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36.祈りと戸惑い
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ラズリウと、スルトフェンと、渋々巻き込まれてくれたテネスと。
念のために国王夫妻にも許可を取って、ベッドに男三人が川の字で横になって夜を明かすようになった。グラキエ王子のテディベアも一緒なので結構な混み具合だ。
とても寝やすい環境とは言えないが人の温かさがあるせいか、寂しさに押し潰されそうになりがちな夜も少しずつ落ち着いて過ごせるようになってきている。夢から覚めて泣いてしまっても、スルトフェンがそっと頭を撫でてくれるのだ。昔ラズリウが、王宮に馴染めずに隅で泣いていたスルトフェンにしていたように。
朝起きたらテネスが背中を撫でてくれていて、シーナがにこやかに入って来る。ラズリウが支度を終えるとスルトフェンが起きてきて、その姿にだらしが無いとテネスの説教が始まる。
そんな賑やかな朝を繰り返して少しずつ、グラキエ王子に抱かれる夢は次第に見なくなった。……まだ夢の中で抱きしめたりはしているけれど。それでも王子が恋しいと涙が止まらなくなる頻度も減った、そんな頃。
「何してんだお前」
テディベアに両手をかざした状態で向かい合っているラズリウに、目を覚ましたらしいスルトフェンが怪訝そうな顔で声をかけてきた。
「……練習してた魔法。グラキエ王子に届かないかなって思って」
夜に起きてしまっても泣かずに居られるようになってきたものの、その代わりに何か出来ることは無いかと常に考え事をするようになった。
春が近付いてきているらしいけれど夜はまだまだ寒い。天蓋の中ですら起き上がると肌寒いのに、ドームが破損している有人観測チームの居る場所の寒さは予想がつかない。
そう思ったら居ても立ってもいられなくて、グラキエ王子を少しでも温められたらと思い立ったのだ。こうなるともう体が言う事を聞かない。無心で頭に浮かんだ事を試し始めてしまうから。
「ぬいぐるみ相手に魔法かけても届く訳ねぇだろうが」
「この子が一番長く一緒に居たから。もしかしたら、って思って」
ラズリウが練習をしている魔法は対象物を包むものだ。何かしら相手を想定する方がイメージしやすいし、人形を依代とした魔法も他の書物ではあるが記録にあった。
グラキエ王子の部屋から連れ出して以来ずっとラズリウの側に居るのに、未だ彼の人の香りを纏うこの存在なら。夢の中に現れるグラキエ王子に魔法をかけるだけよりも持てる希望が増える。
そう思うと試さずには居られなかったのだ。
テディベア相手に一人魔法のかけ方を試行錯誤するラズリウを呆れた顔で見ながら、なぁとスルトフェンが声をかけてくる。
「あの王子が帰ってきたらどうするつもりなんだ」
「……どう、って……」
まだ帰ってくるかも分からないのに。
この状況でも相変わらず楽観的な声音の幼馴染みに、少しだけもやりとした。
もしもこの先の事を考えて、ダメだったら。思い描いていた事が全て無かった事になってしまったら。それが恐ろしくて、こうして目先の事で頭を塞いでいるのに。
「これからどうなりたい?」
そんな逃げが分かっているのか、真っ直ぐな若草色の目がじっとラズリウを見る。背を丸めてしゃがみ込んでいるのを引き摺り出そうとしているかのように。
「……側に、居たい……いつか……番に……」
口に出してはダメだと、無闇に希望を持つなと頭の中で声が響く。けれど溢れた言葉はじわじわと自分の中に染み込んでいった。
部屋から連れ出してくれた時の様に手を繋いで、研究所や街の中を歩く。狭い鳥籠のなかでも構わないから、そんな毎日が続いてくれたら。
そう改めて思うと、せっかく涙も落ち着いてきたのに再びじわりと目の奥が熱くなってきた。たまらなくなってテディベアを抱きしめ顔を埋める。
「グラキエ王子が帰ってきたら、ちゃんとそう言うんだぞ」
「…………でも、選ぶのはグラキエ王子だよ」
こちらが希望したとしても向こうに拒絶をされれば婚約は成立しない。そのためのお試し期間がある。彼が無事に帰ってきたとて、ラズリウの望みが叶うかは分からないのだ。
「だから伝えるんだろ。毎日泣くほど恋しかったし毎晩エロい妄想してたって。失言王子にエスパー能力期待しても無駄だろうが」
「色々酷いな」
寝ているとはいえテネスも居るのに、グラキエ王子の事にまで言及するとは大胆不敵だ。どれも否定できないし、しないけれど。
ラズリウが抱きしめるテディベアの手を指でつついて揺らしながら、スルトフェンは変わらず真面目な顔を向けてくる。
「望みはちゃんと口に出して手を伸ばせよ。じゃなきゃお前が何考えてんのか、相手はずっと分からないままなんだぞ」
「……そう、だね……」
真っ直ぐな視線が少し痛い。若草色の目を見ているのが徐々に辛くなってきて、思わず視線を逸らした。
Ωだと分かってから、望みは何も通らなくなった。
囲われた離宮から出られず、遠乗りに連れていた愛馬に会えなくなった。訓練には参加できなくなり、兄のような騎士になる目標は閉ざされた。許されたのは唯一のお役目を寝台の上で淡々とこなす、自由も不自由もない生活だけ。
何かを望む事を諦めて久しい。
ようやく離宮を離れて希望を持ったと思えばこの状況で、不相応な事を望んだ己のせいではないかとすら思い始めている。
手を伸ばすといっても、どうすればいいのか分からない。
