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Ⅵ.

第一話

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 祥子が帰った後の研究室。ドルーリーはすやすやと穏やかな眠りについている。
 マキナと颯斗はソファーに二人で腰掛けながら、ほんの少しよそよそしい空気を醸し出していた。
 祥子に弄り倒されたマキナと、マキナへの告白を意識する颯斗。
 何とも言い難い空気の中で二人は頬を上気させていた。
 
 
 この空気をなんとかしなければならないとお互いに思い立ち、お互いにお互いの方を見る。
 そして同時に口を開いた。
 
 
「あのさ颯斗………あっ」
「なぁマキナ………あっ」
 
 
 お互いに視線がぶつかり合い、同じタイミングに言葉が飛び出す。
 二人は焦りながら慌てて顔を真っ赤に染める。
 その時、お互いがお互いに意識をしていると気付いた。
 颯斗がしたい事は愛の告白であり、まだまだ伝えるべき言葉は悩んでいる最中だ。
 マキナから話して貰った方が良いと颯斗は思う。
 
 
「…………マキナから…………話して…………」
 
 
 マキナに話す様に促す颯斗の言葉は幼い時の様に柔らかい。
 とても優しい気持ちになりながらマキナは静かに口を開いた。
 
 
「アタシさぁ、颯斗にちゃんとありがとうって真剣に伝えてなかったなって思ったの。
だからちゃんと伝えたいなーって、今思って…………。
何時も本当にありがとう、颯斗…………」
 
 
 マキナがほんの少し恥ずかしそうに目を伏せながら、颯斗に対して真摯に気持ちを投げ掛ける。
 颯斗はマキナから投げ掛けられた素直な感情に、とても喜びながらも照れていた。
 
 
「いや…………良いよ…………。そんな改めて…………。
俺はお前が元気で生きてさえいてくれたら、何だって良い…………」
 
 
 颯斗はそう言って恥ずかしそうに笑い、マキナの頭に手を伸ばす。
 頭を撫でられたマキナはほんの少しだけ頬を染め、恥ずかしそうに俯いた。
 颯斗は何時もマキナがいればそれで良いと、マキナにちゃんと伝えてくれる。
 マキナはそれをとても嬉しいと思う反面、ある疑問を感じていた。
 颯斗が何故そんなに必死にマキナを守っていてくれるか解らない。
 特に此処最近に関しての負担は本当に大きい。
 それなのに、何時もマキナ優先でいてくれる理由をマキナは知りたかったのだ。
 
 
「………どうして颯斗は、アタシなんかにそんなに優しいの?」
 
 
 マキナの問い掛けで颯斗の心が急かされる。
 まるで神様が告白をしろとでも言っているのではないかと思う程に、良い問い掛けをされたと感じた。
 けれど矢張颯斗はこういうタイミングになると、中々良い言葉選びが浮かばない。
 暫し心地の良い沈黙の時間が流れ颯斗は思考を巡らせる。
 そして、飾る事のない在りの儘の気持ちを口にした。
 
 
「…………前にも言ったが、俺は身体が弱かった頃のお前を救いたくて、医療に対して興味を向ける様になったからな…………。
俺の今の全ては、お前の存在によって出来上がったんだ。お前が居なければ今の俺は居ない」
 
 
 颯斗の言葉を聞いたマキナの身体が物凄い勢いで熱くなる。
 全身の血が沸き上がって、噴き出してしまうのではないかとマキナは思う。
 恥ずかしいことを口にしていると思いながらも、この先もっと恥ずかしいことを口にしなければならないことを、颯斗はとうに解っている。
 するとマキナが今にも泣き出してしまいそうな声色で囁いた。
 
 
「ちょっともう…………颯斗…………それマジ、愛の告白みたいじゃん…………照れんだケド……………」
 
 
 マキナは自分の声を震わせながら、懸命に勘違いをしない様にと自分に言い聞かせる。
 最近のマキナは颯斗と余りにも長く、そして近く二人で一緒に居すぎた。
 このままじゃ好きになってしまうとマキナは思う。
 今の自分じゃ颯斗に釣り合う筈がないのに好きになってしまえば、辛い思いをするのを解ってる。
 マキナは懸命に都合の良い事を考えない様にしていた。
 すると颯斗は膝の上でギュッと握り拳を作った。
 
 
「……………そのつもりだが」
「え」
 
 
 颯斗はマキナの方に、いっぱいいっぱいの視線を向ける。
 深く深呼吸をしてから顔を真っ赤にして囁いた。
 
 
「だから………愛の告白のつもりで………話してる…………!!」
 
 
 颯斗の言葉にマキナの息は上がる。
 マキナはどんな表情を浮かべて良いのかが思い付かず、慌てて自分の口元を手で押さえた。
 颯斗から言われた言葉は、一気にマキナの気持ちを舞い上がらせる。
 けれどマキナはこの時、颯斗の隣に立てる自分を想像出来なかった。
 
