疼痛溺愛ロジック~嗜虐的Dom×被虐的Subの恋愛法則~

如月緋衣名

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Ⅸ.

Ⅸ 第一話

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 真っ白い空間の中にあるパイプ椅子に腰かけ、呼吸器が付いて細い管を腕に通した遊歩を見ている。
 この時に俺は余りの展開の速さに、完全に頭が取り残されてしまっていた。
 確かさっき迄俺は遊歩にプロポーズをされていて、愛していると伝えようとしていた筈だ。
 どうして今、こんな事になってしまったのだろうか。
 
 
「遊歩……」
 
 
 名前を呼んでも遊歩は返事を返さない。代わりに規則的な機械音が白い病室に鳴り響く。
 窓の外はもう明るくなっていて、日付が変わった事を教えてくれる。
 さっき迄警察の人が来ていて、俺はひたすら話を聞かれていた。
 眠る遊歩の顔を見ながら、綺麗だと心から思う。
 左手で遊歩の顔に触れれば、何時もより心なしかひんやりとしている気がした。
 
 
「朝だよ遊歩、ねぇ……起きて……」
 
 
 幾ら話しかけても遊歩は返事を返してくれないままで、だんだんだんだん不安が募る。
 このまま遊歩が目覚めなかったら、俺はどうすればいいのだろうか。
 遊歩は刺された瞬間に命令コマンドを使って俺に被害が及ぶのだけは阻止した。
 武器を捨てさせて動きを完全に止めたそうだ。
 軽い命令コマンド一つで其処迄動けなくなる位に、遥さんが遊歩を愛していた事を感じながらも、守られてばかりの自分を恥じる。
 遊歩に助けられるのはもう、何度目なんだろうと思う。
 
 
 警察の人に遥さんは連れていかれたが、そもそも遊歩は遥さんに長きに渡りストーカーされていたそうだ。
 遥さんの部屋の中からは沢山の遊歩の写真が出てきた。それで解った事らしい。
 でも俺がカムパネルラで働き始めた事に関しては、全くの偶然だったようだ。
 偶然街で遊歩と二人で歩いていた人間が、自分の働く店に面接に来たから雇ったと。
 履歴書に書いてあった住所から完全に住まいを特定し、遊歩と俺を殺すつもりで来たと言っていたそうだ。
 それはさっき警察の人から教えて貰った。
 そう言えば確かに遥さんは、俺が付き合っている人は男だと解っていたなあと今では思う。
 
 
 けれど今、そんな事を考えている余裕がない。手術は成功したそうだが、遊歩の意識が戻らないのだ。
 遊歩の身体には意外と深く包丁が刺さり、出血の量も多かった。
 一時は死ぬかもしれないと迄、お医者さんから告げられていたくらいだ。俺は今覚悟を決めて此処に居る。
 奇跡的に内臓への損傷は無かったそうだが、手術の時間もそれなりに掛かっていたように思う。
 身体はとても疲れているのに眠れない。眠ることが出来ない。遊歩が起きるのを待っていなきゃいけない。
 遊歩が起きた時に一人だと寂しい事位、どこの誰より俺が一番わかっている。
 だから絶対に遊歩が起きる迄、ちゃんと近くで待っていたい。
 
 
 ぼんやりと椅子に腰かけたままで窓の外を眺めている。
 風で揺れる木々を見ながら、そういえば余り遊歩と出掛ける様な経験はしていなかったと思った。
 俺と遊歩の生活の殆どが遊歩の部屋の中だったのだ。
 遊歩に出会った日から俺の世界は、完全に遊歩で埋め尽くされていた。
 
 
「なぁ遊歩、お前が居ないと俺って本当に何にもないんだな……」
 
 
 返事の返って来ないままの遊歩に、ただひたすらに話しかける。
 日向が死んでしまった日に、俺の世界は一度終わりを迎えた。
 まるでモノクロの世界を見続けているような虚無感の中で、俺は長い事生きてきたのだ。
 このまま終わると思っていた世界を遊歩が救い上げて、綺麗な色を付けてくれた。
 
 
 ドブ色なんかじゃなかった。これは正真正銘薔薇色だ。
 
 
 花が咲き乱れるかの様な愛しさを俺に教えて、深く愛してくれたのだ。
 白黒しかない世界に色を、遊歩が付けてくれたのだ。
 
 
「ねぇ遊歩、お前が居ないとつまんないよ……?」
 
 
 思わず涙が出そうになりながら、感情を吐き出してゆく。
 痛い事も苦しい事も大好きだけど、この心の痛いのと苦しいのは嫌いだ。
 こんな事になるんだったら、もっと早くに愛してると伝えておけばよかった。
 今思えば俺は日向に対しては、ベストを尽くして愛していたと思うのだ。
 愛する人の望みとはいえ、死なんて普通なら絶対に選べない。
 それに沢山愛の言葉も与えられた。沢山沢山日向に愛していると言った。
 だけど遊歩にはまだ、愛してるさえも言えてない。
 
