嗚呼主よ、我は深き淵の底より

如月緋衣名

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嗚呼主よ、我は深き淵の底より

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 朝起きたら必ず神様にお祈りを捧げるところから一日が始まり、食事の前も必ず祈りを捧げ、そして眠る前にも必ず祈りを捧げる。
 日曜日には礼拝堂に祈りを捧げに行き、清く正しく生活を行わねばならない。
 そして悪い事をしたその時は、必ず鞭のお仕置きを受ける。
 僕たちの子供の頃の思い出話なんて、そんな事ばっかりしかない。
 皆が語るような家族の思い出の話みたいなものは、僕達には最初からなかったのだ。
 だから友達なんか出来る訳なくて、僕は兄とずっと一緒にいた。
 何をするにも兄が隣にいた。兄とずっと二人で生きてきた。
 全く同じ顔をもって生まれた、双子の兄。僕の運命共同体。
 
「ねーねー、今どんな気持ち?……清く正しく神様に祈っても、天国なんかにいけなかったね!!」
 
 僕の目の前で兄さんがひたすらに高笑いを浮かべながら、お父さんだったものを金属バットで滅多打つ。
 何度も何度もバッドを打ち込めば、もう顔の原型なんて解らない。
 その傍らでは既に虫の息になったお母さんが、血まみれになりながら何かを呟いている。
 多分この二人が自棄に迎合していた、胡散臭い新興宗教の祈りだろう。
 もうじきこの忌々しい女も死ぬ。
 僕たちは長らく、我慢に我慢を重ねて生きてきた。それが今やっと、自由になれるところに来た。
 
「………あー、やっと死んだよ……あはは……」
 
 兄さんはそう言いながら、金属バットを放り投げる。
 それは部屋の壁を少しだけ削り、床にカランと音を立てて落ちてゆく。
 そして兄は此方を見て、満面の笑みを浮かべて僕の手を取った。
 
「………じゃあもう、行こうか!!」
 
 兄さんはそう言いながら僕の頭を抱き寄せて、唇に軽いキスをする。
 そして俺もそれに応える様に目を閉じた。
 住み慣れた家にガソリンをまき散らして、火を付けて外へと出てゆく。
 何もかもを燃やしてしまえばいい。何もかもを燃やして、世界を灰と化してしまったらいい。
 そしたらやっと僕たち二人だけの世界になる。
 
 簡単な話だった。とても簡単な話。
 第二次性徴を迎えた多感な僕たちの前には、正しく性を勉強出来るようなものなんて存在していなかったのだ。
 性の興味はただただお互いに向かい、兄弟でするようになっただけ。
 僕たちの世界には僕と兄しかいないのだから、そんなのは当たり前だった。
 僕たちはただ、歩む道を間違ってしまっただけに過ぎないのだ。
 だからもう今、誰も悪くなんてない。悪い事なんて存在していない。
 
「ん……ふふっ……!!兄さんくすぐったい……!!」
 
 僕の身体を撫でる指がこそばゆくて囁けば、僕の目の前で兄さんが笑う。
 何処でもいいから眠れる場所に行くために、古いラブホテルの中で裸で向き合う。
 兄さんの身体も僕の身体も、紫色の鞭の痕が付いていた。
 僕たちは寂しかった。孤独だった。ただ二人で慰め合いたいだけだった。
 それを親に見付かって、兄さんを何処かに預けると親が言い出して今に至る。
 
「触らせてよ…………もう、コソコソ隠れてしなくていいんだから」
 
 お互いに舌を出し合って、絡ませあって笑い合う。
 離れ離れになりたくなかった。僕たちは今までそうやって生きてきたのだから。
 僕たちは常に、二人で一つでなければならないのだから。兄貴は真面目だったし、僕もそれなりに頑張って生きてきたつもりだ。
 それでも箍が外れてしまえば、地獄まで真っ逆さまになる。
 
「は………ああ……それ、すき、かも」
 
 兄さんの舌が僕の胸元を舐める度に、僕は身体を震わせる。指先で触られるのも、舌で舐め回されるのも大好き。
 そういえば胡散臭いあの宗教の人から、アダムとイヴが林檎を食べたそのせいで、楽園を追放されたという話を聞いた。
 知恵の実を食べて背徳を知ってしまったが故に、穢れを知ってしまったのだと。
 でも背徳心が無かったらこの遊びはきっと楽しくない。
 
「ね、一緒に擦ろ………重ね合わせて………」
 
 兄さんのものも僕のものも同じくらいの大きさで、重ね合わせればちょうどいい。
 二人で性器を晒し合うこの瞬間が正直一番恥ずかしい。そして恥ずかしいと気持ちがいいのだ。
 
