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第二章 Le plaisir est comme la douleur édulcorée

第一話 ★☆

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 黒いアルマンドの空瓶が逆さになってペールの中に入っている。それを横目に今日は、朝まで家に帰れないと覚悟を決めた。
 黒髪前髪ぱっつんのロングヘアの女が玲央の隣に座り、不敵な笑みを浮かべている。
 ピンク色のふわふわしたフリルのブラウスに、黒いふんわりとしたスカート。
 彼女の事を玲央は『苺』と呼んでいた。苺はエースとまではいかないが、玲央の古くからの客の一人だ。
 こう見えて彼女はソープのナンバー1である。そしてその名前の通りに、苺の匂いを漂わせていた。
 苺は純血のケーキの女だ。苺のショートケーキのフレーバーをした、珍しい香りのケーキの女。
 苺はそれを自覚しており、フレーバーを武器に自らを上手く売り物にしている。
 
 
「ねぇ玲央、今日500使うから、朝まで付き合ってくれるよね……??」
 
 
 そう言いながら玲央の腕に腕を絡ませる苺に対し、玲央はとても心を病ませている。
 紫苑が部屋に居つくようになって以来、女を抱くのに気が咎める様になったのだ。
 家には可愛い紫苑がいるというにも関わらず、時折仕事の都合で女の事を抱かざるを得ない。
 恋を知ってしまった玲央は、昔の様に割り切る事が上手く出来なくなっていた。
 それに苺の勘はとても鋭く、最近玲央がつれない理由は本命がいるからだと予想済。
 だからこそ今日は大枚をはたいて、店中のシャンパンを空にすることに決めたようだ。
 玲央に切られないように、自分が使える女であるとアピールをするにはこれが一番早い。
 苺のする愛情表現は、金を使った暴力そのものである。
 普段ならのらりくらりとかわしてこれたアフターも、今夜ばかりは逃げられそうにない。
 玲央に申告していた通りにきっかり500万という金を積み上げ、苺は可愛らしい笑みを浮かべる。
 その隣で玲央は作り笑いを浮かべながら、味のしないシャンパンに口を付けた。
 
 
「うん、今夜はずっとそばにいるね………」
 
 
 ズキズキ痛む心を抑えながら、玲央は苺の肩を抱く。苺を抱く腹を括った玲央は、罪悪感で虫の息になっていた。
 自宅のパソコンに帰れないとメールを送り、静かに携帯のカバーを閉じる。けれど紫苑から返事が返ってくることは基本的に無いのだ。勿論この日も一切連絡は無い。
 ラストソングを歌う玲央は最早、虚無の状態だった。
 紫苑は自分以外の人間を玲央が抱こうが、余り気には留めていない。
 強いて言うなら身体でも何でも使って、殺していいケーキの女を調達して貰えた方が嬉しいのだ。
 せめてポーズだけでも嫉妬をして欲しいと思いながら、心の中で溜め息を吐く。
 そして泣く泣く苺を抱くためのホテルの予約を入れた。
 
 
「じゃー玲央、お出かけいこうねー!!」
 
 
 苺に引きずられるかの様に店から出て夜の街に繰り出す。
 苺は幸せそうな笑みを浮かべて、玲央の腕に腕を絡ませた。
 そんな苺を横目に、セックスが出来る気がしないと心から思う。
 最終手段で苺の身体を使って、紫苑を思って自慰をしようと考えていた。
 上がらないモチベーションを上げる為に、初めての紫苑とのセックスを懸命に思い返す。
 あの日の事を頭に巡らせるだけで、心が薔薇色に染まる気がすると玲央は思う。
 紫苑と初めて交わった思い出は、玲央にとってはかけがえのない一生の思い出なのだ。
 
 
 
 
 
 紫苑はフォークでありΩ。
 差別をされる性の塊のような存在の彼は、ケーキを殺す殺人犯として指名手配されている。
 そしてこの時紫苑は自分の身体が、発情した事に気付いていた。
 紫苑は恋を知っている。けれど今の感覚は明らかに恋なんかではない。
 犯されたくて、孕まされたくて、頭がずっとクラクラしている。これは恋なんかよりもっと邪悪で業が深い。
 十分な栄養を与えられずに育った紫苑は、この時Ωとして初めての発情ヒートを迎えた。
 フォークとしての欲情は知っている。けれどΩとしての性の目覚めは、この時が初めてだった。
  
 
 高級そうなスーツを脱ぎ捨てた玲央は、紫苑に自らの肉体を晒す。
 目の前の引き締まった肉体は、とても蠱惑的に感じられて紫苑は思わず唾を飲んだ。
 自分がこんな風に誰かの身体に欲情するなんて、一切想定してない事だった。
 玲央の逞しい腕が伸びて紫苑の身体を抱き止める。
 こんな下劣に快楽を身体が求めようとしているなんて、これっぽっちも信じたくないと思う。
 それでも紫苑の入り口はもう、愛液でぐしゃぐしゃに濡れていた。
 
