籠中の鳥と陽色の君〜訳アリ王子の婚約お試し期間〜

むらくも

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03.お試し期間

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 しばらく会話が続いていたが、ふと時計の音だけが室内で響くようになった。ちらちらと前に座るアルブレア勢が横目で視線を送り合うようになり、国王がはぁ、とため息をつく。
 何か変な返答をしたかと肝を冷やしていると、ラズリウ達の後ろに控えていた老紳士がその横にやって来た。
「おそれながら……陛下」
「そうだな。捕獲を頼む」
 かしこまりましたと頷いた老紳士は、ラズリウ達に一礼してから部屋を出た。

「可及的速やかにグラキエ殿下を捕獲してこい! 縛り上げても簀巻きでも構わん!! 決して逃すな!!!」

 まるで騎士の掛け声のように大きく、遠くまで響くであろう声。これがあの穏やかそうな老紳士の発した声なのかと驚いていると、廊下から戻って来た彼はラズリウの足元に土下座の格好で平伏した。
「あ、あの……?」
「誠に申し訳ございません! ただいま兵を第三王子の捕獲に向かわせております!! 今しばらく御容赦の程を……っ!」
 頭を床に擦り付けんばかりの姿勢で床にはりつく姿に、ラズリウよりもスルトフェンが先に反応して抱え起こしている。こういう時の反応は流石の速さだ。
「いいえ、あの……仕方ありません。急なお話でしたし」
 もしかしたら件の王子には不本意な相手だったのかもしれない。自分と同じように寝耳に水で、横暴に反抗しているのかもしれない。女性ならともかく、婚約者が同性のΩであるというのは抵抗があってもおかしくはない。
 
 少し複雑だけれども、ラズリウにもそんな気持ちは容易に想像できた。
 自分にはもう相手を選ぶ選択肢は無いけれど、第三王子にはまだ権利があるはずなのだから。
「いいえ! 遠方から御客様が来られて姿も見せぬという姿勢が、既に人としてなっておりませぬ。婚約云々以前の問題にございます!」
「そう教育してしまったのはテネスだけれどね」
 にこにこと笑う第二王子の言葉に、テネスと呼ばれた老紳士はぐぅっと低く呻いた。
「……それにつきましては面目次第もございません」
 渋い表情で振り向いていった顔が笑いのツボを刺激してしまったのか、第二王子はくつくつと笑い始めた。それを静止しながら王太子はラズリウに微笑みかける。
「愚弟を庇うわけではありませんが。彼はラズリウ殿下を嫌がって出てこない、という訳ではないのです」
 
 それを聞いて優しい人だと思った。自国の王子だけではなく、ラズリウにもフォローを当たり前の様に入れてくれるのか、と。
「……お気遣いありがとうございます」
「おや、信じて頂けていないようだ。まぁ確かに婚約話自体から逃げ回ってはいましたが」
「フォローになっていないです兄上」
 第二王子の笑いを噛み殺した顔をひと睨みして、王太子は言葉を続ける。
「候補の中からラズリウ殿下を選んだのは愚弟です。早く相手を決めろと成人してから毎日詰めていたので、ヘソを曲げてしまったのではないかと」
 その言葉に一瞬耳を疑った。毎日婚約者の選定を求められるのは……中々の地獄絵図ではないだろうか。
 ラズリウは思わず、見ず知らずの第三王子に同情してしまったのだった。


 しばらくして、ドタバタと足音が聞こえてくる。
 扉のノック音に国王が応えると、何かを肩に抱えた兵士が失礼しますと言いながら入って来た。空けられていたラズリウの正面の椅子に、どさりとその何かを下ろす……と、それは人間で。
 白に近い銀の短い髪と金色の瞳。白い肌も周りの王族と同じで、件の王子であろう事は簡単に判断できる。
 まさか本当に簀巻き状態で運ばれてくるとは思わなかったけれども。
「グラキエ殿下! 本日はお部屋で大人しくなさるようあれほど」
「テネス。説教は後に致せ」
 国王が首を横に振ると、老紳士はハッとした顔をして失礼しましたと引き下がった。

 ぐるぐる巻きにされていた第三王子は縄と布が外されて、ふうっと一息ついて椅子に座り直す。
「して、何か申し開きはあるか、グラキエ」
 国王に睨まれ、簀巻きから解放された王子は蛇に睨まれた蛙のように固まって小さくなっていく。
「……いえ、その……申し訳ありませんでした。観測塔のチームが帰ってきていたので、話に夢中になってしまい……」
 遅刻どころか連行されて来た第三王子に対する周りの威圧感の強さは、傍目に見てもよく分かる。ぼそぼそと小さい声で返事をする姿が少し可哀想に思えてきてしまった。
 
 しかし国外からの訪問客に当事者が姿を現さないのは、流石に弁明するにも厳しい。馬車の中で老紳士が先に謝罪をしてきたのも、こういう事態を見越していたからなのだろう。
 来客の前では周囲が強く叱責する体を取り、来客からの追求を封じ込める。色々言われていても愛されているのだ。
「その謝罪、向ける先は合っておるか」
 じろりと国王に睨まれて、はっと顔を上げた第三王子はラズリウの方に向き直った。
「誠に申し訳ございませんでした」
「い、いえ……大丈夫です」
 近くまでやってきて深々と頭を下げる肩に思わず立ち上がって触れると、その顔がガバッと上を向いた。金色の瞳が真っ直ぐに見つめてきて少しドキリとする。
 