「………ん……なんか、ぬるぬるして…………は………きもちいい……」
 
 そう囁いて息を漏らせば、兄さんが嬉しそうに僕の顔を覗き込む。
 いけない事をしている。悪い事をしている。そしてとっても気持ちのいい事をしている。
 
「あ………これ、僕もいい………すぐいっちゃいそ………」
 
 兄さんがそう囁きながら、僕の耳を舐め回す。ぐちゃぐちゃ響く唾液の音と熱い吐息。
 頭が真っ白になるのなんて一瞬だった。
 
「あ…………!!!」
 
 お互いに重ね合った手が白濁で汚れて眩暈がする。殆ど同時に果てながら何度も繰り返してキスを交わす。
 今日の兄さんはどうやらこのままで、終わる気分じゃない様だ。
 
「…………これ、しよう?」
 
 僕の入り口に白濁まみれの指を這わせながら、兄さんが甘ったるく囁く。
 
「うん、しよ………?」
 
 そう言って微笑めば、兄さんが嬉しそうに僕の身体を倒した。
 兄さんが僕の中に入る時は、僕の顔を見ながらしたいようだ。
 僕の身体に何かが入り込んでいるような感覚に身体を震わせれば、兄さんが嬉しそうに微笑んで僕を見下ろす。
 もしかしたら僕が好きなのは、いやらしい事なんでは無くて兄さんのそのものなのかもしれない。
 
「あ………ん………」
 
 僕が小さく息を漏らすたびに、兄さんが僕の身体に唇を落としてくる。
 そして甘ったるい声色で囁くのだ。
 
「………愛しているよ……絶対に僕から離れないで………」
 
 優しい人。世界で一番大切な人。俺の半身。
 僕が望んで兄さんから離れたところで、兄さんは間違いなく追いかけてくるに違いない。
 この人からは絶対に逃れられないのを知っている。理解している。
 それでも、兄さんとなら一緒に死ぬのも怖くないと思うのだ。
 
「ん……いっしょにいる…………」
 
 兄さんが僕の入り口に自分のものを宛がうのを見つめながら、僕の中に兄さんが飲まれてゆく瞬間に息を乱す。
 圧倒的な異物感と一緒に、淡い快楽に身体を預ける。二人で一つになる幸福感。紛れもない正しい形。
 思わず何時もの癖で声を我慢して、自分の口を手で覆う。
 すると兄さんが僕の耳元で、可愛らしい声色で囁いた。
 
「ねぇ、声聞かせて?声聞きたい………今もう、声漏らしていいんだよ……??」
 
 僕たちを邪魔するような人間はもうどこにもいない。
 愛し合える。やっと。ちゃんと二人で正しい形で。
 
「っ……ふ!!そう……だねっ………!!!」
 
 傷だらけの身体を重ね合わせながら、お互いの身体を抱き寄せる。
 兄さんが僕の身体を揺さぶる度に何にも考えられなくなってゆく。
 このままお互いの世界に閉じこもって、ずっと一つに溶け合っていたい。
 
「あぁ……んっ、んっ、そこ、そここすって………」
 
 兄さんのものが何かに擦れて、僕の身体がガクガク震えだす。気持ちがいい。こんな風になる事を僕は知らない。
 
「なぁ………中、絡まってきてヤバイかも……」
 
 兄さんの余裕のなさそうな声も、表情も、何もかもが愛しい。
 その表情を見ているだけで達してしまいそうな僕がいる。欲しい。全部がこの体の中に欲しい。
 
「………いっしょに、いけたら……いいな……ぁ……」
 
 譫言の様に囁けば、兄さんが満面の笑みを浮かべる。そして僕の手をきつく握り締めた。
 
「………いけるよ、僕たちは、何時もそうだから………」
 
 快楽の中に沈み込みながら、兄さんと二人で乱れてゆく。
 古いホテルのベッドは自棄に軋んでいて、身体が揺れればベッドがぎちぎち軋む音が響く。
 
「あ……いく………!!」
 
 兄さんの身体に爪を立てれば、兄さんも僕にしがみ付く。
 兄さんの熱が俺の中で広がるのと、僕が兄さんの腹にぶちまけたのは殆ど同時だった。
 息を乱しながら二人で視線を絡ませて、二人で一緒に笑い合う。
 不幸な日々だって一緒に過ごしてきた。快楽を分け合うのだって、一緒にやってきた。
 だからきっと僕たちなら、死ぬ時だって一緒なんだと思ってる。
 
「なぁ、これからどうなると思う?」
 
 そう言って笑ってみれば、兄さんが笑う。
 
「さぁ?………でも僕たち、死ぬときもきっと一緒だよ」
 
 僕が思っていた事と同じことを兄さんが言い出して、僕は思わず笑ってしまう。
 そして僕たちはこの日、初めてお祈りをせずに眠った。本当に初めての事だった。
 多分神様を信じていた親たちにとっては、窮屈なあの日々が彼らにとっての楽園だったのは解っている。
 僕たちはあの窮屈な楽園からの追放を、心から願っていたのだと思う。
 すやすやと寝息を立てて眠る兄を横目に、僕は一つお祈りをする。
 別に神様でなくて構わない。願いを叶えてさえくれるなら、悪魔だって構わない。
 得体の知れない何かでいい。何かに、たった一つの祈りを込めて。
 
『天国なんかに行けなくてもいいから、兄さんと最期まで一緒にいられますように』
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