君だけに捧ぐメロディ【高校生天才作曲家の俺が夢破れて売り専ボーイになり同じ境遇のイケメンと本気で恋をしちゃう迄の物語】

如月緋衣名

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第一話

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 頬を腫らせた夏樹が不機嫌そうな様子で、俺の部屋の中でアイスクリームを食べている。
 どうやら業務用のアイスクリームを、今度は四色入りのものに変えたようだ。
 食べているアイスがとてもカラフルである。鉄製のスプーンを口に咥えながら、俺の方をちらりと見た。
 
 
 目の前に夏樹がいるというにも関わらず、先日の事もありお互いに話しにくい。
 挙句今回の夏樹の売り専親バレ家出騒動に関しては、俺もどう話を切り出したらいいのか解らないままなのだ。
 
 
 微妙な沈黙の中で何の言葉を一番最初に告げるべきか、懸命に思考を巡らせる。
 けれど俺が吐き出した言葉は、これが関の山だった。
 
 
「あのさ………お前、大丈夫か?」
 
 
 ………いや、どう考えたって大丈夫じゃないのは歴然だろう!!
 
 
 夏樹はアイスクリームを掬うスプーンを、唇で動かしながらこう言った。
 
 
 
「やー、全然。今お父さんが半狂乱でヤバイヤバイ。頭が昔の人だから、俺の事精神病だって思ってんの!!」
 
 
 ケラケラと笑いフローリングの床に転がれば、遠くを見る様な眼差しで天井を見つめる。
 それから深く溜め息を吐いた。
 
 
「いやー………まさか売り迄バレると思わなかったよ………。
家にあんまり帰らなかったのも、調べられた原因なんだと思うんだけどさ。
一気に全部なくなっちゃったなー、なんて!!」
 
 
 そう言いながら笑う夏樹は何だか寂しそうで、なんて声を掛ければ良いのかさっぱり良くわからなかった。
 無理をしながら笑っているのかもしれないと思うと、ズキズキと胸が痛む。
 けれど夏樹の表情は不思議と明るく、晴れ晴れとしていた。
 すると彼は生命力に満ち溢れた笑みを浮かべて、俺の目を覗き込んだ。
 
 
「俺ね、全部無くなって一人で部屋に籠って泣いて、その時に思った。
………歌いたいって。何にもなくなった瞬間、蝶-Hirari-の曲を歌ってみたいって思った俺が其処に居た」
 
 
 物凄い引力で夏樹の虹彩に引き込まれてゆく感覚と、体中を駆け巡る鳥肌。
 余りにも運命的な言葉に、都合の良い夢を見ているんじゃないかとさえ思った。
 けれど夏樹は俺の目をちゃんと見つめながら、言葉を更に紡いでいく。
 その瞳が余りにも綺麗過ぎて、息が止まってしまうんじゃないかと思った。
 
 
「………ねぇ!!音楽しよう!!俺に歌を歌わせて!!今からだってまだ、夢叶えるの遅くないよね!?」
 
 
 感極まって声が震えてしまいそうだ。愛しさが胸に広がって、とても心が暖かい。
 思わず涙で視界が滲んでしまった瞬間に、幸せでも本当に涙が出る事を知ったのだ。
 
 
「…………全然早えよ!!遅くねぇ!!!」
 
 
 夏樹の身体を抱き寄せれば、華奢な腕が俺の身体を抱き返す。久しぶりの夏樹の温度と、夏樹の鼓動。
 この腕の中に夏樹がいる事さえも尊いのに、俺の歌を歌ってくれるなんてもう死んでもいい。
 夏樹を抱きしめてボロボロ泣く俺を見ながら、彼は高らかに笑う。
 
 
「ほんと悠哉いっつも泣いてる!!泣き虫じゃん!!」
「……ばっかやろ!!作曲家は感受性豊かで繊細なんだっつーの!!!」
 
 
 何時も通りにじゃれ付きながら、夏樹の頬に自分の頬を摺り寄せる。
 お互いに視線をぶつけ合い淡く唇を重ね合わせた。
 相変わらず示し合わせた様なキスの仕方をしながら、舌を絡ませて髪を撫でる。
 夏樹の身体に触れようと思った瞬間、とあることを思い返した。
 
 
 思わずキスをするのを止めれば、不思議そうな表情を浮かべて夏樹が首を傾げる。
 部屋の隅に置き去りにした段ボールに歩み寄れば、俺の背中に張り付くように夏樹がそれを覗き込む。
 
 
「………どうしたの?何これ?」
 
 
 ガムテープを剥がして中身を開けば、梱包材に包まれた機材が出てくる。
 梱包材を捲れば、コンデンサーマイクが姿を現した。
 親父が送って来たマイクは録音関係にはとても強く、評判の良いものだ。
 流石音楽を生業に、長らく生きてきているだけある。
 
