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12.β様の恋人
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朝っぱらからの騒がしい客人を見送り、しっかり玄関の施錠を確認して部屋に戻った。その物音に気付いたのか、スマホを見ながらベッドの上に座っていた春真がぱっと顔を上げる。
「な、なぁ、先輩」
「うん?」
「あの……あんまり秋都を嫌わないでやってほしい」
何だろうとそわそわしながら耳を傾けた事を若干後悔した。一日の始まりからその名前を聞く事になるとは。しかも春真の口から。
「またその話か……どうしてそこまでこだわるんだ」
春真の気持ちが自分に向いているのは実感できた。それを疑うつもりも、もうないけれど。
やはり、気に食わないものは気に食わない。
特別な感情がないとはいえ、明らかに秋都に肩入れをしているのが目に見える。どうしても嫉妬心は膨らんでしまうのだ。
「先輩に嫌われたくないって言ってたんだ。でも自分はαだから嫌われるんだって……本人にはαかどうかなんて選べないだろ」
果たして一体どこまでが本当なのやら。
しかしまぁ、その考察は当たらずしも遠からずといったところだ。その理屈では当てはまらない部分がある。
「αだから嫌いだというのなら、藤桜司とは顔も合わせられないな」
「え。あ……たし、かに」
全てのαが嫌いだという訳ではない。
もちろんコンプレックスはある。今となっては特に、Ωを番として独占できる特性は羨ましくて仕方がない。
けれど好き嫌いで言えば、藤桜司の様にαとして常に上を向こうとしている相手は嫌いではないのだ。もしあれに負かされたとしてもきっと、奴なら仕方がないと素直に敗北を認められる。
……それをさせないのが、仁科儀秋都だ。
「アイツは手を抜くんだ。俺がβだから」
「そ、それは、先輩が跡取りの方がいいって思ってるから」
「それでもアイツが後継者になったら……考えたくもないが、そんなものに負けた俺はどう納得すればいいんだろうな」
心なしか低くなった声に、何か言おうとしていた春真は口をつぐんだ。
仁科儀秋都は最低限の事しかしない。こちらが必死になって守っているものを見ているだけ。なのにαであるだけで、自分が守ろうとするものを奪い取っていく。
そんなつもりはないと白々しく言われても、奪われる方は納得出来る訳がない。
「やる気がない相手に立場を脅かされる事ほど屈辱的な事はない。なのにアイツは何もかも奪い取っていく。だから嫌いなんだ」
……大人げないのは分かっている。何度も言われた。そういうものなのだと。自分の処遇への不満を晴らせる何かが欲しいと喚くのは、流石にみっともないと。
けれど春真は何も言わずに俯いて「そっか」と少し戸惑った声で呟いた。
何か考えているのか、すぐには否定しない。一度受け止めてくれる。なのに分かって貰える訳がないと最初から背を向けていた自分が情けなくて、少しだけ泣きそうになってしまった。
「……こんな話はやめよう、そんなことより」
また触れたい。馬鹿な勘違いで逃げてしまった分、触れられなかった分、もっとたくさん触れたい。
下心しかない視線を春真に送る。けれどその瞳はじっとシーツを睨んでいて。
「じゃあ、全力で先輩叩き潰せって言えばいいんだな!」
どこか晴れ晴れとした表情を浮かべた春真は、満面の笑みでこちらを見る。
「は?」
全く予想外の返し方をされて、咄嗟に言葉が出てこなかった。
どうしてそうなる。
「叩き潰されたら納得するんだろ? じゃあ遠慮すんなって言っとく」
「いや、お前な……恋人を叩き潰せと敵に発破をかける奴がどこに居るんだ」
応援する方が違う。普通は逆だろう。
少しムッとして軽く睨むけれど、春真は不思議そうな顔を浮かべていた。
「だって、わざとらしく手ェ抜かれるから腹立つんだろ?」
「それは、まぁ、そうなんだが……」
間違っては、いないのだけれど。
だからといって春真がアイツにそんな応援をする意味がどこにあるのか。そんな光景を考えたくもないが、もしも言う通りの展開になったら拗ねる自信しかない。
「秋都、何かストーカーみたいになってるし。もうちょっとアンタが優しくしたらマシになるかなって」
「……なにを聞いたんだ一体。いや、聞きたくはないが」
昨日見たメッセージアプリのやりとりを思い出して頭痛がしてきた。普段は何でもない顔をしていながら、自分の行動をやけに細かく把握されていた、春真からの質問への返答を。
ストーカーという表現もあながち外れてはいない気がする。だとすれば余計に近付きたくない。
「どっちが跡取りとかどうでもいいけど、アンタの一番はオレじゃないと嫌なんだ。秋都の方がよく知ってるとかムカつく」
