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第二話 

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「飲み会…………?ええ…………??女の子もいるとか、俺らみたいな人間に利点なさすぎない……」
 
 
 仕事終わりに俺の家に転がり込んできた夏樹は、アイスクリームを食べながら苦い顔をする。
 そしてさらに、人の家のテレビのチャンネル権を手にしていた。
 
 
 夏樹は人の家の冷凍庫の中に業務用アイスクリームをキープして、俺の家に遊びに来ると必ずそれを食べている。
 最早俺の家の扱いに関しては完全に別荘だ。
 
 
「あー、だよねぇ…………」
「いや、ゲイに何の得があるのそれ。意味なさすぎない?」
 
 
 夏樹の言葉に相槌を打ちながら、やっぱりコイツもちゃんとゲイだったんだと改めて思う。
 それから何か物思いにふける様な表情を浮かべ、諦めた様に囁いた。
 
 
「もし……悠哉があんまり誘いがしつこくて疲れた時はさ、その飲み会参加するよ……。
一回参加すれば皆離れていくでしょ?俺悠哉位しかまともに話せそうにないし」
 
 
 アイスを入れていたガラスの器が空になれば、夏樹がそれをキッチンに持っていき水で流す。
 今までになく不機嫌極まりない様子の夏樹を見ていると、ほんの少しだけ心が痛んだ。
 俺がもう少しだけ機転が利いて、上手く断ってあげれればいいのに。そしたら夏樹が疲れてしまう事もない。
 自分の気の利かなさに反吐が出る。
 そう思った瞬間、夏樹が深く溜め息を吐いた。
 
 
「てかさー、聞いて!!今日俺の店で俺が自分の男盗ったっていちゃもん付けられてずっと不機嫌!!」
「アンタが機嫌悪い理由それかよ!!学校での事じゃないのかよ!!」
「そうそう!!だから今日悠哉に逢いに来た!!これで家に帰ったら、不機嫌が2倍になるだけだし!!」
 
 
 夏樹がそう言いながら何時も通りの笑みを浮かべた。原因が自分では無くて少しだけ安心する。
 不機嫌そうな姿の夏樹を横目にしながら、今日の加藤さんの事を思い返す。
 思えば加藤さんだって俺と夏樹が関わっているのを、あまり良しとしていなかった。
 
 
 好かれる理由も嫌われる理由も簡単で、飛び抜けて美しいからに尽きる。
 夏樹は本当に美しい分、要らない苦労をしていると感じた。
 
 
「……夏樹ってさ、スゲー好かれるかスゲー嫌われるかしかないね」
 
 
 思わず思った事を投げつければ、夏樹がそれに乗っかるように言葉を重ねる。
 
 
「そうなんだよねー。極端なの。丁度いいのは悠哉か榊さん位かな……」
 
 
 でも榊さんも俺も夏樹とセックスをしている。まともな人間関係かと言われればそうではない。
 身体の関係を結ぶ迄人に本当の姿を見せられないのは、正直全く良くない事だ。
 けれどその状態にいるのは、俺だって同じなのだろう。俺と夏樹は普通の人間関係が結べない。
 
 
「あー、榊さん楽だよね。あの人面倒くさくないし……でもまぁ、あの人と俺ら寝てるけどな」
「まぁ、ね。まともな関係じゃないね……。榊さんって既婚者独特の余裕を感じるよねぇ……」
「は!?結婚してたの!?!?すごくね!?!?」
 
 
 既婚者。思わずその言葉に凍り付けば夏樹が小さく頷く。
 夏樹にそう言われる迄、榊さんの素性を俺は一切知らない状態であった。
 正直身体の関係を持ったところで全てを話せるとは、全く思っていないのだ。
 だから俺は肉体関係がある男の人達にさえ、本当の話を一切する気が無い。
 
 
 多分俺は余程の事が起きない限り、蝶-Hirari-であった事は話せないと思う。
 だからこそ、相手の事を聞き出せる訳がない。俺が聞かれて困る事しかない。
 強いて言うならこんな事さえなければ、自分からセクシャリティを話すことだって無かったと思う。
 深く溜め息を吐いた夏樹が、俺の膝の上に腰かける。華奢な体つきをしているせいか、何だかとても軽く感じた。
 
 
「キャストの子とお客さんがこっそり恋愛してたんだよね。それ知らなくて俺に仕事回しちゃったの。
お客さんがさぁ、好きになってくれるのは良いんだけど、別に誰かのものになりたい訳じゃないんだよね………。
愛して欲しいとか自分だけ見て欲しいとか思ってる訳じゃないし……。
だから自分だけ見て欲しいとか、ちゃんと愛されたいって思ってる人とはソリが合わない」
 
 
 夏樹は完全に性欲に欲望が振り切っているような、そんなイメージを抱かせるところがある。
 性欲が服を着て徘徊しているような、そんな雰囲気だ。
 
 
「それに仕事に私情持ち込まれるの、本当に嫌なんだよね。俺キャストだし、嫌でもヤらなきゃいけないから。
それで盗られたって言っても困っちゃう………。なんでお客に恋とかしちゃうかなぁ………。
俺と彼は愛し合ってた、心で繋がってったって言っても、他の男金で買って寝てたのが現実じゃん。
………俺、金で買われただけだって……好きで別れさせたわけじゃねぇよって………」
 