 
「は!?!?なんで!?!?なんでこのマイク!?!?待って!?!?NEUMANNじゃん!!!!」
 
 
 その瞬間夏樹が俺の身体を潰す勢いで乗り上げる。そして俺の手の中にあるマイクをまじまじと見た。
 キラキラ目を輝かせている彼を見ていると、今一番やるべき事は何なのかを思い返す。
 俺たちが繋げるべきは今、身体じゃなくて心だろう。
 
 
「………おーっしゃ夏樹ぃ………!!動画作るぞ?
新しいチャンネル開設して、オリジナルと歌ってみたガンガン上げようぜ??
俺、お前居ない間に作った曲もう五曲もあるから、歌詞は頼んだ!!俺は幾つか仕上げする!!
昼間になったら録音するからな!!」
 
 
 デモを突っ込んだタッチパネルとヘッドフォンを手渡し、ギター片手にパソコンと向き合う。
 すると夏樹が俺の背中に向かって叫んだ。
 
 
「………ありがと!!!任せて!!!歌詞なら人生波乱万丈だから、案外良いの書けちゃうかもよ?」
 
 
 一度振り返ってみれば、悪戯っぽく笑った夏樹が其処にいる。
 この時に長年の思いがお互い、通じ合った事を確信した。
 
 
「おー、期待してるから。頼むぜ??」
 
 
 お互いにお互いの作業に集中しながらも、同じ世界を共有する。
 思えば誰かと自分の世界を共有したいと思った人は、本当に彼だけだったんだ。
 
 
 彼となら俺は上手くやっていける。それは夏樹も全く同じ気持ちなんだろう。
 音楽に対して運なんて無かったと思っていた。それにこれだって上手くいかなくなるかもしれない。
 けれどこの時に俺はこう思っていたのだ。
 
 
 別に人気なんて出なくたって、本当は構わない。最後に地面に這いつくばって死んでもいい。
 自分の魂に嘘を吐かないで、好きな事をやって死ねたら本望なんだ。願わくは夏樹と二人で。
 
 
 窓の外がまた明るくなってきた頃には、もう二曲仕上げが終わっていた。
 振り返ればフローリングの床の上で、すやすや寝息を立てる夏樹の姿がある。
 その周りを色々な文字が書かれたメモが散乱していた。
 夏樹は歌詞を書いている最中に眠ってしまったらしい。
 
 
「………寝落ちしやがったか!!」
 
 
 そう言いながら笑って夏樹に歩み寄り、散らばった紙を纏めてゆく。
 其処に記されていた言葉はとても綺麗で、俺の作る曲の世界観にちゃんと奥行きを与えてくれていた。
 思わず口ずさみながら歌詞を見てゆけば、とあるものが視界に入る。
 それはアイスクリームが溶けてドロドロになったものが入っているガラスの器だった。
 
 
 好きな食べ物を食べるよりも、いやらしい事をするよりも、夏樹は音楽に集中している。
 その事実がとてもとても愛しくて堪らなかった。
 すうすう寝息を立てて眠る夏樹を抱き上げて、ベッドの上に横たわらせる。
 バニラと苺とチョコレートの香りが仄かにまだ香る唇に、唇を重ね合わせて目を閉じた。
 
 
「大好きだよ夏樹…………」
 
 
 寝ている夏樹目掛けて思っていた言葉を口にする。この感情を言葉にしたのは初めてだなぁと思った。
 柄にもない言葉を口にしたなんて思いながら、柔らかい髪を撫でる。
 続きの作業をしよう。他の曲も全部完成にもっていける様にしよう。ひと段落が終わったら、吸音材を買いに外に出よう。
 それから夏樹に歌ってもらって、完全な形に仕上げるのだ。
 
 
 頭の中で今日の予定を立てながら目を開けば、夏樹の綺麗な虹彩と視線が絡まった。
 頬を上気させて目を潤ませた夏樹が、真っ直ぐ俺を見ている。
 完全に眠っていると思いながら口にした言葉を、夏樹に全部聞かれていた。
 
 
「あっ!?ちょっと………!!待って………なんでお前起きてんの!?!?」
 
 
 慌てて夏樹から離れようとすれば、華奢な指先が俺の手首を掴む。
 するといっぱいいっぱいの表情を浮かべた夏樹が囁いた。
 
 
「俺………もう、音楽あるから………その………快楽別にいらなくて……あの………」
 
 
 しどろもどろになりながら、真っ赤な顔の夏樹が呟く。
 これは流石に振られる流れかと思った瞬間、綺麗な形の唇から飛び切り甘い言葉が漏れた。
 
 
「だから今、俺には………悠哉しか、居ないから、だから………今ちゃんと言って!!!」
 
 
 いっぱいいっぱいの夏樹をきつく抱きしめて、その耳元で甘く囁く。
 窓から差し込む朝日は俺と夏樹の事を照らしていた。
 
 
「俺だけのものに、なって………!!」
 
 
 俺の腕の中で夏樹が頷くのを感じながら、ひたすら幸せだけを噛み締める。
 この時に俺たちはなるべき形になったんだと思った。
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