cigarette

如月緋衣名

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 ごくまれに、明らかに近付く事は危険だという男がいる。 
 そういう男から発されるオーラを、私はすぐに気付いてしまう。
 そして尚且つ、私はそれに惹かれてしまうのだ。
 今私の目の前で、私の吸いさしの煙草に口をつけた男は、まさにそれそのものだ。
 彼は私の吸いさしの煙草を自然に吸う。あたかもそれが普通であるかの様に。
 
「ああ、ごめん。 吸っちゃった」
 
 この男は、わざとらしくそれを謝る。
 私がこの男に興味があって、買ったこの男が吸っていた煙草を持っている事に対して 、何かを読み取っている。
 長い指にはシンプルなデザインの、指輪が一つ光っていた。右手の薬指だった。私は何故か唾を呑んだの。
 
「……大丈夫ですよ」
 
 言葉を発するタイミングが、少し早すぎたかもしれない。
 この男のいる雑貨屋に通いつめて、どれくらいの時間を過ごしただろうか。
 名前を覚えて貰えるまで、どれくらい通いつめて買い物をしたんだろうか。
 要りもしないアロマキャンドルや、必要のない小物入れまで、様々なものを買った気がする。
 初めて挨拶をされた時、心臓が止まるかと思った。
 私が来はじめた時期を、覚えていた事も嬉しかった。
 

 その男が今私の目の前にいて、彼の部屋で私はブラックコーヒーを頂いている。
 
 終電を逃したのは、わざとではなかった。偶然だった。
 彼は確かに「うちのお店の近所に住んでいる」と、言っていた。
 この辺りを歩いていたら、逢えるんじゃないかなんて、期待してはいた。
 本当に、 逢えるとは思わなかったけれど。
 それにまさか、彼が私に「俺の家、来ます?」と、言うとは思わなかった。
 期待している訳ではないけれど、期待しているという矛盾。
 それがそこにはあった。
 片付いてはいるものの、やはり生活感のある部屋が彼の存在を、この部屋で色濃く見せている。
 独特の喋り方も時折見せる、わざと媚びた様な表情も、冷静な横顔も色濃く見せていた。
 
「どうしたの?何時もう少しお話する人だった気がするんだけど」
 
 そう言って笑う。自然な動作で、指輪を外してテーブルに置く。
 だけどその眼差しは冷静。
 
「いや、なんか、緊張しちゃって」
 
 私がそう言うと、彼は笑った。
 
「そうだね、密室で二人きりだもんね。 ……捕って食われると思った?」
 
 男は笑って、煙草を消した。

「そんな」

 私は「そんな事ない」と言おうとした。だけど、私はそれを言い切る事は出来なかった 。
 私の唇は、彼の唇に塞がれていた。
 
「少し食べちゃった」
 
 悪戯っぽい言葉と眼差しは裏腹で、私はこのままどうされても良いと思った。
 私が眼を閉じると彼は、私の舌に舌を絡ませた。
 私は彼に抱かれてしまった。
 朝になり彼はまた指輪を付けて、彼は携帯を手にした。
 私は寝たふりをして、彼の表情を見ていた。
 時折見せる彼の柔らかな表情と、漏れる女の声を聞いて、なんとなく私は彼に恋人がいる事を察した。
 私は彼が私の所に来るまで、寝たふりを続けていた。
 彼が私の横に来て、私の髪を撫でるまで。
 
「……おはよう」
 
 彼の唇が、私の唇に触れた。
 
「次は何時逢える?」
 
 私は笑ってそれをはぐらかす。
 彼の連絡先を書いた紙を持ち、家から出ていくその前に、彼の吸っていた煙草の吸い殻を、そっとポケットに偲ばせた。
 彼のお店で買った必要のない小物入れに、煙草の吸い殻と、紙を畳んで入れた。
 そして彼と同じ銘柄の煙草を吸って、ただの興味が、恋心に変わってしまったことに 対して、少し途方に暮れるのだ。
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