SANYO

キンカク

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一年目

16点 おんちゃん

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  俺は初めて耳にした『おんちゃん』という先生について、松乃さんと小坂さんから詳しく教えてもらった。
  おんちゃん、本名は恩田 康彦(おんだ やすひこ)。専攻は体育の教員をしていて、この学校に赴任してから四年になる先生だという。年齢は二十八歳とこの学校の中では比較的に若い年代の先生であるため、生徒たちからも『おんちゃん』という愛称で呼ばれている。また生徒たちの相談や悩みを親身になって聞いてくれるらしく、お兄ちゃん的な存在として生徒たちみんなから好かれている先生らしい。
  「それでね面白い話があってね?」
  小坂さんが俺と沖田さんにぐいっと近づいて話しかけてきた。
  「私たち女バスの顧問って国語の教員の工藤 明日花(くどう あすか)先生なんだけど分かる?」
  「分からないですね。」
  おんちゃん同様、初めましての先生だった。確か先週練習を見学した時には顧問の先生らしき人は見かけなかった気がする。
  「そっか、菊川くんたちのクラス担当じゃないんだね。えっとね、明日花ちゃんは高校時代に全国でも有名な選手らしくてね、元全日本女子の代表選手だった人なの。」
  「え?!」
  そんなにすごい人がこの学校にいたとは思わなかった。全日本の選手なら中学生の頃にプロの試合をテレビで観ていたことがあったため知っているかもしれないが、女子の試合はあまり観ていなかったため名前を聞いてもピンとこなかった。
  「その工藤先生とそのおんちゃんには何か?」
  俺の質問に小坂さんはニコッとして笑った。
  それから小坂さんから詳しい話を聞くと、どうやらおんちゃんは工藤先生に片想い中らしい。しかも女バスの誰もが気づいてしまうほど、おんちゃんの工藤先生に対する態度はあからさまに変化するらしい。
  普段のおんちゃんはおちゃらけた明るい性格らしく生徒からもいじられたりもするが、工藤先生の前ではそんなキャラは現れないようだ。
  体育教師であるおんちゃんは普段から体育館の端にある体育館管理室にいて、同じくもう一人の体育教師の坂町先生もそこにいるらしい。
  一年生の体育の授業の担当は一組と二組、四組が坂町先生で、おんちゃんは三組と五組の担当であるため、俺たちは直接絡む機会はない。
  そういえば体育の授業のときにクラスの女子からは若くて話しやすい恩田先生が良かった、と話している生徒がいた気がした。
  「おんちゃんと明日花ちゃんを利用すればいけるかもしれないよ。」
  小坂さんは悪女のような顔で俺を見つめてきた。
  「もしも男バスが出来たとしたら今よりももっと明日花ちゃんと関われる時間が増えるから乗ってくるかもよ。」
  かなり強引な考えではあるが、可能性が少しでもあるなら実行に移すべきである。
  俺は松乃さんと小坂さんにおんちゃんを紹介して欲しいと頼むと、今から会いに行く?と提案してきた。俺は松乃さんたちの提案を受け入れて二人の後について行くことになった。先程から俺のそばにずっといた沖田さんも帰っても暇だから私も行く、と一緒についてきてくれた。
  二人の後ろをついて歩いていると、すれ違う生徒達から不思議そうな視線を感じた。それもそのはずだ。まだ入学して一週間ほどしか経っていないのにも関わらず、全校生徒からの認知を受けている松乃さんと接触しているのだ。不思議に思って当然のことのように思える。
  そのまま二人の後をついていくと体育館管理室の前にたどり着いた。
  松乃さんがコンコンと二回扉をノックすると中からはい、と返事が返ってきた。
  「失礼します。」
  松乃さんと小坂さんに続き管理室の中に入ると俺たちのクラスを担当している坂町先生の迎えの席に一人の若い先生が座っていた。おそらくこの先生がおんちゃんなんだろう。
  「おお、松乃と小坂じゃないか。何か用か?」
  「おんちゃんに少し話がありまして。」
  松乃さんの言葉を聞きおんちゃんは椅子ごと体を俺たちの方に向けた。
  「どうした?何でも聞いてやるぞ。」
  おんちゃんは誇らしげな顔で腕組みをした。その左腕には高価そうな腕時計を付けていた。
  すると松乃さんがこちらに振り向きどうぞ、と俺に話をするよう譲ってくれた。あまりに急だったため少し戸惑いながらもおんちゃんと目を合わせた。
  「はじめまして。」
  俺はぎこちないながらも軽く挨拶をすると、おんちゃんからは元気溢れる声が返ってきた。
  「ん?君が用あるのか?校章ピンから見ると新入生だね。」
  おんちゃんは先程からずっと腕組みをしたまま席に座っていた。
  「単刀直入に伺います。恩田先生に部活の顧問を受け持って欲しいです」
  俺の突拍子もない言葉におんちゃんはすんなりと腕組みをほどき、驚いた顔をしていた。横にいた松乃さんも急ですね、と笑いながら話していた。
  「急にどうしたんだい?」
  おんちゃんは再び腕組みをし直し尋ねてきた。
  「実は今男子バスケ部を作ろうと思っているんです。この学校の規定通り最低限の人数である三人はすでに揃っています。なのであとは顧問の先生が決まれば一応創部することが出来る状態です。そこで松乃先輩に顧問をしてくれそうな先生はいないかどうか尋ねてみたところ、恩田先生が挙がったんです。」
  俺の言葉に細かく相づちを打ちながら話を聞いていた。しかし先程から表情が全く変化していないため、おんちゃんの感情が掴めない。
  「確かおんちゃんは今学期から陸上部の副顧問を外れてフリーなんですよね?」
  松乃さんが俺の言葉に補足するように足し合わせてきた。
  「松乃の言う通り今は何の部活も受け持ってないな。」
  俺はこの勢いに任せてたたみ掛けた。
  「男子バスケ部の顧問をしてください!お願いします。」
  俺は今までにないような綺麗なお辞儀をした。自分の足がはっきり目に飛び込んできたため、今かなりの角度で腰を曲げているはずだ。
  若干の静寂があったため、もう駄目かなと思った矢先だった。
  「いいぞ。顧問になっても。」
  俺が求めていた返答が返ってきたため俺はそのままの姿勢を保ったまま顔だけを上げた。
  「え、本当ですか?」
  「二十二で教員になってから今まで男子の部活の顧問になったことが無かったからいい機会になるよ。私で良ければ快くお受けするよ。」
  おんちゃんは腕組みを既に外しており、俺の両肩に手をガッチリと乗せてきた。俺はあまりの嬉しさにその手をさらに強い力で握り返していた。
  「ありがとうこざいます!本当にありがとうこざいます!」
  おんちゃんは握られた手を少し痛そうにしながらハハハと笑っていた。
  「しかし私はバスケ経験がないからあまり力にはなれないよ?」
  「大丈夫です。顧問になってくれただけで十分力になってくれています。」
  あまりにあっさりと決まったため未だに状況が掴めていなかった。
  とりあえず俺はおんちゃんに創部の手続きの詳しい話は明日したいと提案すると分かった、とまたこれもすんなり受け入れてくれた。
  俺は日笠達にもこのことをいち早く教えるため足早に管理室を出て行った。
  「松乃が私がいいと勧めたのか?」
  恩田は松乃に視線を向けた。
  「はい、私が勧めました。」
  「お前のことだから意図はよく理解したよ。今回は松乃達の考えに乗ってあげるよ。」
  「ふふふ、読まれてましたか。」
  恩田は軽く笑うと自分の机に置かれた資料を整理し始めた。
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