嗚呼、なんて薔薇色の人生~フォークのα×フォークのΩの運命論~

如月緋衣名

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第八章 Petit à petit l'oiseau fait son nid

第三話 ☆

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 厳重にロックを掛けられているドアの向こうには、真っ白なベッドが置いてある。
 紫苑を詰めてきたキャリーバッグを玲央が開ければ、気絶した状態の紫苑がばたんと床に倒れた。
 何時も通りに身体を抱き上げながら、ベットの上に横たわらせる。
 玲央の背後には真知子が立っていた。
 
 
「この部屋は私の名義で借りてるものじゃないけど、私が自由に使っていいことになってるの。
まあ、逃亡者用の病室の一つみたいなものだと思ってくれたら良いわ。
…………貴方達、最悪此処で身でも潜める??他にも部屋はあるからそれ出来るわよ」
 
 
 真知子がそう言って珍しく笑うと、玲央が強がった様子で微笑んだ。
 
 
「………いいねそれ。そしたら永遠に真知子に頭が上がらなくなるね??」
 
 
 真知子は今まで沢山の人間の逃亡を手助けし、様々な犯罪に関わってきている。
 けれど真知子は初めて、大きな規模の事件に関わったのだ。
 しかもそれを依頼してきた人間は、長らく一緒に過ごしてきた玲央である。
 流石の真知子も玲央には情が湧いていた。
 
 
「………そうね。もし無事に逃げ出せても、たまに私の事思い出して頂戴」
 
 
 そう言いながら部屋のドアを閉める真知子の背中を見送り、玲央は静かに床にぺたりと腰掛ける。
 殺風景な部屋の中で、玲央はこれから先の事だけを考えようと努力する。
 けれど泣き叫んで乱れる紫苑の姿が、頭に焼き付いて離れないのだ。
 
 
 あの男は一体紫苑に何をしたのだろうと思うと、もやもやが溢れ出して止まらない。
 紫苑はまだ彼の事が好きなんだろうか。子を成す相手は本当に、自分で良かったのだろうか。
 運命の番同士だからこそ必ず結ばれるという自信があったのに、今の玲央はそれが削れている。
 こんなに自信が無いのは生まれて初めてだと、玲央は思う。
 一人で思い悩んでいた時、ベッドの上から声が聞こえた。
 
 
「………玲央」
 
 
 振り返れば其処には紫苑が起き上がっていて、心配そうな眼差しで此方を見ている。
 玲央は紫苑の方に手を伸ばし、静かに囁いた。
 
 
「………怖がらせたい訳じゃなかったんだ………でも伝えなければいけないと思った………」
 
 
 とてもしゅんとした様子の玲央をベッドから見下ろしながら、紫苑は淡く微笑む。
 自分の為に兎に角走り回る玲央を、愛しいと思わざる得なかった。
 確かに一成の匂いはショックではあったが、知らないよりは大分マシだ。
 ベッドから玲央に向かって手を差し伸べて、紫苑は静かに囁いた。
 
 
「…………こっちにきて」
 
 
 誘われるようにベッドの上に引き上げられて、玲央と紫苑は見つめ合う。
 この時に玲央は紫苑の身体が、自分に触れても発情ヒートを起こさなくなっている事に気が付いた。
 思えば最近は普通に求めあえていて、発情していたかどうかもう解らない。
 本当に妊娠していると感じた時に、玲央はとても満たされた気持ちになる。
 番になるよりも先に子を成してしまった事だけが、後悔があった。
 
 
「………紫苑、僕は君が僕の子供を宿してくれた事、嬉しいんだ………。
でも君は僕で良かったのかなって、今少しだけ心配なんだ」
 
 
 そう言いながら思わず弱気に微笑めば、紫苑が目を潤ませて微笑む。
 玲央の身体に縋り付くように寄り添って、小さな声で囁いた。
 一成に何かを言われたのだろうかと紫苑は思い、何処で出逢ったのだろうと胸を痛める。
 けれどその話をするよりも先に、一番大切な事を今玲央に伝えたいと思った。
 
 
「………俺、玲央で良かったって、思ってるよ。
この先どうなろうと、今俺、玲央の傍に居られて幸せだと思ってる………!!」
 
 
 その言葉はとても素直に玲央の心の中に溶け、胸を締め付けて視界を滲ませる。
 紫苑の甘い声色を聞きながら、玲央はただただ涙を流した。
 華奢な身体をきつくきつく抱きしめながら、玲央が子供の様に泣きじゃくる。
 この時に紫苑は気付いたのだ。もう自分は十分な位に、玲央を愛してしまっている事に。
 愛していると自覚をしてしまえば、もう紫苑の心を止めるものは何もない。
 そして泣きじゃくる玲央の頬を両手でおさえ、泣きながら微笑んだ。
 
