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Ⅵ.

第三話【最終話】

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「さぁマキナ、俺のいう事を聞いてくれるかい…………???」
 
 
 先生がそう言いながら、マキナに向かって手を差し出す。
 颯斗はマキナに向かってただただ首を振っていた。
 刻一刻と時は過ぎ、残り時間が後五分しかない事を教えてくれる。
 マキナはこの時、懸命にこの状況を打破できる方法を考えていた。
 
 
 間違いなく先生は颯斗の事は逃がす筈が無い。
 それにこのままだと、どう頑張ってもLepidopteraレピドプテラの情報も全て闇に葬り去られてしまう。
 マキナは颯斗のLepidopteraレピドプテラに対する情熱を、一番肌で感じているのだ。
 颯斗もLepidopteraレピドプテラの情報も、全てを守る方法を考える。
  
 
『マジ、これ身動き取れなくね………?もう時間無いし、ヤバイ……………。
でもこのまんま終わらせるなんて嫌………絶対に嫌…………!!!』
 
 
 マキナはそう思いながら研究室の方を見る。その時にテーブルの下からぴょこりと長い尻尾が見えた。
 そういえばドルーリーが居た事にマキナは気付く。
 ドルーリーが吠えていたのは、先生相手だったのだろうと思う。
 この時にマキナはドルーリーがマキナの命令を守り、静かにしている事に気付いた。
 ドルーリーのキラキラした目が、マキナの事をじっと見つめている。
 それはまるで、マキナの指示を待っているかのようだった。
 きっと指示を出した瞬間に、ドルーリーは先生に襲い掛かるだろう。
 その後に奇襲をかける事が出来たなら、状況を打破する事が出来るかも知れない。
 
 
 でも奇襲をかける為の武器が一切考え付かない。
 出来たらマキナが使い慣れている、動きの出来る様な形状のものが相応しい。
 願わくばテニスのラケットの形によく似ているもの。
 マキナは視線を泳がせながら、懸命に武器になりそうなものを考える。
 その時にマキナの鼻が焦げ臭さを察知した。
 臭いのした方を見れば、フライパンの上でホットケーキが焦げている。
 フライパンの形状を見た瞬間マキナはこう思った。

 
『…………待ってこれ、イケんじゃね!?!?!?殆ど形がラケットじゃん!!!』
 
 
 残り後3分を時計が刻み込む中で、マキナは颯斗に向かって微笑んだ。
 そして先生の瞳を真っ直ぐ見るなり覚悟を決めて口を開いた。
 
 
「解った………『いいよ』………!!!」
 
 
 マキナがそう言った瞬間に、先生が笑いながら颯斗の身体を手放す。
 フローリングの床に結束バンドで拘束された颯斗が転がり、泣き出しそうな表情でマキナを見上げる。
 すると次の瞬間、フローリング駆け巡る爪の音が響き渡った。
 ナイフを手にした先生の腕目掛けて、ドルーリーが喰らい付く。
 それと同時にフライパンを片手にしたマキナが、先生目掛けて飛び上がった。
 
 
「…………ねぇ先生、忘れちゃった??アタシ、めっちゃラケットのスイング強い事!!!!!」
 
 
 先生の頭目掛けてフライパンを打てば、先生の身体は一気に吹き飛ばされる。
 マキナの足元に転がって来たナイフをキッチンの奥に転がし、伸びている先生の身体を押さえつけた。
 先生の身体を担ぎ上げたマキナは、大型犬用の檻の中に先生をぶち込む。
 頑丈な檻に鍵を掛けた後、爆弾の方に視線を向けた。
 
 
 あと三十秒というカウントをしているタイマーを見ながら、焦げたホットケーキ付きのフライパンを手にする。
 マキナは研究室の窓を全開に開けてから、残り五秒とカウントする爆弾を空中に投げた。
 全身全霊の力を振り絞りながらフライパンで爆弾を打つ。
 爆弾は綺麗に窓から飛び出し、空高く舞い上がる。
 そして夜空に大きな爆発音を響かせながら、もくもくと煙が上がる。
 爆弾と椿山先生の思惑は、粉々になって消えたのだ。
 
 
「………仕上げに警察連絡しよ!!!やったねドルーリー!!!」
 
 
 マキナがそう言って笑えば、ドルーリーがワンと返事を返す。
 颯斗はその間キッチンの床の上に転がされた儘、ただただ呆気に取られていた。
 喜び飛んで回るマキナとドルーリーの様子を見ながら、颯斗は動けない儘で笑う。
 この事件はLepidopteraレピドプテラを施された存在のお陰で、解決まで導けたのだ。
 