じ、と春真の瞳が真っ直ぐ見つめてくる。
果たして素直に喜んでいいのか、己が力を注いできた事をどうでもいいと言われた事を嘆くべきなのか。どう答えたものか言葉に窮していると、だから、と言葉が続いていく。
「秋都がストーカーしなくても良くなる程度には優しくしてやってほしい」
……何となく……分かってきた気がする。
仁科儀秋都が情報収集するのを止めようとしているのか。春真の理論で言えば、アイツは仁科儀冬弥に嫌われているから粘着して、その行動をじっと観察しているらしいから。
ならば仁科儀冬弥との仲が修復されればその必要もなくなるのではないか、と。
しかし。
「これ以上ない難題だな」
嫌い続けていた相手に優しくするのは、中々に気持ちが削られる。それに、もし違ったらどうしてくれる。顔を取り繕って優しくしたにも関わらず、行動を逐一観察されるままだったら。
けれどそんな懸念は春真の中には無いらしい。
晴れやかな微笑みを浮かべたまま、甘えるように顔を覗き込んでくる。
「番のために頑張ってくれよ、ちょっとずつでいいから。あんまり仲良くされると腹立つけど」
「無茶苦茶だな」
あまりにも無茶振りがすぎる。
けれど番のためにと春真から言われると、少しだけ心が踊ってしまう。根拠もなく出来るような気がしてきてしきまう。
「まぁ……努力はしてみるとしよう。結果的にだが、アイツの活躍で春真の気持ちを再認識できた事だし」
やはりΩはαに惹かれてしまうのではないかと怯えていたけれど、即答で否定されてどれだけ安堵したことか。一番になりたいと言ってくれた言葉が、どれだけ嬉しかったことか。
望むなら叶えてやりたい。喜んでほしい。あの男に話しかけるのは嫌だけれど。
すると自分の回答に春真は心なしか顔を綻ばせた気がした。……物凄く癪だ。
「アンタも自分の事ちゃんと教えろよな。オレだけ知らないって、悲しいから」
ぽつりと声が聞こえたと思えば、抱き寄せられ、頬をすり寄せられた。
「……すまなかった」
もとを辿れば自分の態度が引き起こしたこと。
春真には言えていない事が沢山ある。話そうとすると痛い部分がまだまだ残っている。何もかも開けっ広げに出来る程、他人を信じきることが出来ていない。
「少しずつ、な。今はそれで赦してほしい。必ず全部話すから」
「ん……約束だからな、冬弥先輩」
「ああ」
恋人様には、ほんとうに敵わない。
春真との約束を果たしつつ、ひとまずストーカー化しつつあると称されている愚弟をどうにかしなければ。
しかし具体的にどうしたものかと考えながら、少し強く抱きしめてくる腕の中で目を閉じた。
「な、なぁ、先輩」
「うん?」
「あの……あんまり秋都を嫌わないでやってほしい」
何だろうとそわそわしながら耳を傾けた事を若干後悔した。一日の始まりからその名前を聞く事になるとは。しかも春真の口から。
「またその話か……どうしてそこまでこだわるんだ」
春真の気持ちが自分に向いているのは実感できた。それを疑うつもりも、もうないけれど。
やはり、気に食わないものは気に食わない。
特別な感情がないとはいえ、明らかに秋都に肩入れをしているのが目に見える。どうしても嫉妬心は膨らんでしまうのだ。
「先輩に嫌われたくないって言ってたんだ。でも自分はαだから嫌われるんだって……本人にはαかどうかなんて選べないだろ」
果たして一体どこまでが本当なのやら。
しかしまぁ、その考察は当たらずしも遠からずといったところだ。その理屈では当てはまらない部分がある。
「αだから嫌いだというのなら、藤桜司とは顔も合わせられないな」
「え。あ……たし、かに」
全てのαが嫌いだという訳ではない。
もちろんコンプレックスはある。今となっては特に、Ωを番として独占できる特性は羨ましくて仕方がない。
けれど好き嫌いで言えば、藤桜司の様にαとして常に上を向こうとしている相手は嫌いではないのだ。もしあれに負かされたとしてもきっと、奴なら仕方がないと素直に敗北を認められる。
……それをさせないのが、仁科儀秋都だ。
「アイツは手を抜くんだ。俺がβだから」
「そ、それは、先輩が跡取りの方がいいって思ってるから」
「それでもアイツが後継者になったら……考えたくもないが、そんなものに負けた俺はどう納得すればいいんだろうな」
心なしか低くなった声に、何か言おうとしていた春真は口をつぐんだ。
仁科儀秋都は最低限の事しかしない。こちらが必死になって守っているものを見ているだけ。なのにαであるだけで、自分が守ろうとするものを奪い取っていく。
そんなつもりはないと白々しく言われても、奪われる方は納得出来る訳がない。
「やる気がない相手に立場を脅かされる事ほど屈辱的な事はない。なのにアイツは何もかも奪い取っていく。だから嫌いなんだ」
……大人げないのは分かっている。何度も言われた。そういうものなのだと。自分の処遇への不満を晴らせる何かが欲しいと喚くのは、流石にみっともないと。
