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Ⅶ.
Ⅶ 第二話
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最近遊歩なりの気遣いなのか、俺の顔を余り殴ってくれない。
前の仕事は遊歩が殴った顔の怪我で、辞める事になった事をほんのり覚えていてくれたらしい。
こういう所は優しいなあと感心しながら、自分の身体の方を見る。
その代わり俺の身体は青痣塗れで大変な事になっていた。
最早元々この柄をして生まれてきたのではないかと思うほど、怪我塗れで変色した肌を撫でる。
すると遊歩が俺の身体をじっくり眺めながら、関心した様にこういった。
「ホント、一希根性あるよなぁ……見事だもん、それ」
「やー俺も結構びっくりしてる。こんなに怪我塗れになったのは初めてかなぁ……」
まるで新しい洋服を着て見せているかのように、鏡の前でくるりと一回転して見せる。
「いやー、俺も此処まで全力出して殴れたヤツ居ないから、ちょっとだけ感動してる」
遊歩がこう言いだした時に、ふと遊歩の昔の事が気にかかる。
そう言えば遊歩の昔の恋愛については、本当に何一つ知らないのだ。
こういう時にどう返答を返すのが良いのか、言葉のチョイスが大変である。
深く聞くのも何かおかしい気がするし、かと言って触れないのも微妙だ。
「……俺以外で一番全力出したのって、何時?どれくらい出せた?」
これ位の質問なら変じゃない。このまま会話をしてみよう。
遊歩はベッドに寝そべりながら、上の空の目をする。それからベッドの上を転がりながら、うんうん唸り顔を上げた。
「15とかそんくらいの時に……一応付き合ってた子にお前にした三分の一くらいの勢いでやって、ドロップ入られた」
一応付き合っていた。その言葉がとても引っ掛かり、思わずオウムの様に繰り返す。
「一応」
「うん。一応。皆俺に勝手に恋して勝手に妄想して、勝手に夢抱いてくから。
告白してきたヤツの中で一番向き合ってくれてたヤツ選んだけど……。
感謝はしてる事もあるし、ちゃんと愛してたし初恋だけど……今は顔さえ見たくねぇわ」
遊歩は其処迄話してから、とても不機嫌そうな表情を浮かべる。
そしてゆっくりと起き上がり、俺に向かって手を伸ばした。
【Come】
遊歩に言われた通りに歩み寄り、長い腕の中に収まる。
すると遊歩が俺の身体を物凄い勢いで擽り倒す。余りのくすぐったさに暴れ回れば、遊歩の手が俺の首に入った。
首をきつく締めあげながら、シーツの上で抑え付ける。
その時の遊歩の瞳孔は、何だか自棄に開いて見えた。
それをぼんやりと眺めて身体を遊歩に預ければ、遊歩が静かに俺を放す。
それからケラケラ何時も通りに笑いながら、こう言いだした。
「一希は丈夫で安心する。俺の事全部預けても、受け止めてくれるとこ大好き」
遊歩が恥ずかし気もなく大好きなんて言葉を落としてくるのに、どうしていいか解らずに息を呑む。
最近の遊歩はまるで恋人同士の様に、甘い空気感を出してくる。
そもそも俺と遊歩の関係性は本来、遊歩の玩具という予定の筈だ。
なのに遊歩の俺への対応は、完全に恋人への対応としか思えない瞬間があるのだ。
俺は遊歩が恥ずかし気もなく投げつけてくる、大好きという言葉にどんな顔をしていいのか解らないでいる。
「……もっと受け止められるように、鍛えようかな……ジムとか行って……」
「何その鍛える理由が滅茶苦茶邪なやつ!!!」
遊歩がそう言いながらククッと声に出して笑い、悪戯な笑みを浮かべている。
俺の身体に付いた痣を愛し気に撫でながら、遊歩が小さく息を漏らす。
この時の遊歩の表情は犬や猫と戯れている人がする表情と同じで、こういう時に遊歩の変態性を垣間見る。
この人の暴力全てが愛だと思った直感は、今だに間違いじゃないと思うのだ。
傍若無人で乱暴者な事は事実極まりないが、この人は愛が深い人だと思っている。
クズの割には責任感も強く、面倒見だっていいのだ。
