はざまの中の僕らの話

むらくも

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3年目

*君の香りを【β×Ω】(1)

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 恋人のβ様こと仁科儀にしなぎ 冬弥とうやが卒業して、初めてのヒート休みに入った。
 学校からは居なくなってしまったけど、まめに電話してくれる。ヒートの時はスマホでずっと通話しようって言ってくれた。
 離れてても冬弥は気にかけてくれてる。だから全然平気だって、寂しくないって……思ってた。

「……ん、ぅ……とぉ、や……」
 耳元のイヤホンから冬弥の声が聞こえる。直接聞く声とは少し違うけど、スピーカー越しでも甘く響く声が体を痺れさせていく。
 一人で熱い体を慰めても気持ちよくなかったのに、冬弥を思い浮かべると少しずつ気持ちよくなるようになって。冬弥と通話しながらだと一人でするよりずっと気持ちよくて。
 ちらりと壁に掛かったテレビを見ると、頬の赤い冬弥の顔がこっちを見ていた。
 すぐには会えなくなってしまったけど、画面越しにオレと居る。ヒートにうなされる体を声で抱きしめてくれる。
「とーや……とぉや……んん……!」
『……気持ちいいか?』
 囁く声と大画面の顔に、ぶわっと体の奥に痺れが広がっていった。
 
 どうせならデカい方がいいかって思ってスマホをテレビに繋いだけど、デカすぎてもダメっぼい。どアップで映る綺麗な顔に別の意味で動悸がする。
 何か、めちゃくちゃ恥ずかしい。
 そう頭は思ってるのに、体はどんどん興奮して濡れていく。
「んっ、きも、ちぃ……っぁ、ッ」
『春真……そのまま、ゆっくり』
「は……ッ、っう、ンんっ!」
 少し抑えたような低い声に目の前がちかちかして、気持ち良さが体の中を駆け上がってくる。ぐちゅぐちゅいってる音がやけに耳について、体の奥が熱くなって息が上がっていく。
 
 自分で触ってるのに、その感触が自分のものじゃないような。冬弥に触れられてる訳じゃないのに。誰かを思い浮かべるだけで、こんなに馬鹿正直な反応をするなんて思わなかった。
『……っ、は、るま……声、もっと……』
 画面の向こうの冬弥が苦しげに囁いた。イヤホンから聞こえる熱っぽい吐息の向こうで、しゅるしゅると布の擦れる音もさっきより多くなる。
 オレと同じでイきそうなのかもしれない。そう考えると、腹の奥がずくずくと震え始めた。
「っう、ぁ、ッ……ぅあ、イっ、ア、ぁあァ……っ!」
『……はるま……っく、は、るま……ッ!』
 前なんか触ってないのに、白い液体が勢いよくシーツにこぼれてシミを作っていく。指を突っ込んでた壁が震えて、それにつられるように足先がぴくんぴくんとかすかに動く。
 指を抜いてもオレの腹はしばらくひくついてて。まるで冬弥を探してるみたいだなんて、どうしようもなく馬鹿な事を思ってしまった。

 ヒートの間は何回も抜かないと治まらない。散々指を突っ込んで、抜き差しして、冬弥のを思い浮かべて。
 ようやく落ち着いた頃には、いつもよりクタクタになっていた。
『……抱きしめられないのがもどかしいな……春真、はるま……俺を見てくれ、はるま……』
 力尽きてうつ伏せに崩れ落ちてたオレの耳に、冬弥が呼ぶ声が届く。
「と、ぉや……」
 気だるい体を起こして、テレビ画面の向こうにある冬弥の手に自分の手を重ねた。
 綺麗な顔。赤い頬。薄く開いて吐息をこぼす唇。
 悩ましげな、番の顔。とろんとした瞳が熱っぽくオレを見ていて、いくらでも見つめていられる。だけどこうすると冬弥からは見えないと気付いて、カメラのついているスマホを取りにベッドへ戻った。
「……落ち着いたみたいだ。ありがとな」
『そうか。よかった』
 流石にもう前が固くなることすらない。そっとスマホの画面に映る頬に触れると、見事なタイミングでとろりと甘ったるい笑顔を浮かべた。
「おやすみ、とーや」
『ああ、おやすみ。また明日な、春真』
「ん。また明日」
 通話を終えると、いつものアプリの画面に戻った。ぽいっとスマホを投げ出してひとつため息をつく。
 
 本当は……もう少し話していたかったけど。
 ヒートの症状を落ち着かせるのに時間がかかりすぎてしまった。これ以上あっちの時間を奪う訳にはいかない。ヒート休みど真ん中のオレと違って、冬弥は明日も普通に授業のはずだ。
「冬弥……」
 電源を切って暗くなったテレビには、未練がましく画面を見つめる自分の顔が映っていた。
 重ねていた手をじっと見る。画面の手と手を重ねても、顔を触っても、冬弥の感触は伝わってこない。抱き合うと鼻をくすぐる、あの甘い匂いもしてこない。
 ヒートの時はいつも部屋に来てくれてた。最後までしない時も、冬弥の肌と温度が抱きしめてくれてた。匂いが包んでくれてた。
 どれも、少し前まではすぐそばにあったのに。
 
