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Ⅳ.
Ⅳ 第三話
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落ち着いた雰囲気の喫茶店の内装は、仄かに温かみのあるオレンジ色のライトが照らしている。
赤い絨毯が貼られた床を踏みしめながら、窓際の小さなボックス席に腰かけた。
黒いテーブルの上には金色のシュガーポットが並んでいる。その中から角砂糖を二つ取り出し、紅茶の中に沈めた。
「呼び止めてしまって、本当にごめんなさい。君とはずっと話がしたかった」
そう言いながら俯いた男の顔を見ながら、昔の記憶を懸命に探る。
確かに言われてみれば日向には幼馴染がいた。
時折話に出てきた事を思い返しながら、バクバク鳴り響く鼓動の音を聞く。
あんなに愛していた日向の事を思い出すだけで、冷や汗がダラダラ流れて止まらない。
後ろめたい気持ちばかりが、俺の中に駆け巡ってゆくのだ。
「………いえ、その、気にしないでください」
指先が震えているのを悟られないように、懸命にティーカップを持ち上げる。
自分自身を落ち着ける為に一口だけお茶を飲めば、目の前にいる男がこう言った。
「僕は日向の幼馴染で、神崎義人っていいます。DomでもSubでもなく、ノーマルなんだ」
義人さんがそう言った時に、この人には俺と日向がどんな関係だったのかを知られていると感じる。
余りにも緊張をし過ぎて紅茶の味が一切解らない。
多分今の俺は、今にも死んでしまいそうな顔をしている。
探り探りの状態だと何を言って良くて、何を言ってはいけないかが解らない。
ただ黙りこくっている俺に対して、義人さんはゆっくりと語りだした。
「春日君が日向と恋人同士だった事はもう解ってるから……。
日向の遺書が手元にあるんだ………」
日向の遺書。
その言葉を聞いた瞬間にティーカップを手から滑らせる。
それは物凄い勢いでテーブルの上に落下した。ティーカップ自体は無事ではあるが、ぶちまけたお茶が流れてゆく。
テーブルの上に広がってしまった紅茶の水たまりに、店員さんが駆け付けた。
「大丈夫ですか!?!?」
「あ……!!!ごめんなさい……!!!大丈夫、大丈夫です……!!!!」
品の良い綺麗な手をした細身で眼鏡の男性が、ダスターで紅茶を慣れた手付きで拭き取ってゆく。
その光景を眺めながら、俺は何も話せないまま震えていた。
店員さんが去って行ったあと、義人さんの顔を見つめる。
すると義人さんはとても暗い表情を浮かべていた。
「ごめんね……本当にごめん……今更こんな事言われても、迷惑だったのは解ってるんだ。
でも俺の手元にある遺書は、君が持つべきものだと改めて確信したよ……」
義人さんはそう言いながら、唇を噛み締めて俯く。
そして声を震わせながら語りだした。
「日向、死ぬ直前まで僕の家に避難していたんだ。俺は日向の近くに居たのに、何にもしてあげられなくて。
こんな事を言うべきじゃないのは解る。解っているんだけれど、日向に出会ってくれて有難う」
この人も嘸かし辛かっただろうと思いながら、その言葉に対して頭を下げる。
けれど俺は日向と一緒に死ねなかった死に損ないだ。有難うなんて言葉を言われる価値のない男だ。
けれど俺は日向の遺書の存在を、この時に初めて知ったのだ。
義人さんと一緒に喫茶店から出て、出入り口の前でお互いの目を見る。
上手に笑ってあげる事さえ出来ない失礼な俺に、義人さんは優しかった。
お互いに連絡先を交換して帰路につく。
一人になった瞬間に日向の顔が頭の中に蘇る。
日向。日向。日向。日向。何回名前を唱えたって、日向は二度と帰ってきてくれない。
どうやったってどうしたって、二度と時間は戻らない。
「今更、どうしろっていうんだよぉ………!!!!」
街中で思わず小さく囁けば、涙で視界が歪んでゆく。