「俺、お前が働いてるとこ、今度見に行こうかな……」
「アハハ!!授業参観かよ!!!」
遊歩が職場に行きたいと言い出した瞬間に、思わず本音が飛び出す。
けれどその瞬間、言ってはいけない言葉を吐き出してしまったのではないかと凍り付いた。
『俺の母親は自殺した父親の後追いかけて死んだんで』
『今でも忘れられないんです。姿が見えなくて、探して探してクロゼットの中に入れた父の服の隙間で首吊ってる母の姿』
思い返される遊歩の過去の言葉に、体中の血の気が引いてゆく。
けれど遊歩はそんな俺の様子を見ながら、優しい笑みを浮かべてくれた。
「………ああ、大丈夫。そんな顔しないで」
大丈夫なんて思えないような事がその身に降りかかっているのに、遊歩は笑って済ませてくれる。
上手い言葉を返す事が出来ない俺に、遊歩が真剣な眼差しを浮かべた。
「そのうち一希に全部俺の話をするよ。俺の気持ちの整理が付いたら。
…………そしたら全部聞いてくれる?」
イク寸前の感覚と同じものが体中を駆け巡り、今にも泣き出しそうな気持ちになる。
あの遊歩が俺に自分の話をしようとしている事実が、俺に途轍もない感動を与えていた。
俺が知っていいと、遊歩が思ってくれている。
その事実に思わず心が胸が締め付けられた。
「聞く……遊歩の事、知りたい………」
思わず視界が揺らいだ瞬間、滲んだ視界の向こう側から慌てる遊歩の声がする。
「泣くなって!!ちょっと!!!一希!!!」
遊歩は慌てながらもほんの少しだけ嬉しそうで、何だか優しい気持ちになった。
最近の俺と遊歩の関係性は、共犯者から協力者に変わった気がする。
上手に生きていくことの出来ない二人が、生きる為に支え合っているようなそんなイメージだ。
***
アルバイトを始める様になり、気が付けば二週間の時間が経過していた。
思っていたよりもずっと楽に身体が仕事に慣れた気がする。
休憩時間に携帯を確認した時に、遊歩から今日仕事帰りに遊びに行くと連絡が入っていた。
その知らせが更に今日の、俺の仕事のモチベーションを上げてくれているのだ。
「あれ、どうしたの?なんか今日機嫌良いんじゃない?」
来店した黒澤さんが俺を見るなりそう言って笑う。それに対して俺はヘラヘラ笑って見せた。
「え!!解りますか!?今日、一緒に暮らしてる人が来るんですよ……!!!」
一緒に暮らしている人というと、とても聞こえがいい。
まさか口が裂けても飼い主と玩具の関係性とは言えまい。
義人さんの一件で、遊歩の外面の良さだけは良く解っている。
だから今日も此処に来ても上手く立ち回れるに違いない。
黒澤さんが俺をからかうようにニヤニヤ笑い、何時もの席へと向かう。
すると遥さんが俺に笑いかけた。
「ふふっ!!今日春日君機嫌良いから嬉しいです!!彼氏さん来るの楽しみですね……!!」
彼氏。遥さんからそう言われた瞬間に、思わず俺は固まる。
そんな俺を横目に遥さんはホールに姿を消していった。
けれどこの時に何となく不可解な事が起きたのだ。
俺は遥さんに自分の相手が、男性だとは言っていない。
黒澤さんにさえダイナミクスではない性別の話は濁していたし、遥さんが知る筈がないのだ。
「……俺そんなに男と付き合ってそうなのか………?」
思わず不安になってしまった瞬間、店の入り口のベルが鳴り響く。
出入り口の方には遊歩が立っていた。
「あ……!!!」
遊歩の姿を見けて歩み寄れば、外面の遊歩が爽やかな笑みを浮かべて手をふる。
仕事帰りの遊歩はスーツを身に纏い、誰が見てもカッコいいと思える姿で佇んでいた。
「来たよ」
遊歩が俺を見下ろしながら、ゆっくりと顔を上げる。
それと同時に遊歩の顔が凍り付いた。
いきなり無表情になった遊歩の視線の先には、遥さんが佇んでいる。
すると遥さんは遊歩を見るなり、恍惚の表情を浮かべて笑った。
「……その作り笑いの仕方なら、相変わらず気持ちの悪い笑顔の儘かな?遊歩」
この人は遊歩の事を知っている。
そう思った途端、遊歩が冷たい瞳で口を開いた。
「……お久しぶりですね。お父様はお元気ですか?」
