嗚呼、なんて薔薇色の人生~フォークのα×フォークのΩの運命論~

如月緋衣名

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第五章 Je t’aime à la folie

第二話

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 店にあるパソコンの画面をぼんやりと見つめながら、玲央はケーキ連続殺人事件について調べていた。
 何も気にしていないフリをしつつも、テレビに出ていたモザイクの男がどうしても気になったのだ。
 紫苑の事を良く知っている人間は今、この世界中で一番は自分だと思っている。
 けれどこうも「僕はとても紫苑を解っています」とばかりに出てきた男を、玲央が気にならない訳が無かった。
 
 
「………珍しいですね、玲央さんがオープンからいるの」
 
 
 小次郎がそう言って玲央の肩越しに画面を覗き込む。
 昨日のニュースらしき動画をマウスでクリックして、玲央は作り笑いを浮かべた。
 
 
「同伴しないで出勤するのも、新鮮かなって思ってさ。三年ぶり位だからね。オープンから居るの」


 普段なら大体同伴で出勤をしているけれど、今日は珍しく姫の仕事の都合で同伴が無くなる。
 後で埋め合わせで店にくるとは言われている。だから玲央は全く怒っていなかった。
 別に他の同伴を捩じ込んでも良かったが、こういうタイミングでもなければ、紫苑が嫌がった男の事は探れない。
 暇潰しをしている風を装いながら、動画サイトからニュースを流して耳を傾けた。
 
 
『僕が手を失ったのは、彼の危険な捕食衝動のせいです。
フォークとして目覚める前の彼はとても、優しくて可愛らしかった………』
『一番最初の被害者の事は、後から聞かされました。
僕が手を失った時には、既に殺されていた』
 
 
 保護音声でぼかされた声の、画面の向こう側にいる男の話に耳を傾ける。
 この時、玲央はなんとなく腹立たしい気持ちになっていた。
 独特の間合いで話す男に不快感を感じながら、男の着ている服を見つめる。
 それが宗教着だった事に玲央は気付いた。
 胸元に小さく輝く金色の薔薇モチーフのバッジが、自棄に視界に入った。
 一体どこのインチキ宗教野郎だと思いつつ、またフォークの事を考える。
 フォークとして生きている玲央からすれば、フォークが理由なく発狂する方が理解が全く出来ない。
 何故なら玲央はフォークとして発狂したことがないのだ。
 ケーキの女の身体を舐めまわしたことは多々あるが、食べたいと迄衝動を感じたことはない。
 αに関してだって身体を止められなかったのは、紫苑たった一人だけである。抑制はちゃんと出来ていた。
 
 
 それにそもそも玲央は紫苑と一緒にいながらも、ケーキの肉を口にいれたいとは思わなかった。
 紫苑に出会ってケーキの殺害を手伝うようになったけれど、玲央は肉を口にはしていない。
 肌と唾液と血だけで十分満足出来てしまうのだ。
 元々人の形のものを口に運ぶ事は玲央には抵抗がある。
 人を殺す環境にももう慣れた。それに苺は玲央がとどめを刺した位だ。
 けれど人の形を為している肉を口にすることだけは、自分がするのは受け入れられない。
 紫苑がするのは美しい。一生見ていられる位に可愛らしい。
 額に入れて飾っておきたいくらいに甘美だ。でも自分が人の肉を食べるのだけは、どうしても受け入れられない。
 
 
 これではまるでフォークであれば、人を襲うといわんばかりだと玲央は思う。
 それに玲央と一緒にいる紫苑が、玲央の前で発狂して見せたことは一度もない。
 たった一度でも発狂する瞬間を垣間見れてさえいれば、言っている事に納得が出来た。
 けれど玲央の目の前で、紫苑が狂った事は一度たりとも無かったのだ。
 胸に妙な痞を感じた時とある言葉で我に返った。
 
 
「ルネが発情ヒートで休むそうですね」
 
 
 丁寧にグラスを拭く蘭丸がそう言って、棚に拭いたものを綺麗に並べてゆく。
 そういえば普段ならばその作業は、ルネが毎日やっているものだと玲央は思った。
 ルネはこのホストクラブで一番の新人だ。本来ならこういった雑務は、ルネがやらなければいけない作業だ。
 
 
発情ヒート、って俺よく解らないけど、休む位だから余程大変なものなのかな?」
 
 
 小次郎がそう云いながら、シャンパンの在庫を確認している。
 すると小次郎の言葉に対し蘭丸が溜め息を吐いた。
 
 
「Ωの匂いでαがおかしくなるんですよ。
フェロモンレイプとか、よく聞く単語じゃないですか。
…………凄く大変なのは頭で解ってるんですけれど、突然休みとかスケジュールが変わるとバタバタはしますよね」
 
 
 Ωは余りちゃんとした職業に就くことが出来ない。学校だってそうである。
 Ωを社会的に不利にしている要因といえば、発情期だ。
 ルネはとても真面目で良い子だが、彼もまた発情期が安定しないタイプのΩである。
 時折こうして緊急の休みを取ることになるのだ。
 
