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第一章 La Vie en rose
第一話 ★
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運命の番という言葉を彼に逢うその日迄、一切信じてなんていなかった。
その姿を目の前にした瞬間、甘美な香りに酔い痴れ、その愛らしさに全てを奪われた。
玲央はその日、まさに『虜になる』という言葉の意味を理解したのだ。
渋谷区に建てられている大きなファッションビルのど真ん中に、美しい男の写真が飾られている。
真っ赤な薔薇の花束をタキシード姿で抱えているその男の顔は、この世のものとは思えぬほどに美しい。
日本人離れしたくっきりとした二重瞼に、彫りの深い顔立ち。金色の長い髪の毛は、まるで絹の様だ。
すらりと背の高い細身な彼に似合わない服は、きっと無いに違いない。なんの服だって着こなせる美しい男。
そんな非現実な存在の彼を、女性たちはこう呼んで崇め奉っていた。
『LEONID』
観音崎玲央。通称LEONID。La Vie en roseというホストクラブのNo.1。
カリスマ、という言葉がこの世界にはある。その意味を指すものは『神からの恩寵』だ。
けれど彼の事を全ての人間が今や神の様に崇め立てる。
女性達から邯鄲の声が上がり、彼に酔い痴れる。沢山の人が完璧な男のLEONIDを褒め称えているのだ。
ホストという立ち位置でありながら、メディアにも取り上げられる様なまさにカリスマという存在。
彼は現代の日本中の人の羨望の眼差しを、その手に集めている男なのである
「ああ!!LEONID様なんて素敵なの!!本当にいい男!!」
「昨日バラエティーに出てたわよね!!素敵だった………!!LEONID様って話も最高に面白いから素敵!!」
「流石現役ホストなだけあるわよね!!顔が良いだけの男とは違う魅力があるわ………!!」
「あの人αなんでしょう!!やっぱりαってエリートだわ………。あんな素敵な人を射止める人って、嘸かし素敵な人に違い無いわ………!!!」
インタビュアーに対して女性達が色めき立ちながら答える様を、ぼんやりと眺めながらシャンパングラスに注がれたロゼのシャンパンを口に含む。
そして全く味がしないと観音崎玲央は思っていた。
隣に座った美しい女からはとても、甘い甘い香りが漂っている。
この香りは幼い頃に嗅いだことのある、ケーキ屋から香る独特の匂いだ。
まだ自分が味覚を失っていなかった頃によく嗅いだな、と玲央は思う。
シナモンと林檎の香りのする彼女の肩に腕を回せば、彼女は目を輝かせながら微笑んだ。
「まさかLEONIDの家に呼ばれるなんて、とても光栄…………!!夢みたいだわ!!」
彼女がそう言いながら微笑むのを横目に、玲央は絹の様な髪をサラサラと揺らす。
モノトーンで整えられたリビングの中の黒くてふかふかのソファーの上で、玲央は彼女を引き寄せた。
ほんの少しだけ照れたように笑い、彼女の柔らかい髪を撫でる。そして飛び切り甘い声色で囁いた。
「君には運命みたいなもの、感じたんだよね………」
彼女の唇に触れると、玲央の口内に甘い香りが広がる。まるでアップルパイを食べているかのようなシナモンの風味。
ケーキの女性がとても薫り高く甘い匂いを漂わせるその瞬間、心から興奮しているのが解る。
ケーキという存在はとても不思議で、甘露で魅力的なものだ。
彼女の髪を乱すように撫で回しながら、貪る様なキスをする。舌を何度も絡ませながら唾液の音を響かせた。
キスを繰り返す男女の姿を、煌々とブルーライトを放つテレビが照らす。
すると玲央の映像を映していた画面が、とあるニュースに切り替わった。
『東京都で連続してケーキの女性が殺された事件に関して、フォークの男を指名手配することになりました。
ケーキの女性が殺害され、遺体の一部が持ち帰られる殺人事件。
警視庁は一連の事件を同じ犯人の連続殺人事件と断定し、捜査本部を設置致しました』
ケーキの殺人事件だと聞いた瞬間、キスの合間に玲央は目を開けてテレビを横目で見る。
画面には事件の概要と、八人に及ぶ被害者女性の顔が並んで映し出される。