グラキエ王子が居ないのに、今はその先の事なんて考えられない。抱きしめたテディベアに額を押し付けて、ぎゅうっと強く瞳を閉じた。
念のために国王夫妻にも許可を取って、ベッドに男三人が川の字で横になって夜を明かすようになった。グラキエ王子のテディベアも一緒なので結構な混み具合だ。
とても寝やすい環境とは言えないが人の温かさがあるせいか、寂しさに押し潰されそうになりがちな夜も少しずつ落ち着いて過ごせるようになってきている。夢から覚めて泣いてしまっても、スルトフェンがそっと頭を撫でてくれるのだ。昔ラズリウが、王宮に馴染めずに隅で泣いていたスルトフェンにしていたように。
朝起きたらテネスが背中を撫でてくれていて、シーナがにこやかに入って来る。ラズリウが支度を終えるとスルトフェンが起きてきて、その姿にだらしが無いとテネスの説教が始まる。
そんな賑やかな朝を繰り返して少しずつ、グラキエ王子に抱かれる夢は次第に見なくなった。……まだ夢の中で抱きしめたりはしているけれど。それでも王子が恋しいと涙が止まらなくなる頻度も減った、そんな頃。
「何してんだお前」
テディベアに両手をかざした状態で向かい合っているラズリウに、目を覚ましたらしいスルトフェンが怪訝そうな顔で声をかけてきた。
「……練習してた魔法。グラキエ王子に届かないかなって思って」
夜に起きてしまっても泣かずに居られるようになってきたものの、その代わりに何か出来ることは無いかと常に考え事をするようになった。
春が近付いてきているらしいけれど夜はまだまだ寒い。天蓋の中ですら起き上がると肌寒いのに、ドームが破損している有人観測チームの居る場所の寒さは予想がつかない。
そう思ったら居ても立ってもいられなくて、グラキエ王子を少しでも温められたらと思い立ったのだ。こうなるともう体が言う事を聞かない。無心で頭に浮かんだ事を試し始めてしまうから。
「ぬいぐるみ相手に魔法かけても届く訳ねぇだろうが」
「この子が一番長く一緒に居たから。もしかしたら、って思って」
ラズリウが練習をしている魔法は対象物を包むものだ。何かしら相手を想定する方がイメージしやすいし、人形を依代とした魔法も他の書物ではあるが記録にあった。
グラキエ王子の部屋から連れ出して以来ずっとラズリウの側に居るのに、未だ彼の人の香りを纏うこの存在なら。夢の中に現れるグラキエ王子に魔法をかけるだけよりも持てる希望が増える。
そう思うと試さずには居られなかったのだ。
テディベア相手に一人魔法のかけ方を試行錯誤するラズリウを呆れた顔で見ながら、なぁとスルトフェンが声をかけてくる。
「あの王子が帰ってきたらどうするつもりなんだ」
「……どう、って……」
まだ帰ってくるかも分からないのに。
この状況でも相変わらず楽観的な声音の幼馴染みに、少しだけもやりとした。
もしもこの先の事を考えて、ダメだったら。思い描いていた事が全て無かった事になってしまったら。それが恐ろしくて、こうして目先の事で頭を塞いでいるのに。
「これからどうなりたい?」
そんな逃げが分かっているのか、真っ直ぐな若草色の目がじっとラズリウを見る。背を丸めてしゃがみ込んでいるのを引き摺り出そうとしているかのように。
「……側に、居たい……いつか……番に……」
口に出してはダメだと、無闇に希望を持つなと頭の中で声が響く。けれど溢れた言葉はじわじわと自分の中に染み込んでいった。
部屋から連れ出してくれた時の様に手を繋いで、研究所や街の中を歩く。狭い鳥籠のなかでも構わないから、そんな毎日が続いてくれたら。
そう改めて思うと、せっかく涙も落ち着いてきたのに再びじわりと目の奥が熱くなってきた。たまらなくなってテディベアを抱きしめ顔を埋める。
「グラキエ王子が帰ってきたら、ちゃんとそう言うんだぞ」
「…………でも、選ぶのはグラキエ王子だよ」
こちらが希望したとしても向こうに拒絶をされれば婚約は成立しない。そのためのお試し期間がある。彼が無事に帰ってきたとて、ラズリウの望みが叶うかは分からないのだ。
「だから伝えるんだろ。毎日泣くほど恋しかったし毎晩エロい妄想してたって。失言王子にエスパー能力期待しても無駄だろうが」
「色々酷いな」
寝ているとはいえテネスも居るのに、グラキエ王子の事にまで言及するとは大胆不敵だ。どれも否定できないし、しないけれど。
ラズリウが抱きしめるテディベアの手を指でつついて揺らしながら、スルトフェンは変わらず真面目な顔を向けてくる。
「望みはちゃんと口に出して手を伸ばせよ。じゃなきゃお前が何考えてんのか、相手はずっと分からないままなんだぞ」
「……そう、だね……」
真っ直ぐな視線が少し痛い。若草色の目を見ているのが徐々に辛くなってきて、思わず視線を逸らした。
Ωだと分かってから、望みは何も通らなくなった。
囲われた離宮から出られず、遠乗りに連れていた愛馬に会えなくなった。訓練には参加できなくなり、兄のような騎士になる目標は閉ざされた。許されたのは唯一のお役目を寝台の上で淡々とこなす、自由も不自由もない生活だけ。
何かを望む事を諦めて久しい。
ようやく離宮を離れて希望を持ったと思えばこの状況で、不相応な事を望んだ己のせいではないかとすら思い始めている。
手を伸ばすといっても、どうすればいいのか分からない。
グラキエ王子が居ないのに、今はその先の事なんて考えられない。抱きしめたテディベアに額を押し付けて、ぎゅうっと強く瞳を閉じた。
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