 
「や………!待ってよ颯斗………!!颯斗はアタシには勿体なさすぎるって………!!
アタシ今こんな傷だらけだしさ………アタシ、もうまともな人間じゃないから………」
 
 
 颯斗からの愛情は心の底から嬉しい。けれど今のマキナには全く自信が無かった。
 一度死んだ傷だらけの身体と人間離れした身体能力。
 普通の人間として生きていける自分の姿を、この時マキナは想像出来なかった。
 思わず泣きそうになりながら颯斗の顔を見上げれば、颯斗は今までにない程に真剣な眼差しをする。
 マキナの目を覗き込んだ颯斗は、マキナの肩を掴んでこう言った。
 
 
「マキナ、俺は……お前がどんな姿だって掛替えのない存在だ………!!!
俺にとって、お前の居ない世界なんて生きてる意味が無いんだよ!!」
 
 
 精一杯のマキナへの愛の言霊はちゃんとマキナの心の奥底に辿り着く。
 マキナの視界が涙で揺らいだ瞬間、颯斗は甘くとても優しい声色で囁いた。
 
 
「…………マキナ、俺はお前と生きていきたい………大好きなんだ………」
 
 
 今にも泣きだしそうな表情を浮かべた颯斗が、頬を真っ赤に染め上げている。
 息が上がって白衣を羽織った肩が上下しているのを見ながら、マキナは涙目の儘で懸命に微笑んだ。
 
 
「こんな…………継ぎ接ぎ塗れの、特殊メイクみたいな身体でも???」
「ああ、どんな姿になっても俺はマキナの事が好きだ………」
「…………アタシがジャンプしたら二階まで手が届くのに???迷惑かけるかもしれないけど良いの??」
「ああ。マキナがマキナであるなら、俺はどうなったって好きだ………。何回でもいうが、お前の為なら何千枚だって始末書を書くが???」
「…………………アタシ、一生ギャルやめないよ??爪だってまた、武器みたいなの付けるかもよ???」
「いいよマキナ。俺はありのままのマキナが好きだって、解ってくれるまで言い続けてやるぞ??」
 
 
 二人で涙目になりながら微笑み合い、額と額がぶつかり合うほど近くで囁き合う。
 するとマキナはへらりと気の抜けた笑みを浮かべてから、颯斗の額に自分の額をわざとぶつけた。
 涙で濡れた目を拭いながらマキナは懸命に笑い飛ばす。
 この時、既にマキナの答えは決まっていた。
 
 
「………あは、颯斗マジつよつよじゃん…………やっば………!!」
「一度死んだマキナの事を、必死で生き返らせる様な重い男だぞ俺は………!!」
「あは……!!!一生大事にしてくれそうじゃん……!!!」
「してくれそうじゃない。大事にする。約束する……………」
 
 
 颯斗はマキナの身体を自分の方に引き寄せる。
 抱き合うように向かい合いながら、真っ直ぐにマキナの瞳を覗き込む。
 
 
「………………やば、もう無理降参…………颯斗には勝てないわ…………」
 
 
 マキナはそう言いながら颯斗の首に腕を回す。
 唇と唇が触れ合ってしまいそうな位の距離で、マキナは颯斗に囁いた。
 
 
「アタシも…………好きだよ颯斗…………」
 
 
 颯斗の手が金色の長い髪を撫で上げて、マキナの後頭部に回る。
 颯斗の顔が近付いているのを感じながら、ゆっくりと瞳を閉じてゆく。
 この時マキナも颯斗も落ち着き払ったかの様に振る舞っていたけれど、内心とても慌てていた。
 唇と唇が重なり合う瞬間に、ドルーリーの吠える声が響き渡る。
 マキナと颯斗は閉じていた筈の瞳を開き吠えるドルーリーの方を向く。
 この時ドルーリーは今まで見た事の無い程に、凄い剣幕で吠えていた。
 
 
「あー………ドルーリーもしかして、やきもちとか妬いてる………??」
 
 
 そういえばドルーリーはとてもマキナの事が好きだったなと、颯斗は思う。
 一度颯斗はマキナと顔を見合わせ、マキナの身体から手を離した。
 
 
「………キス、仕切り直ししようか………」
「ああ、とりあえずドルーリーの機嫌が直ってからだな………」
 
 
 二人で悪戯っぽい笑みを浮かべこっそりと指先を絡ませ合い、解いてゆく。
 それからマキナはドルーリーの方に歩み寄った。
 ドルーリーはマキナが近付いても、物凄い剣幕で吠えている。
 颯斗は自分が原因なのだろうかと思いながら、ドルーリーに近付く。
 その時に颯斗はドルーリーが、自分ではない何かに向かって吠えている事に気が付いた。
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