ゾンビ父さん

まるさんかくしかく

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ゾンビ父さん

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 食料調達に行ったお父さんがゾンビに噛まれて帰って来たのは、その日の午後だった。

 「お父さん、やっちゃったね」と噛まれた痕を見ながら、応急処置をし始めた。と、言ってもオキシドールで洗浄、傷薬を縫って包帯を巻くだけだった。

 「どうしたの、あずさ」とお母さんが台所から覗きに来た。
 「父さんがゾンビに噛まれたみたい」
 「それは大変ね。で、今日の収穫はどうだったの?お父さん」
 「うん、スーパーで鯖缶を一箱カートで運んでいる所をゾンビに噛ままれたが、鯖缶は無事だ。庭に置いてある」
 と、お父さんは答えた。
 「そう、お疲れ様でした。お父さん」
 お母さんはニコニコと鯖缶の箱を抱えると台所へい行った。
 「どうしよう、お父さん、感染しちゃったね」
 「そうだなぁ。今まで見てきた経験だと発症まで、短くて二、三日、長くて一週間か」
 ゾンビパンデミックで発症する人間が多くなってから、感染自体が日常化してしまった。
 「多分、急激な体温の低下と心臓の停止が始まったら、その辺りで意識レベルはなくなるな」
 「まだ、時間があるってことだよね」
 「だなぁ。発症を止めるワクチンの開発はしているらしいが、こんな状況だと行きわたらないだろうな」
 「どうしよう、あなた。まだ、ごはん、食べられる?」
 お母さんが聞いて来た。
 「なんとか、食べられるし、感覚も残っている。最後の晩餐と行こうか」
 「豪華にしなくっちゃね」
 お母さんの声は明るかった。「となりの吉田さんを呼びましょう。仲良かったでしょう」
 
 となりの吉田さんの家に連絡を取る為に、手旗信号で合図を送った。
 白は「元気か?」、緑は「安全だ」、赤は「家族がやられた」である。
 赤い手旗信号を送ると、黄色で返して来た。これは「誰だ?」という合図である。
 黒い旗を振った。これは家長の父親の意味である。
 五分後、となりの吉田さんはバリケードの下の抜け穴を通ってやって来た。
 「大変だな。あずさちゃん、お父さんの具合はどうなんだい?」
 「食料品の調達中、ゾンビに噛まれちゃった」
 「発症の方は」
 「意識はまだあるみたいだから、お母さんが吉田さんを呼んでって」
 「それでか」
 「ご近所さんだし、仲が良かったから。意識のあるうちに、パッーとやっちゃおうという話なんだろうね」
 「そうだな。暗い別れはやっていると、めげるからな」
 吉田さんは秘蔵の焼酎を持ってきたみたいだ。
 「どうだい、あずさちゃんも飲むかい?」
 「わたし、まだ、15歳だよ」
 「だったな」
 吉田さんちの加奈ちゃんはわたしよりひとつ下だったが、去年、パンデミックの初期に噛まれて、ゾンビになってこのあたりをうろついているらしい。
 「ちょっと、挨拶してくるよ」
 吉田さんはお父さんのいる居間の方に行った。
 「やられたんだって?」
 吉田さんはお父さんを気遣っているみたいだった。
 「やっちゃったよ。気を付けていたんだだがな」
 乾いたお父さんの声が聞こえる。
 「まぁ、なったら、なった時の事だろう」

 お父さんのお別れ会は現状考えらる限り、盛大なものだった。
 吉田さん持参の焼酎にお父さんが持って帰って来た鯖缶だけだけれど。

 お母さんは甲斐甲斐しく出来る限りの持て成しをした。
 秘蔵の煎餅やチョコレートを出したが、焼酎にチョコレートは合うのだろうか?
 それはともかくお父さんのゾンビ化は刻一刻、迫っているのか呂律が回らなくなって来た。
 記憶も半濁して来て来て、吉田さんに加奈ちゃんの事を聞く始末だ。

 「もう、そろそろなのかしらね」
 お母さんは体温計と簡易式血圧計でお父さんのバイタルをチェックする。
 「あなた、聞こえる?判る?」
 「うん。記憶が混じって来ているな。吉田さんの焼酎の所為かと思ったが、違うな。来たみたいだ」
 すっくとお父さんは立ち上がると、玄関へ向かった。

 朝日はまだ上がっていなかったが、お父さんはバリケードの間をすり抜けると、ゾンビの群れに向かって行った。
 
 お父さんはゾンビの群れに入ると、襲われずもせずに消えて行った。

 食料調達はわたしの仕事になったが、ゾンビの群れの中にお父さんを見つけると、声をかける前に家に帰った。

 それが今のわたしたちの世界だった。

 春の桜が散り始めたが、その中をお父さんとゾンビは歩いて何処かに行った。
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