そして俺の頭の中には、縁から飛び降りる直前の感極まった目が浮かんで消えた。
***
息も絶え絶えの状態で部屋に戻れば、遊歩がテレビを見ている後ろ姿が視界に入る。
ぐわんぐわん目が回り、今にも吐いてしまいそうだ。
こういう状態になってしまう事は前からある。だけどこんなに辛いのは初めてだ。
覚束ない足元のままでキッチンに足を踏み入れれば、俺の視界に包丁が入る。
身体を傷つけなきゃいけない。身体を傷つけないと俺の思考が元に戻らない。
包丁を持つ手がぶれないように両手でしっかり握り締め、自分の身体に刃先を向ける。
力いっぱい振り下ろそうとした瞬間、俺の手にあった包丁が吹き飛んだ。
包丁はフローリングの床を転がり、キッチンの奥で動きを止める。
それと同時に俺の背後から、とても重々しい声色が聞こえた。
「……何してんだよ」
振り返れば今までにない程にグレアの空気を醸し出した遊歩が、俺の事を睨み付けている。
遊歩が視界に入った瞬間に、涙が溢れて止まらなくなった。
俺の中にある良くない感情の全てが、一気に溢れ出してゆく。
すると遊歩が俺の首を締めあげて、キッチンの壁に叩き付けた。
【Speak】
遊歩の手首に俺の涙が伝い、床にパタパタと落ちてゆく。
俺は声を張り上げながら叫んだ。
「日向のっ……幼馴染にあったっ!!遺書を預かってほしいって、いわれたら!!!頭トンじゃっ……うう!!!
あああああ!!!もうだめ!!!こわれそう!!!だめ!!!!!」
俺がそう言った瞬間に、遊歩が俺の顔を殴り飛ばす。
フローリングの床に叩き付けられた俺の身体目掛けて、遊歩が乗り上げてきた。
今まで見たことのない冷たい瞳の中には、怒りが宿っているように見える。
すると遊歩は俺の目をじっと見つめながら叫んだ。
「馬鹿野郎!!!お前今どこの誰のもんなんだよ!!!俺に命預けてるだろうが!!!
死人にお前取られてたまるかよ!!!!
死人なんかにお前とられてたまるか!!!!」
遊歩の言葉で我に返れば、遊歩が俺の身体を抱き寄せる。
遊歩の声。遊歩の温度。遊歩の吐息。遊歩の鼓動。
全てを感じたその瞬間に、俺は現実に一気に引き戻された。
「……ごめん」
情けない声を漏らせば、遊歩が小さく息を吐く。
それから遊歩は今にも泣きだしそうな声で囁いた。
「…………ばかぁ……もう、一希のばか………」
「ごめんね………!!!」
遊歩が俺に顔を見せない様にして、俺の身体を自分の胸元に引き寄せる。
微かに遊歩の手が震えているのを背中で感じていた。
身体の上にパタパタと、何かが落ちて来るのを感じながら静かに目を閉じる。
遊歩の鼻の啜る音と堪えきれずに漏らす声が、ただひたすらに愛しい。
俺はこの日初めて、遊歩の事を泣かせてしまったようだ。
***
何もそんなに念入りにしなくても良いと思う位に、遊歩が部屋中の刃物を箱にしまう。
俺が元気になってから箱から出すつもりのようだ。
そしてその間はもちろん俺も、料理をしてはいけないことになっている。
思っていたよりも遊歩は過保護に俺の様子を見ていてくれる。
それに安心して落ち着いた時、なんだかお腹が減った気がした。
「今日ご飯何食べる?」
俺が問い掛ければ頭を押さえてうーんと唸る。
「ピザとかとる?たまには」
「寿司もよくない?」
「いいね!一層両方頼もう!そんでパーティーみたいにしよう!」
遊歩がいきなりケラケラ笑い、明るく振る舞い出す。
そして俺を抱き締めてからこう言った。
「生きてたいって位うまいもの食べてさぁ、生きててよかったって思えるような気持ちいいセックスしようぜ」
遊歩の言葉を聞きながら俺は思わず涙を流す。
こんな面倒な人間に手間をかけてくれている、それだけでとても幸せだ。
「うん、する………セックス、沢山する………!!」
泣いている俺を馬鹿にしたように、遊歩が笑いながら指をさす。