 
「…………俺のこと、玲央の番にして。愛してる……愛してるよ、玲央」
 
 
 紫苑が玲央の目を覗き込みながら、額に自分の額を当てる。
 感極まって潤んだ紫苑の瞳から、微笑むのと同時に涙が溢れた。
 もしも逃げ出せず、番にも成れずに終わってしまったのであれば、きっと一生後悔するに違いない。
 一成が玲央の周りを彷徨いている今、何が起きるか解らない。
 だからこそ、紫苑は玲央だけのものになりたかった。
 
 
「僕も愛してる………!!!」
 
 
 きつく身体を抱き締め合いながら、ベッドの上で向かい合う。
 番になるなら絶対に今しかない。玲央も紫苑もそう感じていた。
 着ていた服を優しく脱がせながら、紫苑の身体を撫でてゆく。
 すると紫苑が玲央の腕に身体を預けて囁いた。
 
 
「………優しく、してね………今日は………」
 
 
 紫苑がそういって微笑んで、キスで答えを返して笑い合う。
 まるでじゃれあっているかのように、何度も遊ぶ様にキスを繰り返した。
 紫苑の身体になるべく負荷がかからないように、今まで以上に慎重に体の中に触れてゆく。
 これは神聖な儀式のようだと紫苑は思っていた。
 教会の中で神聖な儀式を沢山見てきたのに、今この瞬間の方が一番神聖な気持ちになっている。
 それがとても不思議だと思いながら、玲央のキスの雨を浴びていた。
 
 
「……あ、玲央……玲央の手……………あったかい………」
 
 
 紫苑の頬を手で撫でれば、甘えるような表情を浮かべる。
 こんなに紫苑に愛されているとわかるのは、初めての事だと玲央は感動していた。
 其処にあるのは情欲でも劣情でもなく、ただ愛だけが存在している。
 何時もより優しく指先で中をまさぐられながら、その度に紫苑が小さく息を吐く。
 はぁ、という吐息混ざりの喘ぎには、恥じらいが見えた。
 
 
「愛してる………紫苑…………」
「俺も愛してるよ、玲央………」
 
 
 何時も通りに紫苑の中に入り込み、絡まる粘膜に息を吐く。
 繋がった身体の儘見つめ合い、深い口付けを何度も繰り返した。
 体中が溶けて一つになってしまうと紫苑は思う。
 すると玲央が静かに、ブランドのモノグラムの柄の首輪に手を掛けた。
 シーツの上に使い慣れた首輪が落ちる。その瞬間にいよいよ自分は、玲央の番になるんだと紫苑は覚悟を決めた。
 紫苑の身体を後ろに向かせ、羽交い締めるように抱き寄せる。
 何度も何度も咬みたいと思っていた項に舌を這わせ、紫苑の顔をおさえたまま後ろに引き寄せた。
 
 
「あ……あぁぁっ!!!」
 
 
 紫苑の声帯から声が溢れだした時、玲央の身体もぞくりと震える。
 紫苑はシーツをきつく握り締めながら、痛みに耐えて身体を震わせた。
 項に歯を立てて深く噛み付きながら、紫苑の身体を撫でる。
 すると紫苑がどろどろにふやけた表情を浮かべた。 
 くっきりと項に刻み付いた自分の歯形を指でなぞれば、胸の奥が熱くなる。
 紫苑が自分だけのものになったと思うと、感動が止まらなかった。
 
 
「………僕、絶対に君を幸せにする」
 
 
 思わず涙声になりながら紫苑を身体を抱き締める玲央を、紫苑はとても可愛く思えて笑みを溢す。
 この時紫苑は十分に幸せだった。これ以上の幸せはないと思うほど、玲央が愛しくて仕方がない。
 強く噛まれた時の痛みの残る首はとても熱く、紫苑の孤独を満たしていった。
 
 
「俺、この先何が待ち受けてるとしても、お前と生きれるなら幸せだよ…………」
 
 
 人を殺した。生きる為ならなんだってした。人の心を捨てて、ただ狂わない為に生きていた。
 こんな自分がこんなに幸せに包まれる日が来るなんて、夢にも思ってなんて居なかった。
 ベッドの上で抱き締められたままで、玲央に身体を預けて天井を見上げる。
 人形の様に整った美しい顔と、絹の様に柔らかい髪。
 美しい狂人と人の肉を喰らう化物の番だと、自分達の事を思って笑う。
 そしてこの時に心の底から、自分達は出逢うべくして出逢ったと思った。
 
 
「ねぇ、紫苑………僕に君の話を聞かせて。
君がどんな風に産まれて、どんな風に生きてきたのか、沢山聞かせて。
君の事、僕は全部知りたいよ…………」
 
 
 そう言いながら紫苑の身体に甘える様にすがる玲央に、紫苑は小さく笑って頭を撫でる。
 絹の様な髪に指先を絡ませながら、静かに目を閉じた。
 
 
「…………俺が生まれた街はね……」
 
 
 物語を語る様に穏やかに自分の話をする紫苑を、玲央は目を輝かせて見つめる。
 自分だけの宝物になった愛しい人の全てを、心の底から愛したいと思っていた。
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