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事故物件、その十三
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不動産屋の依頼があったのは、その日の放課後だった。
その日の予定では、クラスメイトとカラオケ行って、日頃の鬱憤を晴らすつもりでいた。
その鬱憤の元からスマホに着信が入り、今日は「ダメ」というと「そこをなんとか」とズルズル会話が続き、仕方なく「現場」に行った。
こんな事が続くと、クラスメイトからハブられてしまう。そちらの方がつらい。
現場に着くと、そこは不動産屋が一躍「事故物件おじさん」として有名になったマンションの一室だった。
「お祓いが終わってから、物件を紹介した方が良かったんじゃないですか」
真っ当な意見をわたしは言った。
「それがさ、結構、あれから、『事故物件マニア』というのが現れて道場破りみたいに現れては病院行きなって、このありさまなんだよ」
あはははと不動産屋は言った。
「ここらへんで打ち止めにしておかないと、人道的にも業界的にも立場が悪くなってしまって」
あたりまえだ。根本的な因縁と因果を断たずに、これだけ因果を積み上げれば、それでジェンガが出来てしまう。物理的にどうかは判らないが、土地と建物が痩せる。何処かで崩れると大変だ。
それを理解しろよ、おっさん。
心の中で罵倒しているが、ビジネスライクに会話を始める。
「元の因縁は何だったんですが?」
それから、不動産屋は「最初」の「事故」を話しを始めた。
「それがよく判らない。私も同業者から、この案件を引き受けてくれと頼まれて。確か、一般的な孤独死だった事は聞いている。それ以外は何も聞いていない」
不動産屋の言葉はありのままだろう。それ以上の情報はない。ただ、この案件を引き受けるに当たって、何かのバックマージンは供与された筈だ。それが何かは判らないが、ひとつ言える事は、その餌に釣られて、ババ抜きのババを喜んで引いてしまったのは確かだ。
「どんづまりですね。詰んじゃってます。」
「そこをなんとか」
不動産屋のいつもの台詞が出て、ため息をつくと、心の中で毒づいた。
投了の終わった盤面の棋譜を渡された棋士ももっとマシな棋譜が渡されるだろう。
詰んでしまっている上に、駒の動きの記録が欠けている。
最初の一手が欠けているのだ。
それを組み立てろというのだ。
「これ、無理ですよ。この部屋自体、壊れた知恵の輪です」
わたしは断言した。
「安仁屋さんに断られると、身動きが出来ないんだよ」
不動産屋は尚も食い下がる。
「ギャラは倍、出すから」
と、言われたものの、わたしはいくらギャラを貰っているかを知らない。
全部、お母さんの口座に振り込まれて「これは将来の進学資金だから」と見せてくれたことがない。
わたしはお小遣いを同じ年の人間よりもらっている感覚はあるが、ギャラの交渉はした事がない。
まるで、子役事務所の子役タレントだな。
それに、この仕事を断っても、食べる事に困っている訳ではない。
「いつも、どれぐらい払っているんです?」
素朴な疑問だった。
「それは…」
不動産屋はその金額を口にした。
その金額はちょっとした金額だったが、この仕事の技術料と考えれば、妥当なラインだろう。
「ちょっと、待ってくれますか」
自宅にスマホで電話すると、お母さんが出た。
「あ。母さん。今、不動産屋さんと新しい案件を見ているんだけど」
「うん。それはいつもご苦労様。頑張ってね」
「そうじゃなくて…」
と、お母さんとギャラの話になった。
「いつも、余計にお小遣い、渡しているでしょう」
「いや、そうじゃなくて、自分の子供が危険な場所で働いているのに、取り分が少ない」
「だって、あなた、未成年じゃない。身分不相応のお金を持つものじゃありません」
あ。ここで、保護者の権限出すかぁ。
「わたし、無理。帰る」
と、ごねていると、お母さんから、お婆ちゃんに変わった。
「どうだい、仁美、なんぎな仕事かい?」
わたしは手短に、現場のあらましを言った。
「最初の因縁が判らないというのが、なんぎだねぇ」
「でしょ?だから、わたし、無理」
「ちょっと、お待ち。とにかく、因縁が判らないのはなんぎだけれど、たいがい、そういうものは、その部屋にあるもんだよ。」
