君だけに捧ぐメロディ【高校生天才作曲家の俺が夢破れて売り専ボーイになり同じ境遇のイケメンと本気で恋をしちゃう迄の物語】

如月緋衣名

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6.

第四話

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 味の薄いクソまずいうどんを残して、夏樹が俺の家を出て行ったあの日から約三日。
 暫く俺は泣き喚き落ち込み、完全に廃人と化して落魄れていた。メンタル的にはほぼほぼ失恋の様なものだ。落ち込むのも仕方ない。
 親父から届いた機材でさえも、まだ箱から出せていないでいる。
 けれど今の俺には音楽がある。FlyingVで精神を何とか保たせたのだ。
 
 
 一晩中相棒と向き合い曲作り。やっぱり音楽は偉大だったんだとこの時に内心思った位だ。
 夏樹に歌わせたかった曲を完成させたけれど、当の夏樹はあの状態。
 正直合わせる顔も無いと迄思っていた位である。
 そんな俺が学校に行く気になった理由は、たった一つだけだ。
 マコやナオからとても長文の謝罪メッセージが、俺の元に届いたからである。
 これは学校に行かなければ流石に不味いと、慌てて自分を奮い立たせて家から飛び出す。
 そして今俺はとても久しぶりに大学に来た。
 
 
「あ!!悠!!お前何してたんだよ!!心配したぞ!!!」
 
 
 マコがそう言いながら俺に歩み寄れば、それに連れ立ってナオがやってくる。
 俺の顔を見るなりナオは叫んだ。
 
 
「悠………!!この間ごめんな………!!!最近本当に申し訳なかった………!!!」
 
 
 必死なナオの顔を見ていると、何だか怒っていないナオを久しぶりに見た事に気付く。
 また俺たちの関係性が、ほんの少し前に戻ったのだ。仲良くつるめていた頃に。
 俺はそれに対して笑い、ナオの背中を叩いた。
 
 
「気にしてねぇよ……!!!」
 
 
 気のせいか何となく前より、俺は彼らを普通に好きになっている気がする。
 全く心を開いていなかった時よりも、グンと距離が近くなった。
 この時初めて俺の中に仲間という文字がやっと浮かぶ。
 正直夏樹との事があった俺は、気を紛らわせてくれる人がいて楽になる。
 今この瞬間たった一人になる事が俺は怖くて仕方が無かった。
 
 
 気を少しでも抜いてしまえば、頭に夏樹の泣き顔ばかりが浮かんでしまう。
 大好きなのに考える事さえ辛いなんて、まるで安っぽいラブソングの歌詞みたいだ。
 
 
「そういえば昨日から、夏樹君の姿見てねぇよな……」
 
 
 ナオがそう言いだした瞬間、胸の奥がずきりと痛む。
 思わず自分の目が泳いでしまうのを作り笑いを浮かべて誤魔化した。
 
 
「………そうなの?俺んとこなんも連絡ねぇや」
 
 
 もしかしたら今夏樹は、俺のせいで学校を休んでいたりするのだろうか。
 あの真面目な夏樹が俺の顔を見たくないから、大学に来ていなかったりするのなら辛い。
 けれど今まで俺は音楽を思い出せる全てから、長らく逃げていた。 
 親父に対してだって、今の今まで逃惑ってきたのだ。
 
 
 だから今俺は夏樹が俺から逃げたいと思っていても驚かない。
 
 
 携帯を開いてメッセージを送るべきかどうしようか悩みながら、夏樹の宛先を開く。
 最後の夏樹からきた連絡は俺の生存確認だった。
 メッセージを送る気持ちに一切なれずに俯けば、俺の掌の中の携帯がいきなりけたたましく鳴り響く。
 思わず慌てて飛び上がった瞬間、画面に浮かんだ名前を見て思わず息が止まりそうになる。
 その電話の主は榊さんであった。
 
 
「…………は、なんで?」
 
 
 榊さんの電話に対して、通話ボタンを押して耳に当てる。
 あの人はそうそう滅多に俺たちの様な人間に、絶対電話を掛けてこない。
 電話が嫌いだという事も榊さんは言っていた。
 だからこそ電話を掛けてくる時は、緊急事態だという事を良く解っている。
 
 
「あ、もしもし榊さん?どうしたの?珍しくない?」
 
 
 俺が電話で話し始めて手を上にあげれば、マコとナオが気を使って離れてゆく。
 その反対方向に進みながら、なるべく人のいない場所へと歩き始めた。
 
 
『おう、悠。大変な事になったから、お前にも電話入れとこうと思ってな』
 
 
 大変な事。そう言われた瞬間に何故か全身の血の気が引く。
 それが一体何なのかは一切わからないけれど、嫌な予感がしたのだ。
 
 
「えっ………何?滅茶苦茶こえーんだけど!!」
 
 
 わざとらしく冗談っぽく笑いながら、懸命に不安な気持ちを抑え込む。
 すると榊さんはとても心配そうな声でこう言った。
 
 
『夏樹の親が売り専に乗り込んできたらしい。昨日の事みたいなんだが。
急遽昨日付で無理矢理退店にさせられたらしくてな………無事かどうかお前なら知ってるかと思って。
今夏樹の周りの人間に片っ端から、親御さんが連絡入れて回ってるみたいでな…………』
 