 
「そんなヤバイんだ………。
この時期が発情ヒート期って解ってると、バタバタしないで済むのになぁ……。
よくないの解ってるけど、たまに苛々しちゃうというか……」
 
 
 瓶を並べる小次郎が溜め息を吐き、困った表情を浮かべている。
 そういえば本来なら今日、小次郎は休みの筈だった。Ωは発情でαにもβにも負担を掛けがちだ。
 フォークとΩの社会的な扱いはとても低く、差別をされる。
 特にΩの場合は、発情ヒートで人を巻き込んでしまうのが問題視されるのだ。
 
 
「Ωのヒートは本当に大変だからさ、余り怒らないであげて?
昔ルネ、此処で発情ヒート起こしちゃった事あって大変だったんだ。その事もあって、僕等の為にも休んでもらってる。僕とか、αだからさ。
………小次郎は忙しいのに、本当に変わってくれてありがとうね!」
 
 
 玲央がそう言って微笑めば、蘭丸と小次郎が慌てて取り繕う。
 
 
「………すいません、玲央さん!!そんな事も知らずに………!!」
 
 
 玲央に向かって頭を下げる二人に対し、悠々と微笑みを浮かべる。
 その場を諌めた玲央は、小次郎と蘭丸の手伝いをし始めた。
 玲央に手伝われて困る小次郎と蘭丸を、時折笑いながら和やかに店をオープンさせる。
 今夜も最高の夜にしようと玲央は思った。
 
 
 乱獅子ルネが玲央に恋したのは、その日が切っ掛けだった。
 ルネが店に入って約一ヶ月目、勤務中に突然の発情ヒート期を迎えた。
 突然フェロモンの芳香が店中に漂い、軽いパニックが発生する。
 その時にαのホストは玲央以外に二人、客は女性で二人いた。
 
 
「………此処に発情ヒート期のΩがいる!!探せ!!何処にいる!!」
 
 
 ラット状態になり発狂するαを横目に、玲央だけがたった一人理性を飛ばさずにフェロモンに耐える。
 玲央は喧騒の中で、バーカウンターの中で倒れているルネを見付けた。
 
 
「………ルネ!!」
 
 
 玲央がルネの名前を呼べば、発情ヒートの状態でフラフラのルネが目を潤ませて玲央を見上げる。
 ルネの身体を抱き上げながら、玲央は問いかけた。
 

「………抑制薬は何処にある?」
 
 
 息を乱して身体を震わせるルネは、玲央にすがり付いて囁く。
 
 
「更衣室………ロッカーにあります…………」
「解った。じゃあ、僕を信じて僕に身体を預けて。
僕は絶対に君にいやらしいことをしない」
 
 
 玲央はルネの身体を更衣室迄抱き抱え、喧騒の中を駆け巡る。
 誰が発情をしているのかが明るみになれば、ルネの身体が絶対に危ない。
 発情ヒート期のΩの場合は犯されても強姦罪は適応しない。
 玲央はどうしてもその時、ルネを守りたいと感じていた。
 
 
 玲央がルネを守りたいと思った理由は簡単で、紫苑がいたから。
 Ωの辛さは十分過ぎる程に、紫苑の存在で感じる事が出来たのだ。
 この頃は紫苑と暮らし始めてまだ一月。紫苑は玲央に対して、一切慣れてなんていなかった。
 身体を重ね合わせる行為をしておきながらも、その度に紫苑はプライドをズタズタに傷付ける。
 悲しませたくて抱き合っている訳ではないのに、身体ばかりはどうしても求めあってしまう。
 性に慣れる迄の紫苑の睨むような眼差しを、玲央は忘れられなかったのだ。
 それに運命の番に出逢ってしまっている玲央には、ルネのフェロモンは余り大したことがない。
 それなら玲央が率先してルネを守るのが一番良かった。
 
 
 誰も居ない更衣室にβの従業員を引き込み、ルネを預けてドアの前に立つ。
 抑制薬が効いたルネが出てきたのは、それから一時間後の事だった。
 
 
「僕昔発情ヒートで、強姦されて妊娠してるんです………。無理矢理番にはされないで済みましたが………。
だからαの人にこんな風に守って貰ったの初めてで………」
 
 
 玲央の前でボロボロ涙を流すルネの頭を、優しく撫でながら労ってゆく。
 この性は好きでフェロモンを撒く訳ではない事は、紫苑を見ていればよく解った。
 
 
「辛かったね、ルネ。少しお休み。辛い時期が終わったら、また逢おう……」
 
 
 そう言って微笑んだ玲央に涙顔で笑い返したルネから、ヴァニラシトロンのネメシアの香りが漂った。
 玲央に向かってこくりと頷いてルネは店から出てゆく。玲央はこの時に恋をされたことに気付いた。
 ルネは良い子でとても可愛い。ルネを見ていると殺人を犯さなかった紫苑はきっとこうだったと、重ねて見てしまうのだ。
 
 
 心の弱いルネが頑張れるように、乱獅子の名前をあげたのも玲央。
 ルネはその名前を宝物のようにして、大事に使っている。
 ルネは玲央がその頭を撫でれば、まるで神様が撫でたように笑う。
 その度に玲央は嬉しい反面こう思うのだ。この手のひらはもう、大分血で汚れている、と。
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