と、お婆ちゃんが指図を始めた。
「あの、ご相談、終わりました?」
不動産屋が言ったので、
「とにかく、やってみます。それでダメなら、あきらめてください」
わたしは静かに言った。原付バイクで高速道路を走っている感じだな。自虐的な考えが頭を巡った。
わたしのお婆ちゃんはわたしがお祓いの仕事をする前のお祓いをしていた人間だ。
17歳になった時、隠居を決め込んで、仕事をわたしに放り投げた張本人だ。
キャリアがあるのに、怠け者だ。
腕はわたしより凄いと思う。そのお婆ちゃんがとにかく「因果が積み上げられた以上、因縁はその部屋の何処かにある。そこを突いてみる」と言った。
突いてダメなら、どうするの?と聞いたら「祓えばいいんじゃ。場所と因縁が確認出来たら、祓う。それだけ」
それだけって、なぁ。
コンビニのワンオペのバイトの方がいんじゃないかと頭の何処かで囁き始めた。
先ずは配信者が発見された洗面所と浴室のある場所に行った。
確かに、邪気はあるが、それは武者修行のように来た配信者の邪気だ。
これではドブさらいのバイトじゃないか。
邪気を祓うために、持って来た護摩札を邪気の濃い一点に持って行った。
護摩札は何もしないのに、そこに張り付いた。
邪気はいくぶん下がったが、一点、黒い靄にかかった部分が見えた。
そこは洗面所の鏡で、わたしの顔が歪んで映った。
「ここみたいね」
わたしはハンカチを手に巻くと、正拳突きを鏡にした。
鏡が割れる瞬間、断末魔のような叫び声が聞こえた。
割れた鏡の向こうにはちいさな骸骨が埋め込まれていた。
多分、生まれたばかりの子供なんだろう。
死体の処分にしては、手が込んでいる。
それを壁に埋め込んでモルタルを被せて洗面台を置く。
これをやり通した人間の神経が判らない。
ここからはわたしの領分じゃない。
警察の仕事だ。
スマホで緊急電話をかけた
これで、因縁が祓えたと思えないが、警察に事情を話すとわたしは帰った。
鏡を正拳突きしたのは、うっかり、転げて肘が当たってという事にして。
まだ、何処かおかしなものがいる。
それは確かだ。
でも、今日のギャラの分の仕事はした。
それでおかしいと言われれば、また来ればいい。
それも仕事だ。
この案件は身元不明の嬰児の不法遺棄として事務的に処理された。
その日の予定では、クラスメイトとカラオケ行って、日頃の鬱憤を晴らすつもりでいた。
その鬱憤の元からスマホに着信が入り、今日は「ダメ」というと「そこをなんとか」とズルズル会話が続き、仕方なく「現場」に行った。
こんな事が続くと、クラスメイトからハブられてしまう。そちらの方がつらい。
現場に着くと、そこは不動産屋が一躍「事故物件おじさん」として有名になったマンションの一室だった。
「お祓いが終わってから、物件を紹介した方が良かったんじゃないですか」
真っ当な意見をわたしは言った。
「それがさ、結構、あれから、『事故物件マニア』というのが現れて道場破りみたいに現れては病院行きなって、このありさまなんだよ」
あはははと不動産屋は言った。
「ここらへんで打ち止めにしておかないと、人道的にも業界的にも立場が悪くなってしまって」
あたりまえだ。根本的な因縁と因果を断たずに、これだけ因果を積み上げれば、それでジェンガが出来てしまう。物理的にどうかは判らないが、土地と建物が痩せる。何処かで崩れると大変だ。
それを理解しろよ、おっさん。
心の中で罵倒しているが、ビジネスライクに会話を始める。
「元の因縁は何だったんですが?」
それから、不動産屋は「最初」の「事故」を話しを始めた。
「それがよく判らない。私も同業者から、この案件を引き受けてくれと頼まれて。確か、一般的な孤独死だった事は聞いている。それ以外は何も聞いていない」
不動産屋の言葉はありのままだろう。それ以上の情報はない。ただ、この案件を引き受けるに当たって、何かのバックマージンは供与された筈だ。それが何かは判らないが、ひとつ言える事は、その餌に釣られて、ババ抜きのババを喜んで引いてしまったのは確かだ。
「どんづまりですね。詰んじゃってます。」
「そこをなんとか」
不動産屋のいつもの台詞が出て、ため息をつくと、心の中で毒づいた。
投了の終わった盤面の棋譜を渡された棋士ももっとマシな棋譜が渡されるだろう。
詰んでしまっている上に、駒の動きの記録が欠けている。