そして画面が切り替わり、薄幸そうな美青年の顔が一面に現れた。
末広がりの二重瞼に、きっちりと整った黒髪。そして白い肌の美青年。
玲央はその映像を眺めながら、彼の表情をとても綺麗だと思っていた。
「殺人容疑で指名手配されている住所不定、職業不詳、原田紫苑容疑者20歳。
原田容疑者はこの事件とは別でケーキの男性を殺害し、別のケーキの男性に襲い掛かった容疑で、全国に指名手配をされていました。
原田容疑者は165㎝の身長でやせ型。刃物を持って逃走しているとのことです。
DNA鑑定と被害者からの証言から、原田容疑者が犯人だと断定されました」
ナレーターが滔々とニュースを読み上げていく中、激しく女性の口内を舌で貪る。
そして彼女の身体を、自分の膝の上に乗せる様な形で向かい合った。
ハアハアと息を乱しながら、玲央の目をじっと彼女の虹彩が見つめている。その時に彼女の背後に影を感じた。
「……こんにちは、アップルパイちゃん?」
冗談っぽく笑う声色と共に、彼女が声の方に身体を向ける。
その瞬間やっとナイフ片手に不敵に微笑む、原田紫苑の姿が視界に入った。
「……え?」
呆気に取られた彼女が情けない声を出した時、紫苑が目にもとまらぬ速さで彼女の首を切り付ける。
その瞬間血が玲央に向かって噴き出し、身体も顔も絹の様な金色の髪も真紅に染め上げた。
彼女の声は悲鳴になる隙も与えられずにゴボゴボと溺れるような音を出す。
首は皮を繋いで繋がっているかの様な、今にも落ちてしまいそうな状態だ。
既に女の目は死者特有のガラス状になって、絶命してしまっていた。
床に崩れた彼女を見下ろしながら、玲央はケラケラ笑って叫んだ。
「………もう酷い紫苑!!僕の部屋汚すつもりだったなら、もっと早く云ってよ!!掃除大変でしょ!?」
血塗れの玲央を横目に、女の頭を鷲掴みにして紫苑は目の瞳孔を開く。
そして彼女の首に舌を這わせて微笑んだ。
「あははっ!!
今日はどうしても、玲央も汚したい気分だったんだよね………!!」
アップルパイの香りが漂う血の海の中で、紫苑はひたすら陶酔している。
夢中になって血を舐め上げる紫苑を見ていれば、遺体の女でさえも憎く感じた。
ケーキの血の香りに充てられて笑う紫苑に駆け寄って、無理矢理自分の方を向かせる。
形の良い唇に唇を重ね合わせながら、玲央は甘えるような声を出した。
「………紫苑以外とキス迄したから、口直しさせて…………」
必死になって紫苑の唇を貪る玲央を、下げずんだ眼差しで紫苑は見つめる。
そしてキスの合間に呆れた様に囁いた。
「………高々ケーキとキスした位で甘えてんじゃねぇよ………」
自分に対してとても冷たい紫苑の言葉に玲央は身体を震わせる。
全ての人が自分に対して平伏してゆくような世界で、紫苑だけはとても気高い。
それが玲央にとってはとても心地よくて甘美だった。
「………紫苑、紫苑……大好き……愛してる………!!!」
玲央は紫苑に対しての愛の言葉を決して惜しまずに囁く。
紫苑を目の前にした玲央はまるで、飼い主にひれ伏す大型犬の様だ。
満面の笑みを浮かべた玲央に紫苑は、面倒くさそうに舌打ちをする。そして吐き捨てるかの様にこう言い放った。
「………ホント玲央って、気持ち悪い………!!」
けれど玲央はこの時に紫苑が既に、自分に触れられて興奮し始めている事に気付いていた。
玲央と紫苑は触れ合ってしまえば忽ち紫苑の身体が発情し始める。
玲央はフォークでありα、そして紫苑はフォークでありΩ。二人は世にも珍しい性別の人間だった。
「………はー………仕方ないなぁ……キスしてあげるよ………」
紫苑は呆れた様に溜め息を吐いてからゆっくりと手を広げる。
すると玲央が恍惚の笑みを浮かべて、紫苑の胸元に飛び込んだ。
紫苑の首には高級ブランドのモノグラムの描かれた首輪が付いている。
スワロフスキーの付いているハートのチャームが、玲央が飛びついた瞬間ゆらりと揺れた。
運命の番。出逢った瞬間から強烈に惹かれ合い、出逢った場合100%の確率で番になると言われている都市伝説。
その番は触れ合うだけで発情と同じ状態になると聞く。
運命の番なんて全く、紫苑は信じてなんていなかった。