 
「ねぇ遊歩………起きてってば………」
 
 
 涙声になりながら囁いても、遊歩の目は開かない。
 段々惨めになってきて、目から涙が溢れ出す。
 暴れたって泣き叫んだって、こういう時は絶対に目覚めない事位解ってる。
 時が来る迄起きない事位、自分で体感しているのだから。
 一度死にかけた俺が良く解ってる。
 けれど遊歩に話しかけることだけはやめられなかった。
 鼻水を啜りながらぐしゃぐしゃの顔でグズグズ泣きじゃくる。
 
 
「ねぇ……遊歩………起きて………俺、ロクに有難うも言えてないよ………」
 
 
 情けない。あんなに近くに居たのに、何にも大事な事を遊歩に伝える事が出来ていない。
 泣き声を抑え込むのが出来ずに崩れ落ちながら、遊歩の寝ているベッドのマットレスに顔を突っ伏す。
 声を張り上げないように懸命に堪えながら、泣きじゃくって呟く。
 
 
「俺まだ……遊歩に…………愛してるって言えてない……」
 
 
 俺がそう言い切った、その時だった。
 
 
「あのさ……俺まだ死んでないけど………それじゃ死んでるみたいじゃねぇ??」
 
 
 聞き慣れた声に顔を上げれば、見慣れた遊歩の笑顔がある。
 何時も通りの下衆で揶揄したような表情に、更に涙が溢れ出した。
 
 
「う、ううう、うあああああーーーーーーーー!!!!遊歩ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!
わぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!!!!!」
 
 安心したと同時に子供みたいに泣きじゃくれば、ベッドの上の遊歩がケラケラ笑う。
 
 
「もうまじでうるせーって!!ホントお前うるせーって!!!
どうでもいいからこの機械マジで邪魔だから医者呼んでくんない??」
 
 
 何時も通りの明るい遊歩の姿を見ながら、ナースコールを手にする。
 それを押して定位置に戻しながら、遊歩に問いかけた。
 
 
「………………遊歩何時から起きてたの?」
 
 
 俺がそう問いかければほんの少しだけ照れ臭そうに、遊歩が俺から目を逸らす。
 それから精一杯の声色でこう言った。
 
 
「起きて、ってお前の声で起きた………から、早く愛してるって言葉、期待してる………」
 
 
 とても言いづらそうに告げられた言葉で、体中が沸騰しそうな位に熱くなり、涙が一瞬で止まり冷や汗が溢れ出す。
 よりにもよって一番恥ずかしい所聞かれてやがった!!!穴があったら入りたい!!!
 
 
「………待って……それ滅茶苦茶恥ずかしいんだけど………………」
「ホント………だからさ、早く聞かせて………愛してるって………」
 
 
 遊歩がそう云った瞬間白いカーテンが開いて、恥ずかしそうに目を伏せるお医者さんと看護師さんが現れる。
 俺と遊歩は完全に凍り付き、二人仲良く顔を真っ赤にした。
 お医者さんが軽く咳ばらいをして、目を合わせないようにこう告げる。
 
 
「お取込み中の所、大変申し訳ないですが……ちょっと確認させて頂きますね………」
 
 
 この人達一体何時から此処に居たというのだ!!!絶対粗方会話聞かれてるぞこれ!!!!
 お医者さんが余所余所しい雰囲気で、遊歩に歩み寄り確認を始める。
 その横で俺は真っ赤な顔のままでひたすら俯いていた。
 遊歩の身体から機械が粗方取り外されて、ほんの少しだけ緊張が解ける。
 
 
「……………この経過でしたら、宮内さんはすぐに一般病棟の方に移れますよ」
 
 
 お医者さんがそう言いながら、俺たちに気遣い足早に出ていく。
 そしてやっと二人きりになった瞬間、遊歩が俺に囁いた。
 
 
Comeこっちきて
Kissキスして
 
 
 遊歩の命令コマンドの声に安堵しながら、命令通りに歩み寄る。
 そして遊歩の唇に唇を重ね合わせてから、息継ぎの途中で囁いた。
 
 
「………愛してる!!」
 
 
 やっと言えた。そう思った瞬間に、遊歩が俺をきつく抱きしめようとする。
 それと同時に遊歩の身体が強張った。
 
 
「っ……いってぇぇぇぇえええええ!!!!」
 
 
 この男、無理に身体を動かそうとするから………!!!!刺されているというのに!!!
 遊歩は患部を庇うように前かがみになり、俺はその背中を必死で撫でる。
 どうしようもなくバタつく空間の中で、俺は幸せを噛み締めていた。
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