今にも死にそうな遊歩と、妖艶な笑みを浮かべる遥さん。
俺はその間に挟まれて、ただ何も言えない儘でいた。
前の仕事は遊歩が殴った顔の怪我で、辞める事になった事をほんのり覚えていてくれたらしい。
こういう所は優しいなあと感心しながら、自分の身体の方を見る。
その代わり俺の身体は青痣塗れで大変な事になっていた。
最早元々この柄をして生まれてきたのではないかと思うほど、怪我塗れで変色した肌を撫でる。
すると遊歩が俺の身体をじっくり眺めながら、関心した様にこういった。
「ホント、一希根性あるよなぁ……見事だもん、それ」
「やー俺も結構びっくりしてる。こんなに怪我塗れになったのは初めてかなぁ……」
まるで新しい洋服を着て見せているかのように、鏡の前でくるりと一回転して見せる。
「いやー、俺も此処まで全力出して殴れたヤツ居ないから、ちょっとだけ感動してる」
遊歩がこう言いだした時に、ふと遊歩の昔の事が気にかかる。
そう言えば遊歩の昔の恋愛については、本当に何一つ知らないのだ。
こういう時にどう返答を返すのが良いのか、言葉のチョイスが大変である。
深く聞くのも何かおかしい気がするし、かと言って触れないのも微妙だ。
「……俺以外で一番全力出したのって、何時?どれくらい出せた?」
これ位の質問なら変じゃない。このまま会話をしてみよう。
遊歩はベッドに寝そべりながら、上の空の目をする。それからベッドの上を転がりながら、うんうん唸り顔を上げた。
「15とかそんくらいの時に……一応付き合ってた子にお前にした三分の一くらいの勢いでやって、ドロップ入られた」
一応付き合っていた。その言葉がとても引っ掛かり、思わずオウムの様に繰り返す。
「一応」
「うん。一応。皆俺に勝手に恋して勝手に妄想して、勝手に夢抱いてくから。
告白してきたヤツの中で一番向き合ってくれてたヤツ選んだけど……。
感謝はしてる事もあるし、ちゃんと愛してたし初恋だけど……今は顔さえ見たくねぇわ」
遊歩は其処迄話してから、とても不機嫌そうな表情を浮かべる。
そしてゆっくりと起き上がり、俺に向かって手を伸ばした。
【Come】
遊歩に言われた通りに歩み寄り、長い腕の中に収まる。
すると遊歩が俺の身体を物凄い勢いで擽り倒す。余りのくすぐったさに暴れ回れば、遊歩の手が俺の首に入った。
首をきつく締めあげながら、シーツの上で抑え付ける。
その時の遊歩の瞳孔は、何だか自棄に開いて見えた。
それをぼんやりと眺めて身体を遊歩に預ければ、遊歩が静かに俺を放す。
それからケラケラ何時も通りに笑いながら、こう言いだした。
「一希は丈夫で安心する。俺の事全部預けても、受け止めてくれるとこ大好き」
遊歩が恥ずかし気もなく大好きなんて言葉を落としてくるのに、どうしていいか解らずに息を呑む。
最近の遊歩はまるで恋人同士の様に、甘い空気感を出してくる。
そもそも俺と遊歩の関係性は本来、遊歩の玩具という予定の筈だ。
なのに遊歩の俺への対応は、完全に恋人への対応としか思えない瞬間があるのだ。
俺は遊歩が恥ずかし気もなく投げつけてくる、大好きという言葉にどんな顔をしていいのか解らないでいる。
「……もっと受け止められるように、鍛えようかな……ジムとか行って……」
「何その鍛える理由が滅茶苦茶邪なやつ!!!」
遊歩がそう言いながらククッと声に出して笑い、悪戯な笑みを浮かべている。
俺の身体に付いた痣を愛し気に撫でながら、遊歩が小さく息を漏らす。
この時の遊歩の表情は犬や猫と戯れている人がする表情と同じで、こういう時に遊歩の変態性を垣間見る。
この人の暴力全てが愛だと思った直感は、今だに間違いじゃないと思うのだ。
傍若無人で乱暴者な事は事実極まりないが、この人は愛が深い人だと思っている。
クズの割には責任感も強く、面倒見だっていいのだ。
「俺、お前が働いてるとこ、今度見に行こうかな……」
「アハハ!!授業参観かよ!!!」
遊歩が職場に行きたいと言い出した瞬間に、思わず本音が飛び出す。