 
 玲央は紫苑の唇を激しく貪り、紫苑もそれに応えるように無我夢中に舌を絡ませる。
 バスルームの床に紫苑の身体を寝かせ、弄りながら血に塗れた肢体を撫でてゆく。
 血塗れの美しい美青年の身体を貪る度に、玲央の身体も血で汚れていた。
 時折冷静になった瞬間に、自分が誰と何をしているのかを理解するのだ。
 さっきあったばかりの知らない男。それなのに混じり合いたくて仕方がない。それに傍らには抱き慣れた女の血塗れの遺体だ。
 何もかもが狂っているにも関わらず、紫苑を抱く手は止められなかった。
 
 
「……凄い良い匂い………こんなに濡れて………」
 
 
 玲央が紫苑に覆い被さるようになり、入り口を指先で撫で上げる。
 自分の入り口から粘液が糸を引いた時、自分の身体が自分のものではないようなそんな感覚に襲われた。
 この中に熱が欲しい。熱くて熱くて仕方がない。身体に鳥肌が立つような感覚は、とても心地よくて恐ろしい。
 ぐちゃり、と音を立てながら玲央が紫苑の中を探る。
 その瞬間紫苑の頭の中で何かがぱちんと音を立てて弾けるような、とてつもない快楽に襲い掛かられた。
 
 
「あっ………!!あ……なにこれ……!!もっと、もっとして………!!」
 
 
 水音を響かせる様に指先を出し入れされれば、ぞわぞわと身体の奥から快楽が滲み出る。
 もっと欲しいと思ってしまった瞬間、更に愛液が染み出すのを自覚した。
 こんな風に快楽を貪る自分が一切理解できない。けれど、もっとして欲しいとしか思えなかった。
 
 
「ひ……ぁ!!!」
 
 
 訳も解らない儘で初めての絶頂を迎え、愛液を垂れ流して腰を震わせる。
 するとラットの状態の玲央が紫苑の脚を開かせた。
 
 
「もっと楽にしてあげるから………」
 
 
 犯されると紫苑は思った。頭は恐怖でいっぱいなのに、身体ばかりが駆り立てられる。
 αのものはΩを確実に孕ませる為に、とても大きいと噂では聞いていた。
 けれど直下立った玲央のものを見れば、これが自分の中に入るとは到底思えない。
 
 
「え……あ………むり………そんなのはいらない………!!」
 
 
 口でそんな風に嫌がっておきながらも、紫苑の身体は玲央のものを見れば溢れ出す。
 本能は欲求に忠実で、その大きなもので孕ませられることを渇望していた。
 玲央の先が紫苑の入り口を広げ、奥に向かって滑り込んでゆく。
 玲央の鍛えられた肉体の胸元が汗で光沢を帯びていた。
 
 
「ん………あぁっ!!おっきい………!!こんな……こんなのだめ………!!」
 
 
 圧迫感と違和感と恐怖感。その上に被せられた「快感」に身体の芯が震え出す。
 何かに乗っ取られているかの様に犯されながら、紫苑はあることを思い出していた。
 カタツムリに寄生する寄生虫は、鳥に食べられる為にそのカタツムリの脳を弄る。
 操られ明るみに出され、食べられる様に動かされるのだ。
 この感覚を例えるとすればきっと、その感覚と同じに違いない。
 身体を完全に何かに乗っ取られているような、そんな気がした。
 
 
「あ…………!!酷くしたら……ごめん………!!意識が飛びそうなんだ………!!」
 
 
 そう囁いて玲央が紫苑の身体を抱き寄せ、唇を重ね合わせる。
 紫苑は熱と快楽に溺れ朦朧とする意識のまま、玲央に抱かれて揺さぶられる。
 肌と肌がぶつかる音が響き突き上げられる度に、快感で意識が吹き飛ぶ。
 好きでもないさっきあったばかりの人に、脚を開いてこんな事をしている自分が受け入れられない。
 この時紫苑は心から、汚されたような気持ちになっていた。紫苑の身体はこの日迄純潔だった。
 そんな感情とは裏腹に身体は快楽を貪り続ける。玲央の上に乗り上げて自分から腰を乱して溺れてゆけば、自然と涙が溢れ出た。
 この快楽と情欲は我慢するのも耐え難い。気が狂ってしまいそうになる。
 玲央は涙を流した紫苑の頬を優しく撫でながら、甘い声色で囁いた。
 
 
「………嫌??」
 
 
 紫苑は首を左右に振り、更に快楽を貪る様に玲央にすがり付く。
 この目の前にいる人形のような美しい男が、嫌な訳では無かった。
 彼が嫌だと思っていたのは、浅ましく絶頂を迎える自分の身体だ。この時、玲央も紫苑も理性を失くしていた。
 狂った様に何度も求めあったことばかりは解ってはいたが、何をして何をされたかという細かいことは思い返せない。
 玲央と身体を繋げる事は、とても怖いくせにとても心地が良かったのだ。
 どれくらいの時間が過ぎたのかは良く解らない。ただ我に返るまで、二人で交じり合っていた。
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