疼痛溺愛ロジック~嗜虐的Dom×被虐的Subの恋愛法則~

如月緋衣名

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Ⅵ.

Ⅵ 第三話

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「バイト決まって良かったなーって思っちゃいるんだけどさぁ、一人の時間俺何すればいーい??」
 
 
 遊歩がそう言いながら俺の顔を覗き込む。不機嫌だ。今日の遊歩は極めて不機嫌に違いない。
 威圧的な作り笑いを浮かべながら、時折死んだ眼で俺を見つめる。
 弱ってる。なんでたかがバイトが決まった程度で、此処まで落ち込まれなければならないのだろうか。
 さっきから遊歩の周りを、グレアの空気が漂っている。
 ピリピリとした空気の中で、俺はやっと意を決して口を開いた。
 
 
「いや、ほら、いうて週二とか三だよ?今生の別れじゃないじゃん??」
 
 
 誤魔化すように首を傾げれば、遊歩が俯いて溜め息を吐く。
 こんな状態の遊歩の目の前で食事を食べながら、内心全く食べた気持ちにならないでいる。
 今日の献立は焼き鮭とみそ汁となめ茸おろし。ヘルシーでありイイ感じに和食だ。
 
 
 面接帰りに鮭をスーパーマーケットで見た時に、今日位なら自分の好きな食べ物を食べたいと思った。
 普段は遊歩になるべく合わせて、肉が多めの食事にしている。
 今日はお祝いだからちょっとくらいと内心食べるのをとても楽しみにしていたのに、今正直食べてる気が全くしない。
 怖い。めちゃくちゃ怖い。そしてとても面倒くさい。
 
 
「……はー、ただでさえ一希に新しい人間関係出来る度に胃が痛いっていうのにさぁ……。この期に及んで……」
 
 
 ああそういえばこの人、元からメンタルが重たいタイプの人だった。
 遊歩の事は好きになりかけている。認める。恋に限りなく近い感情を抱いている。
 でも機嫌の悪い遊歩以上に面倒臭いものはない。
 
 
「あのさー遊歩。遊歩って今一体俺が何したら機嫌良くしてくれるの?」
 
 
 俺が思わず問いかければ、いじけた遊歩が口をとがらせながら箸を噛む。
 それからわざわざ困ったような表情を浮かべて、あざとい甘えるような声色で囁いた。
 
 
「……一希がずっとお家にいてくれるんなら、俺ご機嫌になるもん……!!!」
 
 
 最近子役俳優時代の画像検索事件以来、遊歩がわざとあざとい動作をするようになった。
 それが完全に計算である事も解ってはいるし、理解はしているつもりなのだ。
 内心本当に可愛い事も事実だし、それを見る度にときめいている事も事実。
 だがしかし、お前はそんなキャラクターじゃないだろうと思うのだ。
 
 
「お前ガワのキャラデザがチート過ぎんだよぉぉお!!そんなキャラじゃねぇのとっくに俺解ってんじゃぁぁぁぁん!!!」
 
 
 俺がそう言って声を荒げれば、遊歩がまた太々しい態度を取り、テーブルの上に肘を付く。
 それからわざとらしく目を逸らし、ぼそりと呟いた。
 
 
「チッ………ダメか……効かねえか……」
「効かねえかじゃねぇよ!!こちとらお前のチンコのサイズ迄体感してんだっつーの!!!」
 
 
 遊歩が俺の言葉にケラケラ何時もの下衆な笑みを浮かべ、俺もつられて噴き出す。
 昔より俺は遊歩に対して雑になったし、遊歩は遊歩で色々な素を見せてくれる。
 大体空気が良くない時は、こうして遊歩と笑い合う。
 こうなった時に意外と遊歩が引いてくれている事を、気付いて居ないわけじゃない。
 粗方ケラケラ笑い倒した後で、遊歩がほんの少しだけ呆けた顔をして見せる。
 それからゆっくりと口を開いた。
 
 
「まぁ、探し回ってお前が部屋にいるの見付けると、心から安心すんのはホント」
 
 
 遊歩の言葉に思わず顔中が沸騰しそうな位に熱くなる。
 今のは冗談なんかじゃない。本音だ。
 遊歩は時折こっちがドキドキするような、本音の言葉を落としてくる。
 日向の遺書の一件で、遊歩の両親が早くに亡くなっている事を知ったが、それ以外の遊歩の過去は遊歩から教えて貰えない。
 俺はそれをとても悲しいと思うけれど、俺だって気軽に日向の話が出来ない。
 話したくないという感情を、誰よりも理解はしていると思っている。
 