「突然呼び立てて本当に申し訳ない。婚約するからといって自由を奪うつもりは無いんだ」
「……は、はあ」
 何だか少しずれているような。
 そんな事を考えつつ、チラリと周りを伺い見る。すると各々の表情が「違う、そうじゃない」と当人に届かない所で訴えていた。
 当然、その視線の先の人物はそれに気付くこともなく。
「とはいえ役目はあるので完全にという訳ではないが、まぐわうのはヒートの間だけに留めようと思っている。干渉は最低限にして、互いに好きに過ごそう」
 あくまで真剣な顔で、そう言った。

 色々と思い浮かぶ事はあっても、上手くまとまらない。まとまらない思考から言葉が出るはずもなく。
「…………………………え?」
 ようやっとラズリウが絞り出せたのは、その一文字のみだった。
 確かに婚約を望まれていなかった訳ではないし、嫌悪や悪意を感じる訳ではないけれど。それにしても、これは会って早々にする話だったのだろうか。
 もやもやとしたものがラズリウの中に広がろうとした頃、ずっと微笑んだまま様子を見ていた王太子妃が手を挙げた。 
 よろしいですかという問いに、国王が頷き返す。
「グラキエ殿下。それは婚約者を迎えておきながら、普段は放置して子作りだけするという事ですの?」
 言い終わるが早いか、その顔からすっと笑顔が消えた。
 
 その様子に、自分の発した言葉を即座に省みたらしい第三王子はぶんぶんと勢い良く首を横に振る。
「そ、そんなことは……! ……いや、でも……結果的には、そう、ですね……?」
 性格なのか戦略なのか。第三王子は少し考えた後、何故か素直にその言葉を認めてしまった。
 するとパァン!と一糸乱れぬ派手な音を立てて、王妃、王太子妃、第二王子の婚約者が手に持つ扇子が勢いよく閉じられる。顔はにこやかに微笑んでいる女性陣だが、目が全く笑っていない。
 異様な空気の中で視線を一身に受ける第三王子。そのおろおろした様子を見ていた周囲――国王ですらも、その背筋がすっと伸びていく。
 
「テネス。摘まみ出せ」
 
 笑顔を浮かべたままの王妃が低い声で老紳士に指示を出した。誰をと尋ねる事もなく、まっすぐに第三王子の首根っこを捕まえて部屋から引きずり出していく。
 その様子を呆然と見送ったラズリウの側に王妃がやって来る。思わず背筋を伸ばして固まる前に立って、今度は本当ににこりと微笑んだ。
「わたくしは少し失礼いたしますね。ごゆっくりなさって下さい」
 そう言って優雅にドレスの裾を持ち上げ一礼すると、王妃は老紳士と女性達を伴って部屋から退室していった。


 パタンと扉が閉じた部屋に、如何ともしがたい沈黙が落ちる。困った顔を浮べる王太子は小さくため息を吐いた。
「あれは弁護のしようがないな」
「かつてなくお怒りでしたね。本当に馬鹿だなぁ、グラキエは」
 第二王子も苦笑しながらチラリと国王を見る。
 すると疲れた顔で額に手をやって俯いていた顔を上げて、国王がラズリウの前に座り直した。急に向かい合う事になったその姿に、ずっと伸ばしていたはずの背筋が更に伸びる。
「誠に申し訳ない」
 重々しく開いた口から出たのは、まさかの謝罪だった。一国の王が子供の無礼のために、他国の、それも大して継承順位の高くない王子に頭を下げている。 
 謝罪はまだしも頭を下げる事なんて、祖国ネヴァルストでは考えられない。驚愕に近い気持ちで見ていると。
「愚息はいつもあの調子でな。故に此度の婚約も、正式なものとせずに準備期間を設けている」
「いわゆるお試し期間というものです」
 
 ……恐らく今日一番の衝撃が、ラズリウを襲った。

 何度も何度も頭の中で国王と王太子の言葉を反芻するけれど、上手く飲み込めない。
「可愛い弟である事には変わらないんだが、あの失言具合でね。数々のご令嬢を怒らせてきた筋金入りの無礼者なのです」
「次のディルクロ――この国の夏期までの間を準備期間としてある。合わないと思えば、遠慮なく断りを入れて貰って構わない」
 困った表情を浮かべる目の前の二人。それにどう返すのが適切なのか、ラズリウには咄嗟に判断できなかった。
 
 ただただ、この話が未だ仮約束の状態であることに心が重くなっていく。こちらから解除が出来るということは、逆に向こうからも解除が出来るという事だから。 
 ……今更帰る場所など、どこにも無いのに。
「たとえ弟が嫌いになっても、この国は好きになって貰えると嬉しいな」
 暗くなったラズリウの顔に気付いたのだろうか。
 にこやかにそう語りかけてくる第二王子にますます言葉に窮して。曖昧に微笑みを浮かべながら、こくりとひとつ頷く程度しかできなかった。
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