嗚呼、なんて薔薇色の人生~フォークのα×フォークのΩの運命論~

如月緋衣名

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第七章 Va où tu peux, meurs où tu dois.

第一話

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「今冷凍庫にあるケーキを全部食べ切ったら、この国を出ていこう。
それまでは少し飽きるとは思うけど、殺すの我慢してもらえるかな??」
 
 
 紫苑が初めて自らの意思で玲央にキスをした日の昼に、玲央は紫苑にそう告げる。
 とても具体的に玲央が国外逃亡を考えている事に、紫苑は驚きを隠せないでいた。
 午後の日差しが差し込むリビングで、逆光に照らされ後光が指したような玲央が紫苑を見つめる。
 寝起きで寝惚け眼の紫苑は歯ブラシを口に咥えたまま、目をゆっくりと見開いた。
 
 
「………本当に俺と地獄まで行くつもりなの?」
 
 
 紫苑がそう問いかければ、玲央はとても真剣な眼差しをする。
 何時もの様にへらへらとした様子ではない。その瞳の奥に鋭ささえも感じた。
 こんなに真剣な目をする玲央を、紫苑は初めて見た。
 
 
「うん。地獄の果てだってついていくよ」
 
 
 紫苑はこの時に改めて玲央の事を狂人だと思った。
 この人は後先を考えずに、自分の為に人生さえも棒に振る。
 けれどこの時の紫苑は玲央のことを、とても愛しい狂人だと思った。
 何時もなら馬鹿だと揶揄する事も出来たが、今日ばかりはそんな言葉も吐き出せない。
 玲央のとても真剣な眼差しに、深く呑み込まれていた。
 
 
「…………そう」
 
 
 簡素な返事を返しながら、紫苑はバタバタと洗面所へと走る。
 口の中にある歯磨き粉を吐き出してから、冷たい水を顔に叩き付けた。
 昨日から紫苑は玲央を見る度に、胸がとても締め付けられて苦しい。
 冷静さに欠いていると自覚しながら、また冷たい水を顔に叩き付けた。
 こんなに自分の事を思ってくれる人は、この世で玲央だけなのではないかと紫苑は思う。
 けれどその愛情をまだ、信じる訳にはいかないのだ。
 人間は必ず裏切る生き物である事を、紫苑が一番良く理解をしている。
 ある日突然地獄に突き落とされた紫苑は、とても慎重になっていた。
 
 
 玲央はこの時、夜の世界で出会った良くない人間の繋がりとやり取りをしていた。
 紫苑を外に連れ出すために要るものの調達は、裏社会の人間たちでなければ出来ない。
 いずれ真知子にも紫苑の顔を変える事を、お願いすることになるだろう。
 玲央はこの時、粗方の覚悟をとうに決め込んで腹を括っていた。
 国外に逃亡するためのルートの確保も、上手くやらなければいけない。
 今まで遺体の荷物の処理も、骨を隠す事もとても上手にやってきた。
 徹底的にやり遂げて、紫苑と一緒にこの国から出て行く。
 玲央は確固たる意志を胸に抱きながら、必死で裏の人間とやり取りを繰り返す。
 愛とはまさに狂気であるという言葉は、自分の為にある様なものだと玲央は笑った。
 
 
 何時も通りの食事を行おうと紫苑は思い、キッチンに向かって歩みだす。
 玲央の家のキッチンは一切料理をしない為に、とても綺麗な形状を保ったままだ。
 その時に玲央の買ってきた冷凍庫の中を覗き込み、どれくらいで肉が無くなるのかを考えた。
 玲央の家に来て半年という時間が過ぎていた。半年は長いようでとても短いものだ。
 此処に来てから六人の人を殺し、五人はもうあと僅かしか残ってない。
 今一番肉が多いのは大事に食べている苺のショートケーキだ。
 
 
 けれどこれもあと一か月経たずに全て、食べきってしまうに違いない。節約しても保ってもう四ヶ月が限度だと紫苑は思う。
 それに逃亡生活の間に紫苑が食肉を我慢できたのは、約三週間の間だけだ。
 その間も気が遠くなるほどの脱力感に襲われ、身動きを取る事が出来なかった。
 本当に逃げ出す事が出来るのかと考えれば、とても不安で仕方がない。
 肉を切って皿に並べながら紫苑は物思いに耽っていた。
 
 
 リビングに紫苑が帰ってくるのが遅いと思った玲央は、そっとキッチンに歩み寄る。
 冷凍庫の前でぼうっとする紫苑を見ながら、とある事を頭に過らせた。
 
 
『……………稀に確かに突然、ケーキを襲ってしまうフォークは確かにいるの。
愛し過ぎて食べたなんて、良く聞く話だから』
 
 
 泣いている紫苑の顔と真知子の言葉が頭に浮かぶ。
 紫苑が自分以外の人間に対して、今自分が紫苑を狂おしい程愛しいように思っていたら嫌だ。
 過去に誰かを愛した事を想像しても、玲央はとても許せないと感じていた。
 色々な感情が自分の中で渦巻くのを感じながら、玲央は紫苑に歩み寄る。
 冷凍庫の前で座り込んだ紫苑を後ろから抱き寄せれば、目を見開いた紫苑がゆっくりと此方に振り返った。
 