けれど春真は何も言わずに俯いて「そっか」と少し戸惑った声で呟いた。
何か考えているのか、すぐには否定しない。一度受け止めてくれる。なのに分かって貰える訳がないと最初から背を向けていた自分が情けなくて、少しだけ泣きそうになってしまった。
「……こんな話はやめよう、そんなことより」
また触れたい。馬鹿な勘違いで逃げてしまった分、触れられなかった分、もっとたくさん触れたい。
下心しかない視線を春真に送る。けれどその瞳はじっとシーツを睨んでいて。
「じゃあ、全力で先輩叩き潰せって言えばいいんだな!」
どこか晴れ晴れとした表情を浮かべた春真は、満面の笑みでこちらを見る。
「は?」
全く予想外の返し方をされて、咄嗟に言葉が出てこなかった。
どうしてそうなる。
「叩き潰されたら納得するんだろ? じゃあ遠慮すんなって言っとく」
「いや、お前な……恋人を叩き潰せと敵に発破をかける奴がどこに居るんだ」
応援する方が違う。普通は逆だろう。
少しムッとして軽く睨むけれど、春真は不思議そうな顔を浮かべていた。
「だって、わざとらしく手ェ抜かれるから腹立つんだろ?」
「それは、まぁ、そうなんだが……」
間違っては、いないのだけれど。
だからといって春真がアイツにそんな応援をする意味がどこにあるのか。そんな光景を考えたくもないが、もしも言う通りの展開になったら拗ねる自信しかない。
「秋都、何かストーカーみたいになってるし。もうちょっとアンタが優しくしたらマシになるかなって」
「……なにを聞いたんだ一体。いや、聞きたくはないが」
昨日見たメッセージアプリのやりとりを思い出して頭痛がしてきた。普段は何でもない顔をしていながら、自分の行動をやけに細かく把握されていた、春真からの質問への返答を。
ストーカーという表現もあながち外れてはいない気がする。だとすれば余計に近付きたくない。
「どっちが跡取りとかどうでもいいけど、アンタの一番はオレじゃないと嫌なんだ。秋都の方がよく知ってるとかムカつく」
じ、と春真の瞳が真っ直ぐ見つめてくる。
果たして素直に喜んでいいのか、己が力を注いできた事をどうでもいいと言われた事を嘆くべきなのか。どう答えたものか言葉に窮していると、だから、と言葉が続いていく。
「秋都がストーカーしなくても良くなる程度には優しくしてやってほしい」
……何となく……分かってきた気がする。
仁科儀秋都が情報収集するのを止めようとしているのか。春真の理論で言えば、アイツは仁科儀冬弥に嫌われているから粘着して、その行動をじっと観察しているらしいから。
ならば仁科儀冬弥との仲が修復されればその必要もなくなるのではないか、と。
しかし。
「これ以上ない難題だな」
嫌い続けていた相手に優しくするのは、中々に気持ちが削られる。それに、もし違ったらどうしてくれる。顔を取り繕って優しくしたにも関わらず、行動を逐一観察されるままだったら。
けれどそんな懸念は春真の中には無いらしい。
晴れやかな微笑みを浮かべたまま、甘えるように顔を覗き込んでくる。
「番のために頑張ってくれよ、ちょっとずつでいいから。あんまり仲良くされると腹立つけど」
「無茶苦茶だな」
あまりにも無茶振りがすぎる。
けれど番のためにと春真から言われると、少しだけ心が踊ってしまう。根拠もなく出来るような気がしてきてしきまう。
「まぁ……努力はしてみるとしよう。結果的にだが、アイツの活躍で春真の気持ちを再認識できた事だし」
やはりΩはαに惹かれてしまうのではないかと怯えていたけれど、即答で否定されてどれだけ安堵したことか。一番になりたいと言ってくれた言葉が、どれだけ嬉しかったことか。
望むなら叶えてやりたい。喜んでほしい。あの男に話しかけるのは嫌だけれど。
すると自分の回答に春真は心なしか顔を綻ばせた気がした。……物凄く癪だ。
「アンタも自分の事ちゃんと教えろよな。オレだけ知らないって、悲しいから」
ぽつりと声が聞こえたと思えば、抱き寄せられ、頬をすり寄せられた。
「……すまなかった」
もとを辿れば自分の態度が引き起こしたこと。
春真には言えていない事が沢山ある。話そうとすると痛い部分がまだまだ残っている。何もかも開けっ広げに出来る程、他人を信じきることが出来ていない。
「少しずつ、な。今はそれで赦してほしい。必ず全部話すから」
「ん……約束だからな、冬弥先輩」
「ああ」
恋人様には、ほんとうに敵わない。
春真との約束を果たしつつ、ひとまずストーカー化しつつあると称されている愚弟をどうにかしなければ。
しかし具体的にどうしたものかと考えながら、少し強く抱きしめてくる腕の中で目を閉じた。
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