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溶けて消えてしまえたら良いのに・下

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 磨智の部屋の中から、遺書と一緒に磨智がアイスであるという診断書が出てきた。
 遺書に残された言葉なんて簡潔で、たった一行こう綴られていたのだ。
 
『大切な人と結ばれて、一生彼の中で生きていく』
 
 この文字を見た時に俺はとても悔しくて、磨智がとても憎いと思った。
 磨智は命を賭けて恋をした。そして彼の笑顔も奪って消えた。誰よりも幸せな消え方をしたと心から思う。
 若くして死んだ俺の分身が、俺と全く同じ笑みを浮かべて遺影の中で微笑んでいる。
 その中の磨智の顔を見ていると、何だか俺が死んだみたいな気持ちになってくるのだ。
 自分で自分の弔いを見ているような嫌な気持ちは、なんとも形容しがたいものがあった。
 好きと言われて好きと返して、磨智に死なれた純が茫然自失の様子で仏壇を眺めている。
 この件で一番可哀想な男と肩を並ばせながら、小さな声で吐き捨てた。
 
「………目の前で水になって溶けたなんて、魔法みたいな死に方しやがって………」
 
 俺がそう嘆けば、純が切なげな表情を浮かべて俺を見る。そしてボロボロと涙を流してこう言った。
  
「…………お前、こうしてみると磨智によく似てるんだな………」
 
 そう言いながらボロボロ涙を流す純を横目に、ズキズキ痛む胸を抑える。
 俺はこの言葉を心底、純の口から聞きたくなんて無かった。
 その言葉を吐き出されたくなんて無かったのだ。
 
「だって俺、磨智と造り同じじゃん。一卵性なんだから」
 
 そう言いながら崩れ落ちる純の背中を優しく撫でて、自分と瓜二つの遺影を睨む。
 磨智はずるい。とてもずるい。純をこんなに悲しませて、自分は一人で逝くなんて。
 魔法みたいに消えて無くなった癖に、純の心は呪いみたいに縛ってる。
 どうして那智は何もかも奪い去って、天国にもって行ってしまったんだろう。
 心の底から何もかも返して欲しいと磨智を憎んでいた。
 純が余りにも可哀想に思えて、その手に手を重ね合わせる。すると純がとても切なげな表情を浮かべて囁いた。
 
「お前の手、磨智みたいだな。磨智みたいに冷たい………」
 
 磨智が死んだ日から俺は、アイスについて詳しく調べた。アイスの人間は皆、普通の人の体温より体温が低い。
 それに天然クローンの俺と磨智なら、俺だってアイスの可能性がある。
 この時に俺は自分が「アイスかもしれない」と疑惑を抱いたのだ。

 
 
 
 ミニテーブルの上にある麦茶の氷は融け切って、小さな水溜りがグラスの周りに出来ている。
 余りクーラーの利かない純の部屋の中で、その目を覗き込んで何度もキスを繰り返す。
 重なり合った肌がとても熱くて、意識がそのまま飛んでしまいそうになる。
 でももし、このまま溶けて消えることが出来たのなら、本望だとさえも思うのだ。
 
「っ………は!!んっ………!!そこ、だめ………!!」
 
 勢いで買ってきたコンドームと潤滑剤が、ベッドサイドに並んでいる。
 それを横目にすれば、今から純とそういう事をするんだと意識した。
 磨智がよく着ていたシャツのボタンを開かれて、胸の突起を吸い上げられる。
 俺の身体に舌を這わせる純を見て、俺はこんな表情を浮かべる彼は初めて見たと思った。
 純がこんな愛撫の仕方をするという事を知りながら、とても不思議な気持ちになる。
 柔らかい舌先が突起に舐めた跡を残してゆく。
 その都度に自分の思考回路に、とある文字だけが浮かぶのだ。
 
『いけないことをしている』
 
 純の部屋に置いてある姿見に俺と純の姿が映し出される。
 それを横目に見ながらふと、とある事を思った。
 今、この鏡の中に映し出されているのは、俺じゃなくて磨智なのではないだろうか。
 磨智と純の絡み合う様をこうやって、俺は見せつけられているのではないだろうか。
 そう感じてしまえばしまうほど、俺は俺を殺害しているような気持ちに襲われる。
 けれどその感情に押しつぶされそうになる度に、俺は小さくこう思う。
 俺は愛されてなんていないけれど、純の体温を知る事が出来る。
 
「なぁ、こっちみろ………」
 
 顔を叛ける俺の顎を掴んで、純が無理矢理キスをする。
 こんな強引なキスの仕方をするんだと思いながら、それに応える様に舌を差し出した。
 
「………っ、ん………ふ………」
 
 純の粘膜の感覚と、口の中の熱さ。舌先を絡ませる度に帯びる、甘い快感。
 けれど心ばかりは虚空で、気持ちよくなればなるほど寂しくなってゆくような気がした。
 俺も純も今とても、余裕のない顔を浮かべている。
 