けれどその瞬間、言ってはいけない言葉を吐き出してしまったのではないかと凍り付いた。
『俺の母親は自殺した父親の後追いかけて死んだんで』
『今でも忘れられないんです。姿が見えなくて、探して探してクロゼットの中に入れた父の服の隙間で首吊ってる母の姿』
思い返される遊歩の過去の言葉に、体中の血の気が引いてゆく。
けれど遊歩はそんな俺の様子を見ながら、優しい笑みを浮かべてくれた。
「………ああ、大丈夫。そんな顔しないで」
大丈夫なんて思えないような事がその身に降りかかっているのに、遊歩は笑って済ませてくれる。
上手い言葉を返す事が出来ない俺に、遊歩が真剣な眼差しを浮かべた。
「そのうち一希に全部俺の話をするよ。俺の気持ちの整理が付いたら。
…………そしたら全部聞いてくれる?」
イク寸前の感覚と同じものが体中を駆け巡り、今にも泣き出しそうな気持ちになる。
あの遊歩が俺に自分の話をしようとしている事実が、俺に途轍もない感動を与えていた。
俺が知っていいと、遊歩が思ってくれている。
その事実に思わず心が胸が締め付けられた。
「聞く……遊歩の事、知りたい………」
思わず視界が揺らいだ瞬間、滲んだ視界の向こう側から慌てる遊歩の声がする。
「泣くなって!!ちょっと!!!一希!!!」
遊歩は慌てながらもほんの少しだけ嬉しそうで、何だか優しい気持ちになった。
最近の俺と遊歩の関係性は、共犯者から協力者に変わった気がする。
上手に生きていくことの出来ない二人が、生きる為に支え合っているようなそんなイメージだ。
***
アルバイトを始める様になり、気が付けば二週間の時間が経過していた。
思っていたよりもずっと楽に身体が仕事に慣れた気がする。
休憩時間に携帯を確認した時に、遊歩から今日仕事帰りに遊びに行くと連絡が入っていた。
その知らせが更に今日の、俺の仕事のモチベーションを上げてくれているのだ。
「あれ、どうしたの?なんか今日機嫌良いんじゃない?」
来店した黒澤さんが俺を見るなりそう言って笑う。それに対して俺はヘラヘラ笑って見せた。
「え!!解りますか!?今日、一緒に暮らしてる人が来るんですよ……!!!」
一緒に暮らしている人というと、とても聞こえがいい。
まさか口が裂けても飼い主と玩具の関係性とは言えまい。
義人さんの一件で、遊歩の外面の良さだけは良く解っている。
だから今日も此処に来ても上手く立ち回れるに違いない。
黒澤さんが俺をからかうようにニヤニヤ笑い、何時もの席へと向かう。
すると遥さんが俺に笑いかけた。
「ふふっ!!今日春日君機嫌良いから嬉しいです!!彼氏さん来るの楽しみですね……!!」
彼氏。遥さんからそう言われた瞬間に、思わず俺は固まる。
そんな俺を横目に遥さんはホールに姿を消していった。
けれどこの時に何となく不可解な事が起きたのだ。
俺は遥さんに自分の相手が、男性だとは言っていない。
黒澤さんにさえダイナミクスではない性別の話は濁していたし、遥さんが知る筈がないのだ。
「……俺そんなに男と付き合ってそうなのか………?」
思わず不安になってしまった瞬間、店の入り口のベルが鳴り響く。
出入り口の方には遊歩が立っていた。
「あ……!!!」
遊歩の姿を見けて歩み寄れば、外面の遊歩が爽やかな笑みを浮かべて手をふる。
仕事帰りの遊歩はスーツを身に纏い、誰が見てもカッコいいと思える姿で佇んでいた。
「来たよ」
遊歩が俺を見下ろしながら、ゆっくりと顔を上げる。
それと同時に遊歩の顔が凍り付いた。
いきなり無表情になった遊歩の視線の先には、遥さんが佇んでいる。
すると遥さんは遊歩を見るなり、恍惚の表情を浮かべて笑った。
「……その作り笑いの仕方なら、相変わらず気持ちの悪い笑顔の儘かな?遊歩」
この人は遊歩の事を知っている。
そう思った途端、遊歩が冷たい瞳で口を開いた。
「……お久しぶりですね。お父様はお元気ですか?」
今にも死にそうな遊歩と、妖艶な笑みを浮かべる遥さん。
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