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第二章 Le plaisir est comme la douleur édulcorée

第三話 ☆

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 面倒くさくなれば殺せばいい。そう思いながら紫苑は玲央の様子を見ていた。
 どうせ口だけで何もできやしないと思っていたけれど、彼は本当にケーキの女を自分に捧げたのだ。
 この男は本当に共犯になるつもりで、自分と一緒に生きている。頭がおかしい男だとは思うが、信頼はしているつもりだ。
 これ位の飴位は与えてあげても良いと、紫苑は時折思うのだ。玲央は面倒臭い。それでも紫苑には多少、玲央を大事にする意味がある。
 紫苑は今、玲央に飼い慣らされている自覚があるからだ。
 
 
「…………俺のハジメテって、思ってたより価値あったんだなぁ」
 
 
 ふかふかのベッドの上で寝転びながら、紫苑がしみじみと呟く。
 一日三食昼寝付きどころか眠り放題。テレビもゲームもパソコンも、玲央が紫苑に買い与える。
 一言だけ「あれが欲しい」と口にさえすれば、玲央が金を積んで全てを手に入れてくるのだ。
 最初はどうなるかと思っていた生活も、住めば居心地が余りに良くて手放せない。
 この時紫苑には、自ら玲央の元を出て行く選択肢は一切存在していなかった。
 
 
 紫苑の生活はまるで、部屋で飼われている血統書付きの猫を思わせる。
 とんでもない溺愛ぶりだと、紫苑自身も玲央に対して思っていた。
 頭の天辺から足の爪先まで玲央にコーディネートされた服を着て、玲央が選んだ殺しても良さそうな女を殺す。
 飼い慣らされているのはとても不愉快だが、この生き方が一番無駄がない。
 何よりもう此処にきて五人も殺しているけれど、全て玲央の準備した冷凍庫に食肉として保存出来た。
 遺体をその場に残さないで済むのは、事件にならないから最高である。
 遺体さえ見付からなければ、殺した人間は行方不明者の扱いで済むのだ。
 シャワーで身体を清めた玲央が、さっきまで落ち込んでいたとは思えぬ様子で紫苑を見つめる。
 紫苑のぼやきを微笑ましく聞きながら、絹の様な髪を乾かしてドライヤーをドレッサーに置いた。
 ふかふかのベッドに乗り上げた玲央が、満足そうな笑みを浮かべる。
 
 
「僕が紫苑の身体を初めて抱いた人間なんて……本当に光栄だなぁって思ってる………!!」
 
 
 そう言いながら幸せそうに笑う玲央を横目に、紫苑は心底冷たい視線を送り付ける。
 それから呆れた様に溜め息を吐いて、わざとらしく舌打ちをしてみせた。
 
 
「………俺はお前を選んで抱かれた訳じゃないから。事故だろ?あんなセックス。
家に着いて来たのだって、喰いっぱぐれなさそうだからついて来ただけ。
勘違いしないで………」
 
 
 紫苑は利用していると言わんばかりに、口から言葉を投げつける。
 けれど玲央は余裕な様子で微笑んでいた。
 まるで本当の気持ちを俺は解っているとでも言いたげに、自惚れた人間独特の笑みを浮かべる。
 紫苑はその表情を見ながら、心の底からうざいと感じていた。
 そっぽを向こうとした紫苑の頬を、両手で引き寄せて啄むようなキスをする。
 見透かした様な眼差しで、紫苑の目を覗き込んだ。
 
 
「あのね紫苑………本当に利用してる人間には、利用してるだなんていえないから………!!
………紫苑が僕を好きだって、今感じちゃった!」
 
 
 玲央がそう返答を返した瞬間に、紫苑は思い切り呆れた表情を浮かべる。
 この時玲央は利用している人間として、苺の事を思い浮かべていた。
 玲央の紫苑に対しての感情は、前向きで正直一切屈しない。
 別に紫苑は玲央に好きだとも愛しているとも言っていないのに、心は自分の元にあると玲央は信じて疑わない。
 一体何処からその根拠のない自信が来ているのだろうと、紫苑はいつも思う。
 けれど内心紫苑は玲央を、愛しいと思わない訳ではない。
 抱かれている最中に愛しさに包まれることだって、本当は屡々あることだ。
 けれど紫苑はそれを「フェロモンの魅せる幻想」だと思っていた。
 
 
「自惚れんな、バーカ!!」
 
 
 紫苑がそう言いながら玲央の唇に甘噛みすれば、益々幸せそうな笑みを浮かべる。
 腹立たしいと思いつつ、紫苑はそれを口付けに切り替えた。
 運命の番が出会えば100%の確率で番を結ぶというけれど、玲央を愛する自分の姿を紫苑はまだ想像出来ない。
 どれだけ身体を交じり合わせても、想像さえ出来ないのだ。
 時折感じるときめきの理由は、Ωという遺伝子の都合なんじゃないかと思う。恋じゃない筈だ。
 けれどそれでも自分の中に玲央のものをいれたくて仕方がない。
 紫苑にとって玲央はあくまでも、欲を満たす為の玩具のひとつみたいなものだ。
 