最初の一手が欠けているのだ。
それを組み立てろというのだ。
「これ、無理ですよ。この部屋自体、壊れた知恵の輪です」
わたしは断言した。
「安仁屋さんに断られると、身動きが出来ないんだよ」
不動産屋は尚も食い下がる。
「ギャラは倍、出すから」
と、言われたものの、わたしはいくらギャラを貰っているかを知らない。
全部、お母さんの口座に振り込まれて「これは将来の進学資金だから」と見せてくれたことがない。
わたしはお小遣いを同じ年の人間よりもらっている感覚はあるが、ギャラの交渉はした事がない。
まるで、子役事務所の子役タレントだな。
それに、この仕事を断っても、食べる事に困っている訳ではない。
「いつも、どれぐらい払っているんです?」
素朴な疑問だった。
「それは…」
不動産屋はその金額を口にした。
その金額はちょっとした金額だったが、この仕事の技術料と考えれば、妥当なラインだろう。
「ちょっと、待ってくれますか」
自宅にスマホで電話すると、お母さんが出た。
「あ。母さん。今、不動産屋さんと新しい案件を見ているんだけど」
「うん。それはいつもご苦労様。頑張ってね」
「そうじゃなくて…」
と、お母さんとギャラの話になった。
「いつも、余計にお小遣い、渡しているでしょう」
「いや、そうじゃなくて、自分の子供が危険な場所で働いているのに、取り分が少ない」
「だって、あなた、未成年じゃない。身分不相応のお金を持つものじゃありません」
あ。ここで、保護者の権限出すかぁ。
「わたし、無理。帰る」
と、ごねていると、お母さんから、お婆ちゃんに変わった。
「どうだい、仁美、なんぎな仕事かい?」
わたしは手短に、現場のあらましを言った。
「最初の因縁が判らないというのが、なんぎだねぇ」
「でしょ?だから、わたし、無理」
「ちょっと、お待ち。とにかく、因縁が判らないのはなんぎだけれど、たいがい、そういうものは、その部屋にあるもんだよ。」
と、お婆ちゃんが指図を始めた。
「あの、ご相談、終わりました?」
不動産屋が言ったので、
「とにかく、やってみます。それでダメなら、あきらめてください」
わたしは静かに言った。原付バイクで高速道路を走っている感じだな。自虐的な考えが頭を巡った。
わたしのお婆ちゃんはわたしがお祓いの仕事をする前のお祓いをしていた人間だ。
17歳になった時、隠居を決め込んで、仕事をわたしに放り投げた張本人だ。
キャリアがあるのに、怠け者だ。
腕はわたしより凄いと思う。そのお婆ちゃんがとにかく「因果が積み上げられた以上、因縁はその部屋の何処かにある。そこを突いてみる」と言った。
突いてダメなら、どうするの?と聞いたら「祓えばいいんじゃ。場所と因縁が確認出来たら、祓う。それだけ」
それだけって、なぁ。
コンビニのワンオペのバイトの方がいんじゃないかと頭の何処かで囁き始めた。
先ずは配信者が発見された洗面所と浴室のある場所に行った。
確かに、邪気はあるが、それは武者修行のように来た配信者の邪気だ。
これではドブさらいのバイトじゃないか。
邪気を祓うために、持って来た護摩札を邪気の濃い一点に持って行った。
護摩札は何もしないのに、そこに張り付いた。
邪気はいくぶん下がったが、一点、黒い靄にかかった部分が見えた。
そこは洗面所の鏡で、わたしの顔が歪んで映った。
「ここみたいね」
わたしはハンカチを手に巻くと、正拳突きを鏡にした。
鏡が割れる瞬間、断末魔のような叫び声が聞こえた。
割れた鏡の向こうにはちいさな骸骨が埋め込まれていた。
多分、生まれたばかりの子供なんだろう。
死体の処分にしては、手が込んでいる。
それを壁に埋め込んでモルタルを被せて洗面台を置く。
これをやり通した人間の神経が判らない。
ここからはわたしの領分じゃない。
警察の仕事だ。
スマホで緊急電話をかけた
これで、因縁が祓えたと思えないが、警察に事情を話すとわたしは帰った。
鏡を正拳突きしたのは、うっかり、転げて肘が当たってという事にして。
まだ、何処かおかしなものがいる。
それは確かだ。
でも、今日のギャラの分の仕事はした。
それでおかしいと言われれば、また来ればいい。
それも仕事だ。
この案件は身元不明の嬰児の不法遺棄として事務的に処理された。
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