儀式

まるさんかくしかく

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儀式

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 私が郷里に帰った時、田舎の駅に迎えに来ていたのは、従姉の美幸だった。

 「長い事、会わなかったけれど、かなり、あか抜けたね」と笑いながら、物珍しそうに言う。
 「そうだね、ここを離れて二十年になるから、変わったと思うよ」笑いながら、答える。「それにしても、いきなりだったから、驚いたよ」
 「うん、私もまだ、持つとは思っていたけれど、ほんとうに、いきなりだったよ」
 美幸がいつもは農作物を運んでいる軽トラを運転しながら、婆様の「その日」の様子を語る。
 「いつものように、朝飯食って、いつものように転寝する為に、寝床に行って、自分の部屋に行って、昼飯だよ、と起こしにいったら、息をしてなかった」
 覚悟はしていたみたいだが、あまりの呆気なさに、まだ信じられない様子だった。
 「それにしても、大往生だろう。生まれが大正末期だから」
 「そうだね、100歳近いというか、越えていたのかね。西暦は何年だっけ?」
 「昭和元年が1926年で、婆様が大正10年生まれだから、1921年だな。白寿、百寿はやったのか?」
 「ありゃ、忘れていたよ。こういうのは、父ちゃんの仕事だったけれど、10年前に逝っちゃったからね。それにしても…」
 「そう、それにしても、長寿だったな」
 そう、美幸が言って、思い出した。叔父の葬式の時は電報で済ませてしまったのだ。
 郷里の家に着くと、近隣の人間が甲斐甲斐しく通夜の用意をしていた。
 「あら、あんた、帰って来たのかい」と声をかけて来たのは、ここら辺の冠婚葬祭を取り仕切るおばさんだ。名前は未だに、知らない。郵便局の近くのおばさんでここら辺で通っているので、近所の人間も本名を知らないだろう。
 「お久し振りです。今回はご迷惑をおかけします」
 「いや、こういうのは助け合いだから」
 と、嬉しそうに動き回っていた。この人にとって、冠婚葬祭は全て等価なのだ。お祭りが大好きなだけなのだ。
 だが、この人の葬式は誰が取り仕切るんだろう?などと思いながらいると、後ろから、声がした。
 「はじめまして、大叔父さん」
 美幸の娘の幸恵だった。今年、高校を卒業したばかりだ。
 「あぁ、はじめまして。長い事、ご無沙汰していたものだから、生まれたのは知っていたけれど、会うのは初めてだね。来年は上の学校かい?」
 「そのつもりです。一度、外の世界を知るのも良い機会だと思うので」
 そりゃ、まぁ、そうだ。
 外の世界を知らないと、知る機会がだんだんなくなる。
 自分も外の世界を知る為に、二十年前に、この土地を出た。
 苦労はしたが、ここに居続ける事で失うものは多かっただろうと思う。
 「そうかい、一度、連絡をくれよ」
 と、言いかけたが止めた。会う機会はないだろう。
 躊躇している内に、幸恵は通夜の用意の中に消えて行った

 「どうする、婆様に会ってみるかい」
 美幸が言って来たので、棺桶の中にいる婆様に会うことにした。
 棺桶の扉を開けると、穏やかな表情の婆様が眠るような顔が見えた。
 「婆ちゃん、帰って来たよ」  
 そう、声をかけると、棺桶の扉を閉めた。
 それから、通夜が始まり、田舎の葬式が始まった。
 「久しぶりだね」と声かけるもの、「裏切って、出て行きやがって」と憎々しげに吐き捨てるもの、それを全てスルーしていった。
 翌日、斎場に着くと、僧侶の読経が始まり、婆様の火葬が始まり、煙になって空に昇って行った。
 「昇って行ったね」と美幸が言って「そうだね」と自分が答える。

 「さて、お務めが始まるけれど、いいかい?」と美幸が帰って来た翌々日の朝、自分の枕元にやって来て、伝えに来た。
 「その為に帰って来たんだから、覚悟はしているよ」
 美幸の用意した白装束を着ながら、離縁してきた嫁子供の事を思う。
 嫁子供にはこの土地の儀式の事は伝えず来てしまったが、彼らには何処かしら、援助の金が入る事になっている。

 白装束を着た自分は美幸に連れられて裏山の中央のお堂に行った。
 そこには、斎場で読経を上げていた僧侶が待っていて、恭しく頭を下げた。
 丸い桶の座棺に座ると、かなり中は広かった。

 美幸は私に鈴を渡すと、座棺の蓋を閉めた。

 座棺の中から土をかぶせる音が聞こえる。

 空気穴は開いているので、意識のある間は鈴を鳴らす。

 修行も積んでいない僧籍でもない自分がこういう事をするのが、何処か理不尽だと感じたが、今回は自分の家の番だった。

 この儀式に意味なんて、あるのだろうかと思いながら、鈴を静かに鳴らし続けた
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