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ミノタウロスの娘

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 神話の時代のおとぎ話でございます。

 ある村にミノタウロスの供物にされた娘がミノタウロスの寵愛を受けて、ミノタウロスの娘を孕み、産み落としました。

 その娘は頭は牛、身体は赤子というもので、恐れをなした村人は村の端に小屋を作り、ミノタウロスの娘を隔離しました。

 ある時、いつもは人語を話す事ない娘が「これから、村に災いが起こる。ここより、北へ逃げた方が良い」と言いました。

 禍々しい娘のいう事ですが、元は望まぬとは言え、ミノタウロスの娘です。これは凶兆と村人たちは我先にと、北の方へ逃げました。

 それから、しばらくして、火山の噴火が起こり、その村は火山の溶岩の中に消えました。

 村人たちはミノタウロスの娘を讃えて崇め祭り、村の端の小屋から、宮殿とはいかぬまでも大きな屋敷を用意しました。
 そして、村人は事あるごとに、口々に、吉兆は?凶兆?と尋ねに来るようになりました。

 それを聞いたその地方の領主はミノタウロスの娘を村人たちに「その娘を差し出せ」と使いのものに託し、命令を出しまた。

 村人たちは困りました。

 ミノタウロスの娘は異形の怪異ですが、自分たちを助けてくれた守り神であり、敬愛と畏怖の対象です。

 典型的な宗教がそこに生まれました。

 村人たちは頑として首を縦に振りませんでしたが、業を煮やした領主は兵士を繰り出し、村人たちの家を焼き討ちして、ミノタウロスの娘を攫いました。

 泣き叫ぶミノタウロスの娘を攫った領主は自分の城の地下牢に閉じ込めました。

 「泣くな、異形の娘よ。近々、近隣の諸国相手に戦をする。どうか、我の運命を占っておくれ」

 傲慢な領主は檻の中のミノタウロスの娘に尋ねました。

 が、ミノタウロスの娘は普段は獣の声しか出ません。

 「うぅぅぅぅ、あぁぁぁぁ」

 それは聞くものが聞けば、呪いの言葉にしか聞こえません。

 「おまえは私が、村を焼き討ちしたのを恨んでいるのか?すなおに、おまえを差し出せば良かったのだ」

 領主は自分の将来の運勢しか考えていません。

 「うぅぅぅぅぅ、あぁぁぁぁぁ」

 ミノタウロスの娘は悲しげな声しか出ません。

 そんな、ある日、隣の王国が多くの軍隊を引き連れてやって来ました。

 先陣はその王国の王様です。

 たちまちのうちに、領主の国は占領されて領主の首は刎ねられました。

 「役立たずのミノタウロスの娘が。この恨みは一生、忘れぬぞ」

 隣の王国の王様は城を占領すると、地下牢からミノタウロスの娘を出して玉座の前に座らせました。

 「異形の娘よ、ミノタウロスの娘よ。わたしの手は血で濡れている。だが、この汚れを何とも感じておらぬ。わたしはこの血塗られた手で多くの領地と宝を奪い、覇道を開き統治する。出来ると思うか」

 意気上がる王はミノタウロスの娘に聞きました。

 ミノタウロスの娘は天を見上げて、唸りました。

 「あぁぁぁぁぁうぅぅぅぅぅぅ」

 突然、地鳴りと共に、地面は崩れて城は崩れて、王はその瓦礫の下敷きになりました。

 瓦礫の下に瀕死の王を見つけると、悲しげな哀れみのような声で言いました。

 「もうすぐ、また、大きな揺れがやって来て、あなたは地面の奥底に沈みます。それがこれから、あなたに起こる事です」

 ミノタウロスの娘は顔に布を巻くと、何処ともなく立ち去りました。

 悲しげな唸り声を上げながら。
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