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第十章 或る男の記録

第七話

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「……………幸せって長く続かないものなのだからさ…………満たされてると怖くなる。
幸せはとても儚いものだから、形があったら必ず粉々になって、無くなっちまうものなんだよ…………。
…………だから、関係性を誰かと作るのは、何時も怖い。今、お前とこうなってるのでさえ、俺は怖いんだ」
「………どうして要治さん??私は要治さんの事を絶対に裏切らないのに??」
「……………お前の感情が永遠でも、必ず終わりが来るもんなんだよ。感情なんて関係なく、終わる時は全て終わる。
……………だから今、お前を愛しいと思う心が怖い………」
 
 
 要治とリリスは梨紗子の葬儀の後から、身体と心を重ね合う様になっていた。
 戸惑いながらも要治はリリスに心を開く。自分に愛の言葉を囁く様になった要治に対し、リリスは心を躍らせる。
 『愛される』という幸せをリリスは要治の手によって知った。
 真っ白な髪に指を通しながら、要治は甘い声色でリリスに告げた。
 
 
「…………愛してるよリリス。どんな時もお前は近くにいて、俺を支えてくれて嬉しかった…………。
もっと早くに、素直になってりゃ良かったな…………」
「…………私も!!私も要治さんを愛してる!!」
 
 
 リリスは要治に飛び付き、甘える様に頬擦りをする。要治はリリスの頭を撫でて、華奢な体を抱き留めた。
 要治はリリスとの事を誰にも話はしなかった。要治達の年代では、アンドロイドと人間の性交渉は禁忌であると考える人間が多い。
 視点としては嘗ての、同性愛に近い差別視をされている。
 アンドロイドと人間の性的な関係が、一般視され始めてきたのはごく最近の事だった。
 
 
 要治はリリスとの関係を決して人には話さなかった。二人の関係は夜の研究所の中で、密やかに成立しているものである。
 秘め事を繰り返していたある日、事件が起きた。
 
 
***
 
 
 この夜、要治は仕事の都合で外に出ていた。研究所に残されたリリスは、要治の帰りを待っている。
 出入り口から物音が聞こえた時、リリスは要治が研究所に戻って来たのだと思った。
 リリスが出入り口に走ると、酔っぱらった東郷と視線が合う。東郷は真っ赤な顔でリリスに手を振った。
 
 
「あれ…………東郷さん…………??」
「あはは、リリスごめんねぇ~!!ちょっと今、酔っぱらってるからさぁ…………。此処で寝かせてくれない??」
 
 
 東郷はネクタイを緩めながら歩き、研究所のソファーにドカッと座る。
 リリスは今夜は要治と、触れ合う事は出来ないと悟った。
 
 
「…………あ、わかり、ました…………」
 
 
 リリスは真っ赤な顔で天井を仰ぐ東郷を見て、冷蔵庫からミネラルウオーターを取り出す。
 東郷の座っているソファーの前にペットボトルを置くと、東郷がリリスの顔を覗き込んだ。
 
 
「………………本当に梨紗子と同じ顔だね…………」
 
 
 東郷は酒臭い顔をリリスに近付け、唇に唇を重ね合わせようと動く。
 リリスは慌てて東郷の肩を押し、懸命に逃れようとした。すると東郷は舌打ちをし、いきなり豹変したのだ。
 
 
「……………テメェ!!その顔で俺を拒絶するんじゃねぇっ!!!」
 
 
 東郷はリリスの身体を突き飛ばし、床の上に突き飛ばす。リリスは東郷の暴力から逃れようと、手で自分の身体を庇った。
 東郷はリリスの身体を革靴で踏みにじり、何度も何度も蹴り飛ばす。するとバタバタと急ぎ足の靴音が響き渡った。
 
 
「慎一お前ッ!!何してんだよッ…………!!!」
 
 
 東郷とリリスの間に入った要治はリリスの事を庇う。リリスは東郷から逃れ、要治の胸にしがみ付いた。
 ただならぬ雰囲気を醸し出す二人を見て、酔った東郷は逆上する。東郷は声を荒げて叫び散らした。
 
 
「何で今、お前が此処に来るんだよ!!どうして今、お前が此処に居るんだよ!!
何時も何時も梨紗子の時も、結局お前が邪魔をする…………!!!」
 
 
 東郷は酔っぱらった様子で暴れ、要治の顔も殴りつける。
 要治は殴り飛ばされながら、梨紗子に好かれていたのを東郷に知られていた事に気付く。
 要治は東郷のことを知らず知らずのうちに傷付けていたと、今更になって知ったのだ。
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