「ここ、触ってもいいか?」
 
 純が入り口付近を撫でながら、俺の返事を待っている。
 それに小さく頷けば、潤滑剤で指を濡らしてゆく。
 お互いの身体を突き動かしているものといえば、同情と背徳心。それに寂しさ。
 純の濡れた指先が俺の入り口に触れた瞬間、物凄い異物感に襲い掛かられた。
 
「は………ぅ……」
 
 体の中をぐるぐるかき回されるような嫌な感覚と、痛みを伴う不快感。
 余りの怖さに涙を流せば、純がその手を止めた。
 
「………痛いか?嫌なら止めようか?」
 
 俺を気遣う純に対して首を左右に振り目を閉じる。
 痛くても辛くても苦しくてもいいから、純と一つになりたかった。
 潤滑剤が水の音を響かせていくのを、聴きながらシーツをきつく握りしめてゆく。
 それと同時に身体の中を広げられてゆく感覚を、何だかとても気持ち悪いと感じた。
 俺を気遣う腕はとても愛しくて優しい。
 この腕の中で死ぬことが出来た磨智を、心から羨ましいと思う。
 ジュースがアイスと結ばれてアイスを殺せるのなら、消えたその瞬間に愛を確信しているのだ。
 俺は愛されたいと願っても、殺されたいと願っても、どちらもしてもらえない事位解ってる。
 だから痛い思いをしてでもいいから、純と身体を繋げたいと思ったのだ。
 
「あ………なか……すごく………あったかい…………」
 
 長い長い時間をかけて入り口を解されながら、粘膜で純の温度を感じる。
 体中が汗ばんでいくのを感じた時、純が静かに俺の中から指を抜いた。
 
「…………なぁ、引き返すなら今だぞ。どうすんだ………」
 
 そう言いながら問いかける純を見上げて、磨智の真似をして微笑んでみせる。
 本当は一切笑う余裕も体力も無かったけれど、今此処でひく訳にはいかなかった。
 
「………いれて、純君」
 
 そう返事を返した俺の声は震えていた。今にも泣き出しそうな位に、小刻みに震えていたのだ。
 純の心を持っていくのなら、体温位俺が知ったっていいじゃないか。
 身体を繋げる痛み位、俺に教えてくれたっていいだろう。
 純がコンドームを付けた自分のものを、俺の入り口に宛がった。
 覆いかぶさるように抱きしめられれば、さっきとは比べものにならない位に痛みが体中を駆け巡った。
 
「う………!!!!あああっ!!!!」
 
 純の背中に腕を回しながら、爪を立てて息を吐き出す。
 生理的な涙と汗が身体に滲んで冷静を保てない。
 それでも彼の身体はとても暖かくて、愛されてもいないのに溶けそうだと思った。
 
「………お前、これで良かったのかよ…………」
 
 繋がった身体の儘で純がそう嘆いて、俺の頬を優しく撫でる。
 そんな純を見上げながら、俺はまた無理に笑みを浮かべた。
 
「これでいい………これがほしかった………」
 
 俺がそう囁けば純は何も答えずに、最奥目掛けてゆっくりと腰を動かす。
 異物感を身体の中に感じながら、磨智に対してとあることを思う。
 純がどんなキスをするかも、どんな愛撫をするのかも、磨智は知らないで死んだのだ。
 俺はお前みたいに愛なんて貰えないんだから、これ位は俺にくれよ。これだけはどうか俺にくれ。
 
「あ……!!う……ああああ…………!!!」
 
 ベッドと身体が軋むのを感じながら、与えられる熱と痛みに堪えてゆく。
 ずっとしたかったことに溺れてゆきながらも、とても惨めだと思っていた。
 この行為はどう考えても死者への冒涜に過ぎないと、自分の中にある理性が悲鳴を上げ続ける。
 それでも俺もこれを止める事は出来なかったし、純も止まる事が出来なかったのだ。
 
 
 痛む身体を庇うように歩きながら、夏の匂いをかいでいる。
 純に抱かれた。体温を知ることが出来た。キスの仕方も教えて貰えた。
 でも俺は愛を知らないのだ。愛だけを。
 溶けて消えてしまっても良いって思える幸せな愛だけ、磨智ばっかりが知ってるのはやっぱりずるい。
 気が付いたら頬を伝って、涙が流れ落ちてゆく。
 夏の匂いを嗅ぎながら、磨智は愛されて羨ましいと思った。
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