「……あい、たい……とーや……」

 新しい環境に行った冬弥の方が大変なはずなのに、すぐにそんなことを考える自分が情けない。二年近くかけてズブズブに甘やかされたのがクセになってしまっている。
 冬弥に会うまで、ヒート期間なんて一人で過ごすものだったのに。いつの間にこんなに弱くなったんだろう。
 情けなさに呆れながら、ぽふんとベッドに倒れ込んだ。シーツに顔を擦り付けても、枕に頭を埋めても、欲しい香りはしない。
 全然平気じゃない。寂しい。
 画面越しなんかじゃ足りない。冬弥に触りたい。匂いに包まれて安心したい。
「……匂い……」
 ふと、去年はヒートの度に冬弥の服で巣を作っていた事を思い出す。巣にいると冬弥の匂いに包まれてるとキツいヒートが来ても落ち着いて居られた。
 冬弥の服が一枚でもあったら、この寂しさも紛れるかもしれない。
 
 そう思ったら行動は早くて。
 次の日には冬弥の携帯に電話をかけていた。いつもは家に帰った冬弥が電話をかけてくるけど、我慢できなくて自分からかけた。
『……服? 俺のか?』
「うん。だめ、か?」
 タイミングが良いのか悪いのか昼時で、後ろでがやがやと話し声が聞こえてくる。食堂にでも居るのかもしれない。迷惑かな、向こうの友達と昼食べてんのかなって一瞬思ったけど、声を聞いたらブレーキがかからなくなってしまった。
 急に電話してきて服をねだるオレに、冬弥はずっと不思議そうな声で応えてくる。
『構わないが、何でまた』
「えと、その……巣……」
『す?』
 やっぱり恥ずかしい。最初の頃は無意識に巣作りしてて恥ずかしかったけど、作りたいから服寄越せって言うのも別方向で恥ずかしい。
 
 でも、言わないと。
 冬弥から貰わないと、寮の時みたいに勝手に出してどうこうは出来ない。
 
「巣……作るのに欲しい、から……送ってほしい」
『………………………………』
「あれ、冬弥? 電波か……?」
 恥ずかしさを押し殺して伝えると、急に冬弥の声がかき消えてしまった。電波でも悪いのかと思ったけど、背後の賑やかな話し声はスピーカーから流れてくる。
『……った』
「あっ聞こえた。あの、さっきの聞こえて」
 やっと冬弥の声が聞こえてきた。どこまで伝わってるんだろう。もう一回言わないといけないだろうか。滅茶苦茶恥ずかしいから聞こえてて欲しいけど。
『今夜……届ける』
「えっ。今夜……? どういうことだよ、ちょっ、冬弥!?」
 オレの質問に応えることもなく、ブツッと通話が切れてしまった。
 今夜って言ってたけど、夜に発送すると次の日の引き受けだと思う。それを読み間違えて、入学する時の荷物が到着期間ギリギリになったからな。痛い目に遭っている経験者なのだ。
 でもお坊ちゃんは荷物を送るなんてしたことないかと一人に納得して。
 今日明日の我慢だと思いつつ、一仕事やりきったオレは再び布団に潜り込んだ。

 ――驚いたことに、荷物は本当にその日の夜に届いた。
 
「……まじか」
 目の前にあったのは、台車に載った段箱二つと冬弥の姿。
 なるほど、そういうことか。業者に頼むんじゃなくて本人が持ってくるなら、当日でも届くよな。
 そんなことを考えてると、ぎゅうっと冬弥が抱きついてくる。ふわりと鼻をくすぐるのはいつもの匂い。思わず力一杯抱き締め返すと、ぐえっと低い呻き声が聞こえた。
「まさか冬弥が来るとは」
「すまない、色々と限界だった」
 久々の体温を満喫しながら頬をすり寄せてると、冬弥の唇がオレの口に触れる。何度か触れていよいよ深いキスをと思った頃、抱きついていた体がするりと腕を抜けていってしまった。
「ほら、ちゃんと服は持ってきたから好きに使え」
 部屋の玄関の外に放置してた段箱を軽く叩きながら、にーっと冬弥は笑う。そういやドアも開けっ放しだった。
 ……丸見えじゃん、色々と。
 
 慌てて箱をリビングに運び込んで、玄関の鍵を閉めて。ちょっとソワソワしながら封をされてる蓋を開ける。服を一枚手にとって顔を埋めると、冬弥の匂いがふわりと鼻先をくすぐった。
 今日から埋もれて寝られる。冬弥の匂いにくるまってできる。
 そう思うとニヤつく顔が戻らない。
「おい。今は本人が居るんだが?」
 服に夢中だったせいか冬弥が少し拗ねた顔で抱きついてくる。
 流れるように開けてた蓋をそっと押し戻されて。オレの意識は目の前の服から、冬弥から仕掛けられるキスに絡め取られていった。
 ひとしきりキスに溺れて、抱きついて。壁にオレを押し付けてくる冬弥の体を撫でていると、ふと段箱がまた視界に入る。
「なぁ……家に服残ってんのかコレ」
 冬弥は一人暮らしを始めたって聞いた。実家に居る訳じゃないから、そんなに物を運び込めるとは思えないんだけど。こんなに服を持ってきて大丈夫だったんだろうか。
「ああ、クローゼットが空になったから新しく揃えた」
「こっ、このボンボンめ……」
 おかわりなら追加するぞ?と、冬弥はにこりと微笑む。着てる服は高いやつばっかだろうに、段箱二つ分揃え直したってのか。懐具合どうなってんだよホント。
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