それに怒るふりをしながら、遊歩の泣き声を思い返した。
この人はとても強そうに見えて、とても弱い人なんだと思う。
だからこそ、生きてるこの人をこの世に置き去りにして、日向の所にはいけないと初めて思った。
赤い絨毯が貼られた床を踏みしめながら、窓際の小さなボックス席に腰かけた。
黒いテーブルの上には金色のシュガーポットが並んでいる。その中から角砂糖を二つ取り出し、紅茶の中に沈めた。
「呼び止めてしまって、本当にごめんなさい。君とはずっと話がしたかった」
そう言いながら俯いた男の顔を見ながら、昔の記憶を懸命に探る。
確かに言われてみれば日向には幼馴染がいた。
時折話に出てきた事を思い返しながら、バクバク鳴り響く鼓動の音を聞く。
あんなに愛していた日向の事を思い出すだけで、冷や汗がダラダラ流れて止まらない。
後ろめたい気持ちばかりが、俺の中に駆け巡ってゆくのだ。
「………いえ、その、気にしないでください」
指先が震えているのを悟られないように、懸命にティーカップを持ち上げる。
自分自身を落ち着ける為に一口だけお茶を飲めば、目の前にいる男がこう言った。
「僕は日向の幼馴染で、神崎義人っていいます。DomでもSubでもなく、ノーマルなんだ」
義人さんがそう言った時に、この人には俺と日向がどんな関係だったのかを知られていると感じる。
余りにも緊張をし過ぎて紅茶の味が一切解らない。
多分今の俺は、今にも死んでしまいそうな顔をしている。
探り探りの状態だと何を言って良くて、何を言ってはいけないかが解らない。
ただ黙りこくっている俺に対して、義人さんはゆっくりと語りだした。
「春日君が日向と恋人同士だった事はもう解ってるから……。
日向の遺書が手元にあるんだ………」
日向の遺書。
その言葉を聞いた瞬間にティーカップを手から滑らせる。
それは物凄い勢いでテーブルの上に落下した。ティーカップ自体は無事ではあるが、ぶちまけたお茶が流れてゆく。
テーブルの上に広がってしまった紅茶の水たまりに、店員さんが駆け付けた。
「大丈夫ですか!?!?」
「あ……!!!ごめんなさい……!!!大丈夫、大丈夫です……!!!!」
品の良い綺麗な手をした細身で眼鏡の男性が、ダスターで紅茶を慣れた手付きで拭き取ってゆく。
その光景を眺めながら、俺は何も話せないまま震えていた。
店員さんが去って行ったあと、義人さんの顔を見つめる。
すると義人さんはとても暗い表情を浮かべていた。
「ごめんね……本当にごめん……今更こんな事言われても、迷惑だったのは解ってるんだ。
でも俺の手元にある遺書は、君が持つべきものだと改めて確信したよ……」
義人さんはそう言いながら、唇を噛み締めて俯く。
そして声を震わせながら語りだした。
「日向、死ぬ直前まで僕の家に避難していたんだ。俺は日向の近くに居たのに、何にもしてあげられなくて。
こんな事を言うべきじゃないのは解る。解っているんだけれど、日向に出会ってくれて有難う」
この人も嘸かし辛かっただろうと思いながら、その言葉に対して頭を下げる。
けれど俺は日向と一緒に死ねなかった死に損ないだ。有難うなんて言葉を言われる価値のない男だ。
けれど俺は日向の遺書の存在を、この時に初めて知ったのだ。
義人さんと一緒に喫茶店から出て、出入り口の前でお互いの目を見る。
上手に笑ってあげる事さえ出来ない失礼な俺に、義人さんは優しかった。
お互いに連絡先を交換して帰路につく。
一人になった瞬間に日向の顔が頭の中に蘇る。
日向。日向。日向。日向。何回名前を唱えたって、日向は二度と帰ってきてくれない。
どうやったってどうしたって、二度と時間は戻らない。
「今更、どうしろっていうんだよぉ………!!!!」
街中で思わず小さく囁けば、涙で視界が歪んでゆく。
そして俺の頭の中には、縁から飛び降りる直前の感極まった目が浮かんで消えた。
***
息も絶え絶えの状態で部屋に戻れば、遊歩がテレビを見ている後ろ姿が視界に入る。