 
 夏樹がそう言いながら、俺の首に腕を回して俺の身体に縋りつく。
 この時に俺は、夏樹が今夜も抱かれたがっている事を察した。
 それにしても彼の身体は余りに細い。これ位なら俺でも抱き上げることが出来るんじゃないか。
 そう思いながら、背中と脚に腕を回して抱き上げる。すると彼の身体はいとも簡単に持ち上がった。
 
 
「うわ!!お姫様抱っこじゃん!!やば!!!」
「アンタやばいね、滅茶苦茶軽いじゃん……!!ほらぁ、楽しくなってきたろー??」
 
 
 暫く面白がりながら部屋を歩いてみれば、夏樹の機嫌がみるみるうちに良くなっていく。
 二人で笑い合いながらベッドの上に飛び込めば、夏樹が両腕を伸ばして微笑んだ。
 
 
 今抱きしめられたいんだろうと思いながら、その華奢な体を抱き寄せる。
 そういえば夏樹は恋をしていた事はあるのだろうか。人を愛することが出来るのだろうか。
 俺がしていた恋なんてものは、空蘭さん相手の信仰だけだ。人に常軌を逸した思いを抱いた事なんて、正直これだけだろう。
 
 
「…………そういえばさ、アンタ恋ってしたことあるの?」
 
 
 俺がそう問いかけた瞬間、夏樹は目を見開く。大きな瞳が揺れて綺麗な色の虹彩が光り輝いた。
 
 
「ある………たった一回だけ……!!でも俺はその人に関しては、姿形に惹かれたわけじゃなかった………。
それにただ一方的に好きでいられるだけで、幸せだったんだぁ………」
 
 
 夏樹から思ってもみないピュアな話が飛び出して、俺は思わず言葉を失う。
 それから夏樹はほんの少しだけ寂しそうに笑ってから、ベッドの上でストリップを始めた。
 着ているシャツもズボンも何もかも脱ぎ捨てて、全裸になって俺の姿を真っ直ぐ見つめる。
 その瞬間の夏樹の強い眼光に、なんだか心を掴まれた様な気がした。
 
 
「………もういいけどね、そんな話。忘れた。………ねぇ、もうこんな話止めてセックスしよう!!」
 
 
 話をぶった切るかの様にしながら、夏樹は俺の身体に脚を絡ませる。
 夏樹の恋の話は、詳しくは聞けないままで終わってしまった。
 無理矢理に夏樹を押し倒させられながら、ベッドの上で見つめ合う。
 
 
「何それロマンティックな話じゃん??そんなピュアな感情あったの可愛い………」
 
 
 そう言って夏樹に唇を重ね合わせて、身体の隅々に指先を這わせていく。
 その時にふと空蘭さんに対しての自分自身の信仰も、夏樹が言っているかのようなものである事に気が付いた。
 
 
 もしかしたら俺も案外ピュアだったのかもしれないと笑えば、夏樹が珍しく顔を真っ赤に染め上げる。
 
 
「なんだよ悠哉……!!そんな顔しないでよ……!!俺そんなに恥ずかしいこと言ってた!?!?」
 
 
 その時に俺は空蘭さんの動画を見ていた頃の自分を、ほんの少しだけ懐かしんでいた事に気付いた。
 顔がとても熱くなって胸が締め付けられる。あの時みたいな純粋な気持ちでは、きっと俺たちは生きれない。
 
 
「ううん、違う……俺も昔の事、思い出しちゃっただけ……」
 
 
 そう言いながら俺も着ている服を脱ぎ、床に放り投げてゆく。
 肌と肌と重ね合わせて見つめ合いながら、何時も通りの心地のいいキスを交わす。
 夏樹の身体にキスを落としていけば、形の良い唇から声が漏れる。
 
 
「………心で繋がるって訳ワカンナイ。俺、これが一番手っ取り早いから大好き………。
ちゃんと繋がってるって、解るから………」
 
 
 もしかしたら夏樹は俺が思っているよりずっとずっと、寂しがり屋なのかもしれない。
 そう感じながらも何時も通りにラテックスグローブを手に嵌めた。
 
 
「俺もこれ、好きだよ。心で繋がってるって、形が無くて曖昧だから……」
 
 
 姿形が無ければ思いなんて絶対に、届く筈なんて無いのだ。潤滑剤を手に取りながら、空蘭さんに逢わなかった事ばかり後悔する。
 でもこんな俺が彼の目の前に現れたところで、きっと身体どころか心も繋げることは出来なかっただろう。
 だからこれで良かったと思いながらも、昔の俺が小さく囁くのだ。
 
 
 彼とならきっと、心を本当に繋げることが出来たはずだと。彼を一切知らない癖に。
 顔も形も名前も本心も解らない人間に向けた信仰なんて、新手の狂気みたいなもんだろう。
 そう言い聞かせながら心の中にいる俺を抹殺し、夏樹の身体の中に指を這わせる。
 
 
「………今夜も夢中にさせて」
 
 
 俺はそう囁いてから、彼の弱いところを探り出した。
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