たった一度しか人生で番の結ぶ事の出来ない、Ωが考え出した夢物語だと思っていた。
けれどそれを覆す事になった理由はまさに玲央との出逢いなのである。
その姿を目の前にした瞬間、甘美な香りに酔い痴れ、その愛らしさに全てを奪われた。
玲央はその日、まさに『虜になる』という言葉の意味を理解したのだ。
渋谷区に建てられている大きなファッションビルのど真ん中に、美しい男の写真が飾られている。
真っ赤な薔薇の花束をタキシード姿で抱えているその男の顔は、この世のものとは思えぬほどに美しい。
日本人離れしたくっきりとした二重瞼に、彫りの深い顔立ち。金色の長い髪の毛は、まるで絹の様だ。
すらりと背の高い細身な彼に似合わない服は、きっと無いに違いない。なんの服だって着こなせる美しい男。
そんな非現実な存在の彼を、女性たちはこう呼んで崇め奉っていた。
『LEONID』
観音崎玲央。通称LEONID。La Vie en roseというホストクラブのNo.1。
カリスマ、という言葉がこの世界にはある。その意味を指すものは『神からの恩寵』だ。
けれど彼の事を全ての人間が今や神の様に崇め立てる。
女性達から邯鄲の声が上がり、彼に酔い痴れる。沢山の人が完璧な男のLEONIDを褒め称えているのだ。
ホストという立ち位置でありながら、メディアにも取り上げられる様なまさにカリスマという存在。
彼は現代の日本中の人の羨望の眼差しを、その手に集めている男なのである
「ああ!!LEONID様なんて素敵なの!!本当にいい男!!」
「昨日バラエティーに出てたわよね!!素敵だった………!!LEONID様って話も最高に面白いから素敵!!」
「流石現役ホストなだけあるわよね!!顔が良いだけの男とは違う魅力があるわ………!!」
「あの人αなんでしょう!!やっぱりαってエリートだわ………。あんな素敵な人を射止める人って、嘸かし素敵な人に違い無いわ………!!!」
インタビュアーに対して女性達が色めき立ちながら答える様を、ぼんやりと眺めながらシャンパングラスに注がれたロゼのシャンパンを口に含む。
そして全く味がしないと観音崎玲央は思っていた。
隣に座った美しい女からはとても、甘い甘い香りが漂っている。
この香りは幼い頃に嗅いだことのある、ケーキ屋から香る独特の匂いだ。
まだ自分が味覚を失っていなかった頃によく嗅いだな、と玲央は思う。
シナモンと林檎の香りのする彼女の肩に腕を回せば、彼女は目を輝かせながら微笑んだ。
「まさかLEONIDの家に呼ばれるなんて、とても光栄…………!!夢みたいだわ!!」
彼女がそう言いながら微笑むのを横目に、玲央は絹の様な髪をサラサラと揺らす。
モノトーンで整えられたリビングの中の黒くてふかふかのソファーの上で、玲央は彼女を引き寄せた。
ほんの少しだけ照れたように笑い、彼女の柔らかい髪を撫でる。そして飛び切り甘い声色で囁いた。
「君には運命みたいなもの、感じたんだよね………」
彼女の唇に触れると、玲央の口内に甘い香りが広がる。まるでアップルパイを食べているかのようなシナモンの風味。
ケーキの女性がとても薫り高く甘い匂いを漂わせるその瞬間、心から興奮しているのが解る。
ケーキという存在はとても不思議で、甘露で魅力的なものだ。
彼女の髪を乱すように撫で回しながら、貪る様なキスをする。舌を何度も絡ませながら唾液の音を響かせた。
キスを繰り返す男女の姿を、煌々とブルーライトを放つテレビが照らす。
すると玲央の映像を映していた画面が、とあるニュースに切り替わった。
『東京都で連続してケーキの女性が殺された事件に関して、フォークの男を指名手配することになりました。
ケーキの女性が殺害され、遺体の一部が持ち帰られる殺人事件。
警視庁は一連の事件を同じ犯人の連続殺人事件と断定し、捜査本部を設置致しました』
ケーキの殺人事件だと聞いた瞬間、キスの合間に玲央は目を開けてテレビを横目で見る。
画面には事件の概要と、八人に及ぶ被害者女性の顔が並んで映し出される。
そして画面が切り替わり、薄幸そうな美青年の顔が一面に現れた。
末広がりの二重瞼に、きっちりと整った黒髪。そして白い肌の美青年。
玲央はその映像を眺めながら、彼の表情をとても綺麗だと思っていた。
