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第八章 核心に触れる

第八話

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 パソコン室の中のアンドロイドの動きを止め、前嶋とマリアは床に崩れる。
 他の警官が応援で駆け付けた時には、マリアの身体には細かい擦り傷が付いていた。
 大事に大事に囲い、見目を整えて可愛らしく着飾らせていたマリアが、傷だらけになって床に転がっている。
 真生はマリアを見下ろしながら、溢れる涙を止める事が出来ないでいた。
 狂暴化したアンドロイドを止める為の捜査協力は、想像をしていたよりもずっと過酷である事を理解する。
 この戦いでマリアが壊れても、おかしくないと真生は感じた。
 
 
「…………マリア」
 
 
 力なく名前を呼ぶと、長い睫毛を揺らしながら大きな目を開く。
 空色の虹彩は無傷の真生を見た瞬間、パァッと明るい表情を浮かべた。
 
 
「…………ああ良かった!!ご主人様、ご無事ですね!!」
 
 
 傷だらけで人工血液が滲む身体。マリアは起き上がり真生を抱きしめる。
 真生はマリアの身体にしがみ付きながら、ボロボロボロボロ涙を流していた。
 泣く自分もマリアに守られる自分も、とてもとても恰好が悪い。危険な目に遭わせた挙句、愛しているとさえ口に出来ない。真生は改めて自分が情けないと思った。
 マリアをこれ以上の危険な目には、絶対に合わせたくない。
 そう思った真生はこれ以上の捜査協力を、拒否しようと考えていた。
 
 
***
 
 
 怪我の手当てをされる前嶋を目の前に、上手に言葉を組み立てられずに戸惑う。
 これ以上の協力は出来ないと一言告げるだけなのに、アンドロイドから怪我を負った前嶋に、申し訳なさばかりが沸き上がる。
 まるで自分だけ尻尾を巻いて、戦線を離脱する様な、そんな気がしてしまうのだ。
 そもそも一般市民の真生の様な人間が、警察の捜査に参加しなければいけないのも良くない。
 不条理な点は幾らでも頭に沸き上がるのに、言葉にして発する事は出来ないのだ。
 
 
 医療アンドロイドから顔にガーゼを貼られ、腕を縫われる前嶋が、真生を見て切なげに微笑む。
 前嶋は真生から目を伏せ、小さく嘆いた。
 
 
「…………穂積さん。私のせいで貴方と、大切なマリアさんに迷惑をかけ、本当に申し訳御座いませんでした」
「…………あっ、いや…………」
 
 
 先に謝られてしまうと、思わず恐縮してしまう。
 真生が慌てて取り繕おうとするのを横目に、前嶋は言葉を続ける。
 
 
「…………私の伴侶はAIアンドロイドなんですよ。元々中身も消されずに、不法投棄をされていたものを、手続きして自分のものにしました。
……………一目で、恋に落ちました」

 
 真生は前嶋の言葉に驚き、言葉を失う。前嶋のアンドロイドに対する敬意を、様々な場所で犇々と真生は感じていた。
 そのルーツをこの会話の一言で、全て垣間見た様な気持ちになる。前嶋は深々と真生に頭を下げた。
 
 
「……………きっとああいった場になった時、彼女もマリアさんと同じ選択をする。
自分が戦って、主を守るという選択を。今日のマリアさんを見て思いました………これ以上貴方にご迷惑をおかけする訳にはいかない」
 
 
 真生は何も言葉を返さずに頷き、医務室から出てゆく。廊下にはボロボロに傷付いたマリアが真生を待っていた。
 
 
「ご主人様………!!帰りましょう!!」
 
 
 マリアは無邪気に真生に手を差し出し、満面の笑みを浮かべて微笑む。
 真生はマリアの手を握り締め、ゆっくりと歩きだした。
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