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06.説教

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 ラズリウ達が部屋で一息ついていた頃。
 別室に摘み出されたグラキエは、王妃を始めとする女性陣からの冷静な説教が山場を超えようとする頃だった。そこにタイミング良く長兄リスタルが現れたお陰で、説教の後の小言が短くなりそうな気配がする。
 山場ではなく、山場を過ぎたあたりが大事なのだ。
 その辺りの勝手を長兄は熟知しており、いつもタイミングを見計らって助けに来てくれる。グラキエにとっては優しい兄であると同時に、説教の集中砲火を食らっている時の救いの神でもあった。
「助かった……やっと終わった。ありがとうございます、リスタル兄上」
 読み通り兄の登場で鎮火が早まり、無事切り上げられた説教に安堵しながら深々と頭を下げる。そんな弟に長兄はいつもの様に優しく微笑んだ。
「今回ばかりはお前が全面的に悪い。きちんと己の行動を省みて、失礼な態度と発言を悔い改めるんだよ」
「……はい」
 正直なところ、嘘をつかないだけ良いじゃないかと思ってはいるけれど。
 ああも満場一致で自分の意図するより大きく悪い方向に取られてしまったのは、十中八九伝え方が悪かったのだろう。そこは反省しなければなるまい。
「やれやれ、毎度ながら反省の態度が浅いねお前は。本当は私からも説教をくれてやりたい所だけれど……順番待ちがあるようだから、やめておこう」
「えっ」
 自分の後ろに向けられている視線を追うと、摘み出しにやって来た時のままの表情で教育係が立っていた。ずっとあの状態で待っていたらしい。

 ようやく解放されたと思ったのに。
 今のやり取りを丸々聞かれていたとを考えると、次の説教の方が長そうな気配がする。思わず縋るような気持ちで兄を見たが、笑顔のままグラキエの肩を二度軽く叩いて、救いの神は部屋を出ていってしまった。
 パタンと小さな音を立てて扉が閉まると同時に、教育係の説教開始を告げるゴングが鳴った。……ような、気がした。

 
 
「グラキエ殿下! 聞いておられますか!!」
 

 
「びっ……くりした! 聞いてる、聞いてるから」
 突然耳に飛び込んできたテネスの大きな声に飛び上がりそうになる。母や義姉達の内容とほぼ重複していたせいで、うっかり気を抜いてしまっていたのを嗅ぎ取られたらしい。
 こういう所が叱られる原因なのだと、グラキエ本人も分かってはいるのだが。
「あの態度はあんまりでございましょう! 遠路遥々、南の国から、殿下のために、何日もかけてお越し下さったというのに!」
 もう何回目だ、そのフレーズは。
 ボケてるんじゃないのかと軽口を言いそうになる口をギリギリで止める。そんなことを言えば大噴火の延長戦間違いなしだ。
「確かに待たせたのは悪かったし、失言だったとは思っている」
 他国の王族を必要以上に待たせたのも、適切な伝え方を選択できなかったのも、言い訳のしようはない。これがあの王子と従者に言われるなら、平謝りするしかないのだけれど。
「だが悪意はないし、遅刻なんていつものことだ。初回だけ取り繕っていても後々こじれるだろう?」
 長年グラキエを見てきた教育係くらいは、自分の味方をしてくれても良いのではないか。表立っては難しくても、彼らの居ない時ぐらいは。
 
 しかしそんな拗ねた考えは心の中から滲み出てしまっていたらしい。グラキエを見るテネスはいっそう眉を釣り上げた。
「その態度が問題だと申しておるのです! おまけにヒートの時以外は互いに干渉しないなどと!」
 結果として婚約者に求められるのは箔付けと結婚後の子作りじゃないかと思うが、頭から湯気を出しそうな教育係の気迫に押しる黙しかない。Ωがいかに繊細なものであるかを熱弁する姿に、やけに肩入れするなと不思議に思う。
 しばらく考えて、そう言えばテネスの妻はΩだったと思い至ったのだった。しかも結婚前は彼女が運命だと盛大に熱を上げていたと聞くし、番になった今もひどく溺愛しているのが見て取れる。
 あの時の発言は、Ωの番を持つ熱烈なαにとって地雷の中の地雷だったようだ。
「テネスの言う通り、こんな雪の中に呼び立ててしまっただろ。義務ばかりに縛られず、生活スタイルを尊重しあって自由に過ごそうと、そういう意味だ。他意はない」
 
 南の国は雪に閉ざされる事もないと聞く。
 一年中何処にでも出掛けられて、食べ物や植物も豊かだという。南からやってくる商人たちの持ってくる品物や土産話はどれも珍しく色鮮やかで、心引かれた過去の自分もいくつかねだった記憶がある。そんな豊かで美しい国の、それも王族が雪の檻で阻まれた国に満足できるとは思えない。かといって自分が満足させられる提案が出来る自信もない。
 ならば自分の好きなように過ごしてもらうのが一番じゃないか、と。グラキエは少し不貞腐れて床を睨んだ。
「相手を知らぬまま尊重が出来ましょうか。それは放置というものです」
 呆れた声音で降ってくる言葉に、返す言葉が出てこなかった。なるべく関わらなくても良さそうな相手を選んだ手前、強く否定が出来ない。
「せめて毎日お顔を見に行かれませ」
「いや、朝食で会うだろ」
「それでは他の御家族と同じではございませぬか! 婚約者であるならば、もう一歩近くに在るべきでございます!!」
 いい加減噴火も落ち着いたかと思ったが、ほんのひととき小康状態になっていただけのようだ。全くもって勢いは落ちていなかった。
 お試し期間中で正式な婚約じゃないんだが、と口を挟める状態ではない。

 どうして自分より教育係の方が熱心になってしまっているのだろう。何かと苦労をかけている自覚はあるけれど、いくらなんでも張り切りすぎではないだろうか。
 こうまで興奮状態の他人を見ていると、不思議と己は冷静になってくる。
「そうは言われてもな……」
「ええいグズグズと! ならば朝食へ向かうラズリウ殿下のエスコートをなされよ!」
 どうあっても婚約者候補殿と一緒に置いておきたいらしい。いい加減、どうせ長く続かないと分かってもらいたいものだが。
「毎日の食事でそれは大袈裟では」
「やかましい! 致し方在りませぬ。わたくし自ら毎朝ベッドから放り出して、ラズリウ殿下の元へ送り届けて差し上げます!」
 
 子供の送り迎えじゃあるまいし。
 
 何とかやめさせようとアレコレ反論してはみたものの、すっかり興奮状態に陥っている教育係が折れる事は無く。平行線のまま小一時間が過ぎていってしまった。もうこうなったら勝ち目がない。
 面倒なことになったと内心頭を抱えながら、説得に失敗したグラキエは渋々承諾したのだった。
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