「殺人容疑で指名手配されている住所不定、職業不詳、原田紫苑容疑者20歳。
原田容疑者はこの事件とは別でケーキの男性を殺害し、別のケーキの男性に襲い掛かった容疑で、全国に指名手配をされていました。
原田容疑者は165㎝の身長でやせ型。刃物を持って逃走しているとのことです。
DNA鑑定と被害者からの証言から、原田容疑者が犯人だと断定されました」
ナレーターが滔々とニュースを読み上げていく中、激しく女性の口内を舌で貪る。
そして彼女の身体を、自分の膝の上に乗せる様な形で向かい合った。
ハアハアと息を乱しながら、玲央の目をじっと彼女の虹彩が見つめている。その時に彼女の背後に影を感じた。
「……こんにちは、アップルパイちゃん?」
冗談っぽく笑う声色と共に、彼女が声の方に身体を向ける。
その瞬間やっとナイフ片手に不敵に微笑む、原田紫苑の姿が視界に入った。
「……え?」
呆気に取られた彼女が情けない声を出した時、紫苑が目にもとまらぬ速さで彼女の首を切り付ける。
その瞬間血が玲央に向かって噴き出し、身体も顔も絹の様な金色の髪も真紅に染め上げた。
彼女の声は悲鳴になる隙も与えられずにゴボゴボと溺れるような音を出す。
首は皮を繋いで繋がっているかの様な、今にも落ちてしまいそうな状態だ。
既に女の目は死者特有のガラス状になって、絶命してしまっていた。
床に崩れた彼女を見下ろしながら、玲央はケラケラ笑って叫んだ。
「………もう酷い紫苑!!僕の部屋汚すつもりだったなら、もっと早く云ってよ!!掃除大変でしょ!?」
血塗れの玲央を横目に、女の頭を鷲掴みにして紫苑は目の瞳孔を開く。
そして彼女の首に舌を這わせて微笑んだ。
「あははっ!!
今日はどうしても、玲央も汚したい気分だったんだよね………!!」
アップルパイの香りが漂う血の海の中で、紫苑はひたすら陶酔している。
夢中になって血を舐め上げる紫苑を見ていれば、遺体の女でさえも憎く感じた。
ケーキの血の香りに充てられて笑う紫苑に駆け寄って、無理矢理自分の方を向かせる。
形の良い唇に唇を重ね合わせながら、玲央は甘えるような声を出した。
「………紫苑以外とキス迄したから、口直しさせて…………」
必死になって紫苑の唇を貪る玲央を、下げずんだ眼差しで紫苑は見つめる。
そしてキスの合間に呆れた様に囁いた。
「………高々ケーキとキスした位で甘えてんじゃねぇよ………」
自分に対してとても冷たい紫苑の言葉に玲央は身体を震わせる。
全ての人が自分に対して平伏してゆくような世界で、紫苑だけはとても気高い。
それが玲央にとってはとても心地よくて甘美だった。
「………紫苑、紫苑……大好き……愛してる………!!!」
玲央は紫苑に対しての愛の言葉を決して惜しまずに囁く。
紫苑を目の前にした玲央はまるで、飼い主にひれ伏す大型犬の様だ。
満面の笑みを浮かべた玲央に紫苑は、面倒くさそうに舌打ちをする。そして吐き捨てるかの様にこう言い放った。
「………ホント玲央って、気持ち悪い………!!」
けれど玲央はこの時に紫苑が既に、自分に触れられて興奮し始めている事に気付いていた。
玲央と紫苑は触れ合ってしまえば忽ち紫苑の身体が発情し始める。
玲央はフォークでありα、そして紫苑はフォークでありΩ。二人は世にも珍しい性別の人間だった。
「………はー………仕方ないなぁ……キスしてあげるよ………」
紫苑は呆れた様に溜め息を吐いてからゆっくりと手を広げる。
すると玲央が恍惚の笑みを浮かべて、紫苑の胸元に飛び込んだ。
紫苑の首には高級ブランドのモノグラムの描かれた首輪が付いている。
スワロフスキーの付いているハートのチャームが、玲央が飛びついた瞬間ゆらりと揺れた。
運命の番。出逢った瞬間から強烈に惹かれ合い、出逢った場合100%の確率で番になると言われている都市伝説。
その番は触れ合うだけで発情と同じ状態になると聞く。
運命の番なんて全く、紫苑は信じてなんていなかった。
たった一度しか人生で番の結ぶ事の出来ない、Ωが考え出した夢物語だと思っていた。
けれどそれを覆す事になった理由はまさに玲央との出逢いなのである。
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