ぐわんぐわん目が回り、今にも吐いてしまいそうだ。
こういう状態になってしまう事は前からある。だけどこんなに辛いのは初めてだ。
覚束ない足元のままでキッチンに足を踏み入れれば、俺の視界に包丁が入る。
身体を傷つけなきゃいけない。身体を傷つけないと俺の思考が元に戻らない。
包丁を持つ手がぶれないように両手でしっかり握り締め、自分の身体に刃先を向ける。
力いっぱい振り下ろそうとした瞬間、俺の手にあった包丁が吹き飛んだ。
包丁はフローリングの床を転がり、キッチンの奥で動きを止める。
それと同時に俺の背後から、とても重々しい声色が聞こえた。
「……何してんだよ」
振り返れば今までにない程にグレアの空気を醸し出した遊歩が、俺の事を睨み付けている。
遊歩が視界に入った瞬間に、涙が溢れて止まらなくなった。
俺の中にある良くない感情の全てが、一気に溢れ出してゆく。
すると遊歩が俺の首を締めあげて、キッチンの壁に叩き付けた。
【Speak】
遊歩の手首に俺の涙が伝い、床にパタパタと落ちてゆく。
俺は声を張り上げながら叫んだ。
「日向のっ……幼馴染にあったっ!!遺書を預かってほしいって、いわれたら!!!頭トンじゃっ……うう!!!
あああああ!!!もうだめ!!!こわれそう!!!だめ!!!!!」
俺がそう言った瞬間に、遊歩が俺の顔を殴り飛ばす。
フローリングの床に叩き付けられた俺の身体目掛けて、遊歩が乗り上げてきた。
今まで見たことのない冷たい瞳の中には、怒りが宿っているように見える。
すると遊歩は俺の目をじっと見つめながら叫んだ。
「馬鹿野郎!!!お前今どこの誰のもんなんだよ!!!俺に命預けてるだろうが!!!
死人にお前取られてたまるかよ!!!!
死人なんかにお前とられてたまるか!!!!」
遊歩の言葉で我に返れば、遊歩が俺の身体を抱き寄せる。
遊歩の声。遊歩の温度。遊歩の吐息。遊歩の鼓動。
全てを感じたその瞬間に、俺は現実に一気に引き戻された。
「……ごめん」
情けない声を漏らせば、遊歩が小さく息を吐く。
それから遊歩は今にも泣きだしそうな声で囁いた。
「…………ばかぁ……もう、一希のばか………」
「ごめんね………!!!」
遊歩が俺に顔を見せない様にして、俺の身体を自分の胸元に引き寄せる。
微かに遊歩の手が震えているのを背中で感じていた。
身体の上にパタパタと、何かが落ちて来るのを感じながら静かに目を閉じる。
遊歩の鼻の啜る音と堪えきれずに漏らす声が、ただひたすらに愛しい。
俺はこの日初めて、遊歩の事を泣かせてしまったようだ。
***
何もそんなに念入りにしなくても良いと思う位に、遊歩が部屋中の刃物を箱にしまう。
俺が元気になってから箱から出すつもりのようだ。
そしてその間はもちろん俺も、料理をしてはいけないことになっている。
思っていたよりも遊歩は過保護に俺の様子を見ていてくれる。
それに安心して落ち着いた時、なんだかお腹が減った気がした。
「今日ご飯何食べる?」
俺が問い掛ければ頭を押さえてうーんと唸る。
「ピザとかとる?たまには」
「寿司もよくない?」
「いいね!一層両方頼もう!そんでパーティーみたいにしよう!」
遊歩がいきなりケラケラ笑い、明るく振る舞い出す。
そして俺を抱き締めてからこう言った。
「生きてたいって位うまいもの食べてさぁ、生きててよかったって思えるような気持ちいいセックスしようぜ」
遊歩の言葉を聞きながら俺は思わず涙を流す。
こんな面倒な人間に手間をかけてくれている、それだけでとても幸せだ。
「うん、する………セックス、沢山する………!!」
泣いている俺を馬鹿にしたように、遊歩が笑いながら指をさす。
それに怒るふりをしながら、遊歩の泣き声を思い返した。
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