 
「どうしたの玲央………随分甘えるね?」
 
 
 此方を見るなり目を輝かせた紫苑を、玲央はとても綺麗だと思う。
 キッチンの床のフローリングにぺったりと座り込んだ儘、紫苑は玲央に唇を寄せる。
 不安な感情は全て紫苑に触れたら消えてゆく。甘ったるいキスをしながら、恋人の様に笑い合う。
 この時に玲央は紫苑が、小さく小さく心を開いてくれている事を噛み締めた。
 
 
「………うん、紫苑が愛しくて抱きしめたくなっちゃった」
 
 
 玲央の腕に抱きしめられながら、紫苑はとある事を思う。
 もしも本当に彼が自分を連れて逃げてくれたのなら、その時は番になってもいい。
 彼を心から愛してもいい。いや、本当は愛したいのだ。
 心の底から玲央を愛する事が出来る日を祈りながら、玲央の唇に唇を重ね合わせる。
 まるで誓う様なキスをしていると、玲央も紫苑も感じていた。
 
 
 
 
 ルネはとても心の弱い人間であった。
 特に強姦をされて望まない妊娠をして以来、闇に籠るようになる。
 ルネの身体はその一件で、Ωでありながら子供が出来にくい体質になった。
 そんな彼を救ってくれたものは占い。占い通りに事を進めて、乱れた気持ちを落ち着けていた。
 占い師は自分の話を延々と聞き続けて、優しい言葉を掛けてくれる。
 人には言えない趣味だという事は、良く理解をしているつもりだ。
 ホストクラブに勤めるようになった時に、占いにハマるのは良くない事だとは頭で理解していた。
 けれどルネは変わらずに沼から抜け出せていない。
 そして最近とても迎合している占いは、薔薇の花をモチーフにしたロゴの目立つ、エスペラールというタロット占いの店だった。
 
 
「一成様………僕の想い人に災いが降りかかっているように思うのです…………」
 
 
 祈る様なポーズをしながらルネがボロボロ涙を流せば、顔にベールを付けた男が笑う。
 その男は渋谷一成であった。
 渋谷一成はスピリチュアルに興味のある人間を捕まえ、聖ヴェリテに勧誘をしている。
 その片手間で紫苑の事を探すために、街に出ていたのだ。
 紫苑に教祖殺しに罪を擦り付ける事は出来たものの、万が一口を割られたら一成と聖ヴェリテがおしまいである。
 一刻も早く紫苑を見つけ出し、完全にこの世から葬り去らなければいけない。
 そう思いながら、一成は占い師として東京の街に出入りしていた。
 
 
「その方には悪しきものが憑いています………。それを取り払う事は、僕ならきっと出来ますよ………」
 
 
 そう囁きながら一成はとても気を揉んでいた。
 その理由は紫苑の目撃証言が、東京で完全に途絶えたからである。
 様々な包囲網を使って一成は紫苑を探したが、一向に姿を現さない。
 そんな中で偶然出会えたのはルネだった。ホストで占いに迎合するような人間はとても少ない。
 それにルネの働く店にはLEONIDがいる。とても美しい見た目と広い交友関係。人脈もちゃんと存在している。
 そしてΩという珍しい性。全てが一成にとって理想的な存在であった。
 この人間を聖ヴェリテに招き入れたい。美しいΩの存在は、とても甘美なものだ。
 フォークでないΩであれば、あんな猟奇的な事は起こさないだろうと一成は思う。
 
 
「………一成様と玲央さんを引き合わせればいいんですか?」
 
 
 ぱぁっとルネの顔色が明るくなり、目を輝かせて一成を見つめる。
 その時にヴァニラシトロンのネメシアの香りが漂った。
 Ωのフェロモンの匂いは、とても花の香りを思い返させる。
 紫苑は発情期が来なかったけれど、フリージアによく似た香りを漂わせていた。
 今だかつて紫苑と同じフェロモンのΩには、出逢っていないと一成は思う。
 紫苑のフェロモンの匂いであれば、残り香でさえも良く覚えている。今だって絶対に忘れることは無い。
 自分の手を奪って消えた美しい化物の匂いを、一生忘れられるはずがない。
 
 
「そうですね………僕が彼に会う事さえ出来れば良いです」
 
 
 一成はこの時に、とても良いパイプを手に入れたと感じた。
 上手くやれば人脈を更に増やす事が出来る。この美しいΩを利用して聖ヴェリテを回して金を稼ぐ。
 そして邪魔な紫苑を殺す事が出来たら、何も怖いものはない。
 邪悪な感情を心の中に忍ばせながら、一成は恰も清廉潔白と言わんばかりな笑みを浮かべていた。
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