 
 性欲にロマンティックな言葉を付けたものが、世にいう愛や恋なのではないだろうか。
 そしたら世界中に転がるロマンティックな言葉も、たちまち卑猥な言葉に成り下がる。
 そう感じながら紫苑は玲央の顔の前で、履いている下着に手を掛けた。
 身体中が沸騰しそうになるくらい、血が沸き上がってくる不思議な感覚。
 最初は戸惑いがあった軽い発情ヒートの感覚も、回数をこなせば慣れてくる。
 紫苑にとって玲央に抱かれることは当たり前で、それなら発情ヒートに身を任せて理性を飛ばした方が楽だった。
 ふかふかのベッドの上に立ち上がり玲央を見下ろす。
 焦らす様に滑らせながら下着を脱いでいけば、玲央がその光景をじっと見つめてフフッと笑う。
 
 
「………本当、絶景」
 
 
 溢れだした愛液から漂う、香り高い花に良く似た匂い。
 玲央は紫苑の直下立ったものにキスをしながら、濡れた入り口に指を這わせた。
 
 
「あ………!!」
 
 
 紫苑のものに舌を絡ませながら口に含めば、フリージアに似たフェロモンの薫りが強くなった。
 紫苑はケーキじゃないけれど、何処を舐め回しても美味しいように感じられる。
 玲央の肩に掴まる様にしながら立っている紫苑の脚が、ガクガクと震えて腰が砕けた。
 華奢な身体を抱き止めながら、玲央は花の薫りに耽溺する。
 紫苑の匂いに包まれた玲央はただ、幸せを噛み締めていた。
 
 
「僕の紫苑…………!!世界で一番かわいい、僕だけの紫苑…………!!」
 
 
 この男のものになったつもりは無いと紫苑はぼんやり思いつつ、玲央にされるがままに愛される。
 紫苑は玲央の囁く愛の言葉には一切返事を返さず、静かに目を叛けた。
 玲央の膝の上に乗る様な形になりながら、玲央に身体を預ける。
 発情が進めば進むだけ身体がゾクゾクするのが、段々加速してゆく気がした。
 わざと焦らす様な愛撫の仕方がじれったく、紫苑は息を乱しながら玲央に強請る。
 
 
「………もっとして………もっと気持ち良くなりたい………」
 
 
 可愛らしく甘えてみれば、玲央はそれに乗せられたかの様に紫苑の中に指をねじ込む。
 玲央の腕に縋り付いた紫苑の身体が、大きくびくりと跳ねあがる。
 紫苑の中にある一番弱い所を慣れた手付きで責め立てれば、生意気だった紫苑がとてもしおらしく玲央に縋った。
 目を潤ませて小さな吐息交じりの嬌声を上げて、玲央の身体に爪を立ててゆく。
 まるで子猫の様だと、玲央は微笑ましく思っていた。
 
 
「イって……沢山イって……愛してるよ紫苑……世界で一番……」
  
 
 また愛しているなんて言葉を吐いていると紫苑は思う。
 とてもうるさい唇だと思いながら、黙らせる様にキスを繰り返す。
 さっき迄この世の終わりみたいな顔をしていた男が、今じゃ楽園の中に居るみたいだ。
 ちゅっ、というリップ音と水音を響かせられていれば、紫苑の意識は混濁してゆく。
 愛してなんていないけれど、玲央とのキスは眩暈がするほど気持ちがいいのだ。
 必死で声を抑えていた紫苑の唇から、甘ったるい声が零れた。
 
 
「あ……!!あっ!!いく……!!あぁあっ!!!!」
 
 
 上気した表情と汗で湿った身体。紫苑から指を抜けば、指先にはべったりと蜜が絡みついていた。
 玲央の膝の上で無抵抗になった紫苑をみて、愛しさが溢れて止まらない。
 玲央にとって紫苑はとても、愛らしくて愛らしくて仕方がないのだ。
 目に入れても痛くないと思う位に、何をしていても愛しい。それは人を殺していても。
 玲央にとって、こんなに人に執着をしたのは生まれて初めての事だった。
 
 
 紫苑がベッドの上に這い、腰を突き上げてシーツを握り締める。
 革で邪魔をされた首筋にキスを落としながら、玲央は項に噛み付きたいと思っていた。
 此処に噛み付いて自分だけの番にさえしてしまえれば、一生自分の元に捕らえておけるに違いない。
 このまま紫苑の事を閉じ込めておきたいと、玲央は心から感じていた。
 何時も通りの軽いヒートの最中の紫苑は、一向に自分に入れようとしない玲央を見る。
 そして、良からぬ事を考えているに違いないと思うのだ。
 紫苑の視線に気付いた玲央は微笑み、紫苑の身体を一気に貫く。
 玲央の下にいる紫苑は枕に顔を埋めて声を殺した。
 
 
「…………っ!!!」
「………愛してる……紫苑、紫苑……世界で一番愛してるよ………!!」
 
 
 身体を強張らせる紫苑に、玲央はひたすら愛を囁く。
 馴染ませるように腰を動かしながら、濡れた粘膜が自身に絡まる感覚に身体を震わせる。
 この熱とこの香りがいい。これでなければ満たされない。玲央はそう思いながら、紫苑の身体に溺れていった。
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