 
「そっか……」
 
 
 俺が相槌を打てば、遊歩が穏やかな表情を浮かべる。
 そして座っている椅子に片足だけ膝を立てて、背中を伸ばしていた。
 本当は遊歩から全ての話を聞きたい。何もかも知り尽くしたい。
 どんな風に生まれてどんな風に生きて、どんな恋をしたのかさえ知りたいのだ。
 
 
 だけど俺が遊歩の事を知りたいと思えば思うほど、好きになり過ぎてしまうかもしれないと思う。
 好きになることは怖い。酷い失い方を知っているからこそ、本当に本当に怖くて仕方ない。
 何時どんな失い方をするのかなんて、全く想像出来やしないのだ。
 傷付きたくないから歯止めをかける自分が、ずっとずっと存在している。
 
 
「一希ってさ、あんまりしつこく過去の話とか聞いたりしてこないね」
 
 
 洗い物をしている最中に遊歩が俺に問いかける。
 丁度考えていた事に近いことを言われたと思いながら、スポンジを片手に少し戸惑う。
 前を向けば遊歩が俺の顔色を伺っている。
 洗剤の付いた皿をお湯で流しながら、遊歩の言葉に返事を返した。
 
 
「ああ、まぁ。人に話すと思い出して辛いから、気になっても聞けないんだよな……。
だから、話したくなる迄待っちゃうかも……」
 
 
 人に日向の話をしようとすると、感極まった顔が浮かぶ。
 死ぬ直前の笑顔を思い出す度に自分を責める。
 その時の絶望や不安や恐怖ややるせなさを、例えられる言葉は未だに見付からない。
 なんて表現したら良いか解らない絶望を、人に話せる訳がない。
 
 
「……俺、お前に無理矢理元カレの話聞き出したじゃん。
辛かったろ、ごめんな」
 
 
 遊歩の言葉に思わず顔を上げれば、心配そうな表情の遊歩が目を逸らす。
 何も気にしていないような素振りをする横顔。
 それが何だかとても愛しいと感じた。
 
 
「や、全然そんな………遊歩は良いんだ……。
正直遊歩がああしてなかったら、俺変わらずずっと大根おろし器の性能あげてたと思うし……」
「ぶは!!大根おろし器の性能!!」
 
 
 冗談混じりにそう答えると、遊歩が大笑いを始める。
 強くなったと心から思う。遊歩じゃなければ俺を此処まで引き上げることは出来なかった。
 
 
「……アハハハハ!あー、笑った……アハハ。
なら良かったよ、本当に……」
 
 
 遊歩がそう言いながら、椅子からゆっくりと立ち上がる。
 それから俺の背後に回ったかと思えば、長い腕を俺の体に絡ませた。
 遊歩の唇が俺の項に触れて、呼吸する度に息が掛かる。
 その都度に愛しいという感情が積み上がっていった。
 
 
「俺さ、実は誕生日ってまともに人に祝って貰ったことねぇの。
だから一希に傍にはいて欲しいけど、祝われてはみたいって思ってるよ………」
 
 
 遊歩の声色を聞きながら、ほんの少しだけ緊張を感じる。
 泣いた時だってそうだった。遊歩は笑う以外の感情が籠った表情を、余り人に見せたがらない。
 今遊歩はどんな顔をしているのだろうか。どんな表情を浮かべて、この言葉を口にしているのだろう。
 本当は全てみたい。今どんな顔をしているのか、全てみたいのだ。
 何もかも知り尽くしてしまいたくなる。
 
 
「……それなら頑張って祝わなきゃなぁ………。遊歩は何が欲しい??」
 
 
 遊歩に凭れかかりながら、絡まった長い腕を抱き締める。
 暫しの沈黙のあとで遊歩が小さく呟いた。
 
 
「欲しいものはあるけど………秘密」
 
 
 ずるい。秘密だなんて一切答えにならない。
 折角の誕生日プレゼントなんだから、せめてヒントの一つでいいから欲しいと思う。
 遊歩の方を向こうとした瞬間、俺の唇は遊歩の唇で塞がれる。
 思わず言葉を失くせば命令コマンドを一つ落とした。
 
 
Kiss今はこれが欲しい
 
 
 遊歩の首に腕を絡ませながら、舌を絡めるキスをする。
 命令コマンドは更に続き、その都度に俺の心が揺れた。
 
 
Comeこっちにおいで
 
 
 遊歩に導かれるままにその後ろについてゆく。
 そして今夜もまた、何もかもどうでもよくなる位に気持ちよくなってしまうのだ。
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