嗚呼、なんて薔薇色の人生~フォークのα×フォークのΩの運命論~

如月緋衣名

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第四章 Si tu ne m’aimes pas, je t’aime

第一話 ★

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 彼の好きだったところは、誰のものにもならない所。
 それは決して自分のものにもならないけれど、永遠に好きでいられると思えるから。
 この関係性なら絶対に終わる筈がないと、苺と呼ばれる女は長らく信じていた。
 その確信が崩壊したのは何時の事だっただろうか。最初は自分の誤解だと思っていた。
 けれど大好きだった彼が吐いた嘘にしては、それは余りにも優しくないものの気がしたのだ。
 
 
 玲央の帰ったホテルの中で目を醒まし、起き上がると同時に枕元にあるゴミ箱をひっくり返す。
 今朝の情事で使ったコンドームが包まれているであろうテッシュの包みを探し出し、開いて中身を探る。
 ピンク色のコンドームをテッシュの中で広げれば、中には白濁は入っていない。
 中身が漏れた形跡もなく、ただただ付けて外しただけの印象を覚える。これは確実に射精をしていないと苺は思った。
 
 
「…………やっぱり、玲央、イってないじゃん………」
 
 
 空のコンドームを指先で摘まみ、鼻で笑う。わざとそれを光に透かすように見ながら、小さく舌打ちをした。
 玲央と抱き合いながら、彼女は犇々と感じていた事がある。
 今の彼の目の中には、間違いなく誰かひとりが映し出されているのだ。
 自分と愛し合う素振りをしながら、玲央は誰か別の人を見ている。
 前なら玲央は必ずその瞬間だけは、苺を愛してくれていた。
 まるでこの世界に自分と玲央しか存在していないかのような、甘い甘い夢に連れて行ってくれる。
 けれど今の玲央にはそれが無いのだ。自分を一切見ていない。この日、苺の中での玲央に対する神話が崩れた。
 
 
 そして彼女はこの瞬間に、玲央の心を奪った女に興味を持ったのだ。
 玲央に抱かれたままの身体で服を着直し、髪を結いあげる。
 トレードマークのツインテールに赤いリボンを結んだ。
 一番可愛い自分の姿になれるのは、高く結んだツインテールだと信じている。
 鏡に映った自分の姿を見て、こんなに可愛い自分を無視して、玲央は誰に現を抜かしているのだろうかと苺は思う。
 元々の玲央を知っている身としては、前の玲央の方が苺は大好きだったのだ。
 とてもとても苺を可愛がってくれた、玲央。その玲央を取り返したいと思っていた。
 玲央を元に戻す為には今、玲央が現を抜かしているであろう女を潰す以外に道はない。
 午後の日差しに照らされながら、玲央と身体を重ねたホテルから出てゆく。
 頭の中で答えが見つかった苺は、とても晴れやかな笑みを浮かべた。
 
 
 ケーキの肉を口に運ぶ紫苑を、玲央はじっと見つめている。
 一切よそ見をするような真似をせずに、穴が開くほどじっと見つめているのだ。
 フォークとナイフを器用に使いながら、形のいい唇の中にそれを放り込んでいく。
 紫苑の食事の所作はとても美しく品があるのだ。
 指先で摘まんで食べる時もあれば、さっきの様にフォークとナイフを使う事もある。
 紫苑はどの所作で食事を平らげていたとしても、とてもとても美しい。
 食べられたいとまで思うほどに綺麗なのだ。
 
 
「はぁ………いいなぁ………紫苑に食べられるケーキの子は………紫苑の血となり肉となれるんだろ……?」
 
 
 そう言いながら憂い気に溜め息を吐いた玲央を、紫苑は呆れた表情を浮かべて睨み付ける。
 食事の最中も見つめられ続けるのは、正直とても気分が悪い。
 見られ続けると落ち着かないものなのだ。
 紫苑はその玲央の行為に、正直とてもうんざりしていた。
 
 
「………この女たちは別に、俺には食べられたくはなかったと思うけど?」
 
 
 今紫苑が食べているのは、先日殺したアップルパイの女である。
 玲央に抱かれたくてついてきた女たちを、紫苑が殺して食糧にするのが常だ。
 性的に食べられるつもりが、意図しない人間に物理的に食べられる。
 それは一切望んでなかっただろうと紫苑は思う。
 けれど玲央は深く溜め息を吐き、紫苑の向かい側で頬杖を突いた。
 