 
 
 警察官に連れて行かれる先生を、颯斗と二人で見送りながらマキナは上手く上がらなくなった腕を回す。
 颯斗はほんの少しだけ、申し訳なさそうな表情を浮かべて頭を掻いた。
 本当はマキナを逃がして自分は死んだって良かった。それは心からの真実の感情である。
 自分はちっぽけで何時もマキナに救われていると、颯斗は自分を恥じていた。
 
 
「………俺は君に助けられてしまったな………」
「どうして??先に颯斗がアタシの事、ずっと助け続けてくれてたんだからさ………。
やっとお返しできたかなー??って感じ??」
 
 
 マキナは落ち込む颯斗の手に指先を絡ませて、夜空を見上げて微笑み合う。
 そして手を組む様に繋ぎ合いながら、二人仲良く頬を染めた。
 心地のいい沈黙の中で二人はお互いに向かい合う。
 そしてマキナは颯斗の目をじっと見つめて、甘い声色で囁いた。
 
 
「………でも颯斗、俺はいいからってアタシのこと逃がそうとした時、ハチャメチャ愛感じちゃった………!!!
ねぇ颯斗………大好き………!!!」
 
 
 マキナからのストレートな愛の言葉に颯斗の顔は真っ赤に染まる。
 するとマキナは颯斗の胸に飛び込んで、褐色肌をした頬を白衣に擦り付けた。
 マキナの口から飛び出る自分宛の大好きを、颯斗はまだまだ慣れていない。
 余りの嬉しさに颯斗は思わずマキナを抱きしめた。
 
 
「っ………!!!俺も………俺も大好きだ………!!!マキナ………!!!!」
 
 
 いっぱいいっぱいの颯斗の声色に、マキナはへらりと照れた笑みを浮かべる。
 マキナの身体をきつく抱きしめている颯斗の腕が震える度、大切にされているのを噛み締めた。
 颯斗の温もりを感じているマキナはふと、ある事を思い返す。
 今このタイミングこそ、初めてキスをするのに相応しいのではないだろうか、と。
 
 
「………ねぇ、颯斗…………」
「…………ん??」
「キス………今、しない……………??」
 
 
 優しい眼差しをマキナに送る颯斗がマキナの頬に手を当てる。
 頬をゆっくりと撫でた瞬間に、マキナは少しだけ擽ったいと感じた。
 この時にマキナはふと、感覚が少しづつ戻ってきている事に気付く。
 段々自分の身体が『普通』に向かっている事が、とても嬉しかった。

 
 颯斗の顔がマキナにゆっくりと近付き、颯斗の手がマキナの髪を優しく撫でる。
 吐息の温度を肌で感じながら、颯斗の首にマキナは腕を回す。
 爪先で身体を持ち上げて同じ視線で見つめ合ってから、二人はゆっくりと目を閉じた。
 唇と唇が重なり合った瞬間に、まるで空を飛んでいるかのような感覚になる。
 ふわふわとした感覚を感じながら、颯斗に合わせてマキナは顔の角度を変えてゆく。
 
 
 お互いに真っ赤な顔で息の上がった状態になりながら、ゆっくりと唇を離す。
 思わずマキナは感動して涙が溢れそうになった。
 自分が殺されてしまった日の朝の占いを、この時にマキナは思い出す。
 
 
『今日一番ハッピーな運勢は、おとめ座のアナタ!!運命の恋をしちゃうかも!!ラッキーアイテムはグロスリップ!!』
 
 
 マキナは颯斗の事を見つめながら、胸の奥底から溢れ出す愛しさを噛み締める。
 やはりあの占いは当たるんだとマキナは確信した。
 自分の運命の人は間違いなく颯斗だ。
 そして、彼と結ばれる運命にあって良かったと心から思った。
 
 
「…………アタシの運命の人って………颯斗だったんだなあ………」
「………ん?どうした??そんな改めて………」
 
 
 マキナが颯斗の触れた唇を指で確かめて、静かに目を閉じる。
 唇の柔らかみと指先の柔らかみの違いを噛み締めていれば、颯斗がマキナに問いかけた。
 
 
「………何か、感覚でおかしいところがあったか??」
 
 
 颯斗は心配性だと、マキナは思わず小さく笑う。
 マキナは颯斗の身体に飛びついてから、今度はマキナから颯斗に触れるだけのキスをした。
 
 
「んーっとね、胸がキュンってしたの!!!」
 
 
 マキナはそう答えれば、満面の笑みを浮かべて颯斗の手を握り締めた。
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