事故物件、その十二

まるさんかくしかく

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事故物件、その十二

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 その日の通報はなんら変わる事ないものだった。

 消防署に救急車を緊急電話をかけて来る時点で、緊急事態なのだが、その緊急事態に対処するのが、自分たちの仕事であって、驚く必要はない。

 意識があるかどうかを聞いて、バイタルチェックをして、無線で受けいられる病院を確保、搬送、それだけの事だった。


 今回の案件は家賃滞納を不思議に思った部屋の管理も兼ねている不動産屋の方が、中で失神している入居者を発見、通報に至るという「よくある案件」だった。

 ただ、おかしいのは搬送される要救助者の男性はうわごとのように「手が、手が、目が、目が」と繰り返す。

 麻薬中毒の方向性もあるので、どうしたものかと思ったが、判断するのは担ぎ込まれた病院の医師だ。

 私たちの仕事はいち早く要救助者を病院に届ける事である。

 バイタルは動機が早いものの、血圧、体温は正常である。

 何かの妄想にうなされているのは確かだ。

 それが精神的なものなか、薬物によるものなのか。

 30分後、受け入れ先の病院が決まり、ストレッチャーで搬送。

 その後、この要救助者の記録を書いて、この仕事は終わった。


 その後、同じような救急搬送の依頼が度々、あり、他の救急隊が担当したが、一様にうわごとのように「手が、手が、手が、目が、目が、目が」という報告書が続いた。

 おかしいなと思っていると、パソコンを見ていた同僚が「これはおまえじゃないのか」と言って来た。

 確かに、パソコンの動画サイトで公開されているストレッチャーで要救助者を運ぶ救急隊員はどうやら、私である。

 スマホ相手にがなり立てている不動産屋にも見憶えがある。

 要救助者は実は配信者でwebカメラを点けたまんま、失神していたようだ。

 がなり立てる不動産屋は「いきなり事故物件に現れたおじさん」、「事故物件おじさん」としてネットでもてはやされた。
 要救助者を助けようとしている善良な市民を弄ぶ神経が少し許せないが、それが「現在」なんだろう。

 同僚が見ていたのは、不動産屋が現れた前後のもので、ノーカットの動画あったらしいが、関係者に削除されたらしい。

 こうやって、自分の姿がネットで拡散されるのは正直うすら寒いが、マスクをしておいて良かった。

 宿直が終って、帰りかけた時、救急搬送の依頼がまたあった。

 目的地はどうやらあのマンションらしい。

 救急車に乗り込む、同僚に軽く手を振り、私は家路に着いた。

 あそこには「何か」があるんだろうな。

 コンビニでコーヒーを飲みながら、スポーツ新聞を脇に抱えて「くわばら、くわばら」と呟いた。
 
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