 
 この時俺は余りの衝撃に、手を滑らせて携帯を落とす。
 その事実を俺は一切受け入れることさえ出来なかった。
 今アイツは大丈夫なんだろうか。無事なんだろうか。物凄く落ち込んでるんじゃないだろうか。
 色々な気持ちが心の中を駆け巡り、夏樹の事しか考えられなくなる。
 
 
「………………嘘だろ??」
 
 
 俺は思わずそう嘆いて静かに俯いた。
 今夏樹の手元にある夏樹を支えてくれるものは、一体何なのかと心から思う。
 快楽も音楽も取り上げられた夏樹は今、ちゃんと呼吸出来ているのだろうか。
 慌てて地面に落ちた電話を拾って耳に宛てる。榊さんの言葉に俺は電話越しに頷く事しか出来なかった。
 
 
『何かあったら連絡欲しい。俺は何もしてやれそうにない。傍に居るお前なら支えられる気がしてな……
じゃあ、また』
 
 
 榊さんはそう言いながら電話を切り、向こうからはビジートーンの音が聞こえる。
 この時に夏樹と気まずくなってしまった自分を心から呪った。
 
 
「あー………もう、なんでだよぉ…………」
 
 
 思わず自分に対する不満が口から滲み出て、心がぎゅっと締め付けられる。
 この時に自分の無力さを思い知った。本当に本当に俺は、夏樹に対して何にもしてあげられていない。
 
 
***
 
 
「ねぇ………どうしたの今日………悠君元気ないのね?」
 
 
 プレイ終わりのホテルの中で、加藤さんとベッドに寝転がる。
 そんな言葉をお客さんから言われたのなんて、初めての事だった。
 
 
「え?あ、マジで?……ごめんね加藤さん……最近ちょっとガッコ忙しくてさ……」
「悠君心ここに在らずって表情時々してたよ?若いからってあんまり無理しちゃいやよ?」
 
 
 俺の言い訳に対して加藤さんが大人の対応をしてくれる。
 これがとても有難かったけれど、申し訳なさに拍車がかかった。
 俺の興味の対象が今、快楽というものから離れている。
 あんなにも人の温度に拘って溺れていた自分が今や、遠い昔の事の様に感じられるのだ。
 
 
 この時に俺はプレイヤーの俺に潮時を感じた。
 着替えを終わらせてホテルの外に出て、軽いハグをしてその背中に手を振る。
 
 
「有難う……ごめんね……。本当に有難うね……!!」
 
 
 皆のものでいられなくなって、ごめんなさい。心の中でそう思う。
 俺の頭の中なんて、夏樹に埋め尽くされている。
 加藤さんは俺に振り返り、手を振って去って行った。
 多分今この人はもうすぐ俺が、この仕事を辞める覚悟を決めた事に気付いているだろう。
 清算を終わらせてから、辞めることを告げる。今後の事は余り考えて居なかった。
 もう俺は潮時である。それをちゃんと理解して出した答えだ。
 
 
 帰路に就き、ぼんやりと繁華街をぶらつく。思い出深い街だなぁと心から思う。
 何となく遊びに行く気持ちにもなれないまま、大人しく家へと向かう道を歩んでいた。
 あと一本道を通り過ぎれば、自分の家に着く。するとその時、俺の携帯に電話が掛かってきた。
 其処に表示された名前は『夏樹』だった。
 通話ボタンを慌てて押し、高鳴る胸を抑えて受話器を耳に宛てる。
 
 
「はい!!もしもし!?もしもし夏樹!?アンタ一体何処……!!!」
 
 
 慌てて俺が受話器に向かって叫べば、向こうからとても冷たい声がする。
 その声の主は夏樹では無かった。
 
 
『すいません、私矢野夏樹の母ですが、うちの息子其方に行ってないでしょうか……?
夏樹さんが携帯電話も何もかも置き去りにして、家から出て行ってしまって………』
 
 
 その冷たい声を聞いた瞬間、心がゆっくりと冷めてゆく。
 本当にアイツは一体何処に行ったんだと思ったその時、俺のマンションの前に見覚えのある影が見えた。
 
 
「……僕の所には居ないですね……申し訳ないです……。もしも何かありましたら、こちらから連絡差し上げます……」
 
 
 上辺の言葉を言いながら、植え込みの影にそっと近付く。
 すると電話の向こう側がすすり泣く声に切り替わった。
 
 
『お願い致します……』
 
 
 電話が切れるのと同時に、その影が俺の方を見る。其処に居たのは頬を腫らせた夏樹だった。
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