの時に噛まないと意味がないから。そんなニセモノの発情で番が成立するかどうかは知らないけど。
 そうじゃなくても、コイツらに組み敷かれるのは嫌だ。冗談じゃない。

「少し俺たちと遊ぼうじゃないか」
「特別に子種もくれてやるよ。光栄に思うといい」
 穏便に、とかちょっとだけ思ったけど無理そうだ。ここまで人権の尊重もクソもない奴ら相手に、とても穏便になんて居られる訳がない。
 こいつらのやろうとしてる事は世間で言えばレイプだし、三人がかりなら集団暴行だし、Ωだってわかってやってるなら保護センターへの通報レベルだ。
 何より……冬弥から引き離されるなんて、冗談じゃない。
 引っ張られる腕と反対の手で、ぎゅうっと力一杯拳を握りしめた。


「ほら、早くおい――ぐっ!?」
 顔面に一発。オレを拘束して完全に油断してたらしいそいつは避ける事もなく、正面からグーパンを食らって仰向けに倒れていく。慌ててつかみかかってくるもう一人の腕を捕まえて、突っ込んでくる勢いのまま背負い込んで投げた。
 ――αの力に敵わないなら、利用してやればいい。
 そう冬弥に教わった護身術。まさかこんなに早く役立つとは思わなかったけど。
「このッ……Ωの分際で!」
 ガッと両腕を掴まれて、動きを止められてしまった。どう逃れよう。不思議と冷静な自分に驚きながら、反撃方法を考え始めた時。

「何をしている」

 明らかに威圧を含んだ声が庭の方から響いてきた。
 声の主はゆっくりと歩いてくる。眉を吊り上げて、口を引き結んで、前方を睨み付けて。いつもは悪巧みをしそうな笑顔で泰然自若としてるのに、今はそんな様子は欠片も見えない。
「冬弥……」
「そっそのっ……少し声を掛けたら殴りかかってきたもので、その……」
 睨み付けられたαが慌てて姿勢を正して、慌てた様子で冬弥にへこへこし始めた。オレにはやたら偉そうだったくせに。漫画とかに出てくるゴマすり野郎そのものじゃないか。
 おまけに自分達がしてきた事を棚に上げて、人のせいにしようとするその姿に思わず眉をしかめた。

「そうか。ならば不用意に声をかけるな」
「は……い?」
 す、と細められた目にα野郎の顔が固まる。
「行家はΩだと知っているだろう。α三人で近付けば警戒もする。誤解をさせるような行動は慎むんだな」
 冬弥が自分の味方ではないと理解したらしいα野郎は、ざあっと顔色を青くした。
 というかそれが普通だと思う。普段関わりのないα三人が、どんな事情があってΩ一人と一緒に居る環境が出来るっていうのか。それでもコイツの周りではα無罪が通ってきたのかもしれない。
「……不用意に俺のものに触れてくれるな」
「も、申し訳ありませんでした……」
 冬弥にもう一度睨み付けられたソイツは、かあっと顔を赤くした後に慌てて走って逃げていった。


 αは己を屈服させる相手に惹かれてしまう事があるらしい。冬弥はβだけど、今みたいにαと勘違いしそうな雰囲気をさせている時がある。
 アイツがどのαの派閥か知らないけど、冬弥に心が傾いてしまったかもしれない。
 遭遇率上がったらやだな……。
 ぼんやりとそんな事を考えてると急に抱き寄せられて、そのままぎゅうっと抱き締められた。ふわりと落ち着いた香りが鼻をくすぐる。
春真はるま……」
 さっきまで重石みたいな雰囲気を放っていたくせに、オレを呼ぶ声は少し揺れていた。
「悪い、また迷惑かけちまった。二人は伸したんたけど」
「すまない……目が行き届かないばっかりに」
 くしゃりと表情を崩した恋人は、心配そうにオレの頬に触れる。その顔を見てホッとしたのか、握りしめていた自分の拳が僅かに震えている事に気が付いた。

 ――本音を言うと、少しだけ怖かった。
 他人の顔面をぶん殴った感触も、つかみかかられた衝撃も、人を投げ飛ばした感覚も、考えてた以上に生々しくて。もちろんアイツらへの自衛行動だと思ってるし、申し訳なさなんかこれっぽっちも無いけど、それでも。
 人間に手を上げるのは……恐ろしい。
(こんなんじゃダメだ)
 心配しなくても大丈夫だって示せるようになりたい。先に卒業していってしまう冬弥を安心させたい。
 こんな事で震えたりしてられないんだ。

「大丈夫だって。教えてもらった護身術すげぇ役に立った」
 少しだけ引きずっている震えを振り切ろうと、いつもより明るい声を出した。ついでに頬を包む手の甲をぽんぽんと軽く叩いてみる。すると冬弥の顔が近付いてきて、ゆっくりと唇が触れて。何度も啄むみたいに離れては触れてを繰り返す。
 はぁ、と小さな吐息が聞こえて、ぎゅっとまた抱き締められた。
「……アイツらは後で潰しておく」
 ぽつりと低い声が鼓膜を揺らす。冗談の気配は一ミリもなくて、潰すって何を?と軽く聞けるような度胸はオレにはなかった。
「さ、さらっと怖い事言うなよ」
「当然の報いだ。俺の春真に触れたんだからな」
 抱き締めてくる力が強くなって少し痛い。だけどその腕は少し震えていた。

 ……βの冬弥は、Ωのオレを番には出来ない。
 だからオレが自分の身を守るのと同じように、冬弥もオレの事を守ろうと手を回してくれている。オレをαに奪われないか、さっきみたいな奴らに陥れられないか、言葉にはしないけどずっと心配してくれているみたいだった。
 オレがΩじゃなくてβだったら、こんな思いをさせずに済むのに。
(……でも、それじゃ冬弥の隣に居る切り札がなくなる……)
 男同士で問題になるのは子供の話だ。家の跡取りであれば余計にその問題は深刻になる。子供が作れないだけで、見えない何かに冬弥の隣から追い出されてしまう。
 その切り札が男女問わずに子供を作れるΩ性だけど……そのせいで冬弥が苦しんでいる。
 何だか本末転倒だ。

 少し小柄な背中に腕を回して、そっと抱き締め返した。少し驚いたみたいにぴくっと体が揺れたけど、すぐにぎゅうっと強く抱き締められて。
 オレを包む心臓の音に、何だか安心する。
 急に寄ってこられたから散々逃げ回ったけど、いざ捕まって向き合えば冬弥以上に側に居たいと思った相手は居なくて。ずっと無頓着だった性別の事もちゃんと考えるようになった。
 無頓着過ぎると小言をもらう原因だった自分の性別にうんざりしてたけど、Ω性が切り札になる事に気付いて感謝したりもした。
 だから。

(誰にもこの場所は譲らない)

 冬弥と離れたくない。
 冬弥の手を放したくない。
 冬弥を取られたくない。
 ぐつぐつと長い間煮込まれ続けたような、どろどろとした感情が沸き上がってきて。のったりとオレにまとわりついて、こびりついた場所から少しずつ染み込んでくる。

(冬弥はオレのもんだ)

 誰が何て言ったって、オレの番だ。
 誰にも渡さない。

(もっと強くならないと)

 強くなって、冬弥を安心させるんだ。
 α相手に立ち回るならもっと鍛えておかないといけない。手数を増やしたいから訓練メニューを見直そう。体力も必要だから走り込みも増やしたい。

 ……負けたりしない。
 何があっても、冬弥の隣に居座り続けてみせる。
 そう改めて決心しながら、冬弥の腕の中で目を閉じた。
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