 
「僕は君の一部になれる彼女たちが、心から羨ましくて仕方ないよ………」
 
 
 そう言いながら本気で落ち込む玲央を横目に、紫苑は馬鹿にした様な笑みを浮かべた。
 フォークの人間がケーキに嫉妬をしているかの様に話し始めるのが、紫苑には一切理解が出来ない。
 紫苑にとってケーキというものは、ただの捕食対象に過ぎないのだ。
 
 
「お前がケーキだったなら、食ってやっても良かったけどね?特に苺のショートケーキとか珍しいフレーバーのなら最高。
………まぁ、フォークじゃなかったら、人の肉なんて食ってないけど」
 
 
 そう言いながらわざと乱雑に、高級そうな皿の上に金色のフォークを叩き落とす。
 空になった皿の上には、赤い血の跡が残されていた。
 その様も玲央にはとても美しい絵画の様に思えて、うっとりとした目をして微笑む。
 紫苑はこの時に玲央に対して、この男は自分が何をしていても美しいんだろうなと感じた。
 今思えば、人を殺している姿でさえも綺麗と答えた男である。
 彼は頭がおかしいと改めて紫苑は思った。
 
 
 気違いには付き合っていられないと、紫苑は皿をそのままに席を立つ。
 定位置のテレビの前に移動して、ソファーの上にどかっと座った。
 ゲームを始めた紫苑の後ろ姿を目で追いかけながら、玲央はなぜ自分はケーキじゃないのだろうと感傷に浸る。
 もしもケーキであったのならば、紫苑に全てを食い尽くされたかったと玲央は思う。
 ケーキの女の子達が好きな男がフォークだった時に、頭の天辺から足の爪先迄食い尽くされたいと良く語る。
 紫苑に頭の天辺から足の爪先迄食い尽くされる妄想をすれば、確かにそれはとても素敵な事に感じられた。
 頭から紫苑に喰われるというイメージは、とても甘美で耽美に思えるのだ。
 けれど玲央はほんの少しだけ、紫苑に対して不満があった。
 苺のショートケーキが、玲央にとってはそんなにいいものに思えないからである。
 
 
「……ねぇ、なんで紫苑は苺のショートケーキって言いだすの?」
 
 
 玲央がそう問いかければ、ゲームをする紫苑の背中が返事を答える。
 
 
「苺のショートケーキは、本当に出会えた試しがないんだよ。一生に一回で良いから食べてみたい位に憧れる。
残り香でしか嗅いだことが無いしさ。苺だとかフルーツの匂いのケーキは数が少ない」
 
 
 普段ならあまり口数が多くない紫苑が、物凄い勢いでべらべらと語る。
 その様を見ながら、玲央はほんの少しだけうんざりしていた。
 何故なら玲央には手持ちの客に、苺のショートケーキの女が存在しているからだ。
 こうして紫苑とやり取りしている最中も、苺からは弾丸の様にメッセージが届く。
 先日のホテル以来、苺の依存度が高くなっていると玲央は感じている。
 前ならこんなに執着したようにメッセージを送ってこなかった筈だ。
 今明らかに苺は、何かを察しておかしくなっているに違いない。
 
 
「…………苺のショートケーキなんて、そんなにいいものかな………」
 
 
 玲央がそう嘆きながら携帯ケースを閉じれば、紫苑は間髪入れずに返事を返す。
 
 
「良いものだよ。俺は一生に一回でも良いから出会いたい。出会えてる玲央が羨ましい位。
出逢えたなら、大事に大事に食べつくしたい………」
 
 
 まるで発情ヒート期の時の声色を思い出させるほどに、紫苑が甘い声を出す。
 ただでさえ苺に嫌気が差している玲央にとって、紫苑の苺のショートケーキに対する執着は憎たらしい。
 紫苑が憎い訳ではなく、巡り巡って苺が憎いとさえ思う。
 しかもあの紫苑が大事に大事に食べつくしたいと迄、口から溢す程なのだ。
 憎たらしい事この上ないと玲央は思う。
 
 
「…………へー?」
 
 
 思わず不機嫌になった玲央は、苺から来ているメッセージの返信を止める。
 携帯カバーを乱暴に閉じながら深いため息を吐いた。
 すると珍しく不機嫌になった玲央を横目に、紫苑が揶揄するような眼差しを送る。
 明らかにイライラした表情を浮かべる玲央は、紫苑にとってはとても面白いものだ。
 それでも鳴り止まない携帯を、玲央は溜め息を吐いて睨み付ける。
 玲央の携帯には苺からの、明日店に行くという一報が入っていた。
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