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第六章 正しい、が解らない

第四話 

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 規則的でありながら、速度が異常に早いタイプ音が響くと、綾香とロイの作業の手が止まる。
 マリアは真生の指示通りに、マリアが出来るプログラムのソースコードを組み立てていた。
 
 
「……………今私、シンギュラリティを目の当たりにしているのかしら……………」
 
 
 綾香がそう言って息を飲み込む横顔を、真生は得意気な様子で見ている。
 マリアは空色の虹彩にパソコン画面を映し出しながら、幾つも幾つもプログラムを組み立てる。
 真生が指示を出したところまで組み立てを終わらせたマリアは、ふうっと小さく息を吐いた。
 
 
「ご主人様ぁ!!ちゃんと起動するか確認してください!!」
 
 
 マリアはプラチナブロンドの髪を勢い良く揺らし、真生の方を見て微笑む。
 真生は500mlペットボトルサイズの、小型のアンドロイドを二体手にして、マリアの組んだプログラムを其処に入れる。
 アンドロイドを起動すると同時に、マリアの組んだプログラム通りの動作を始めた。
 
 
 綾香がキラキラと目を輝かせながら、マリアの動かしたアンドロイドを見つめる。
 アンドロイドは銀色の光沢のあるボディーをしており、表情は小さなモニターで映し出される仕様だ。
 真生のいる研究室の中では、その小型アンドロイドは実験用ラットの様に使われていた。
 ちゃんと男女の性別も存在している。それを作り出したのは博嗣である。
 
 
 パタパタと動くアンドロイドを見ながら、マリアは得意気に綾香に微笑む。
 真生はその様子を眺めながら、マリアは綾香にちょっとした闘争心を燃やしていることに気付く。
 けれど綾香は全くそれに気付かず、ただただマリアの存在に感動していた。
 
 
「マリアちゃん、凄い…………!!こんなに素敵なんて……………!!感動しちゃう…………!!
ロイはLILITH6を入れててね、プログラムを組むことは出来ないのよ………!」
 
 
 綾香は目を輝かせながらマリアに詰め寄り、両手をギュッと掴む。
 慌てたマリアは真生の方を見て、目で助けを求めていた。
 真生とロイはそれに気付きながらも、とても綾香が穏やかなのでそっとする。
 今、この研究室には癒しが足りていなかった。
 
 
「ね、ね、穂積君!!私マリアちゃんと話したいから、一緒にランチしない??」
 
 
 綾香はマリアの腕に腕を絡ませ、満面の笑みを浮かべる。
 マリアは苦笑いを浮かべたままで、ぎこちなく真生を見た。
 
 
「俺は良いよ。ロイとも話したいから」
 
 
 真生がそう言うとマリアは表情を強張らせ、綾香は満面の笑みを浮かべる。
 ロイはそんな二人の様子を眺めながら、困った様に笑っていた。
 
 
「………ねぇ!!マリアちゃん!!このソースコードの事なんだけど!!」
「………ひぇっ!?はっ、はい!?」
 
 
 綾香に喰い気味に話し掛けられているマリアは、動揺を隠せないでいる。
 そんな二人の姿を眺めている真生とロイは、二人には聞こえない位の小さな声で話し始めた。
 
 
「……………今日の綾香さん、凄く楽しそうで嬉しいです。最近ちょっと疲れてたんで」
「そう、なら良かったよ」
「………はい。有難うございます。僕にはこういう事は出来ないから……………」
 
 
 そう言って目を伏せたロイの睫毛は真っ白で、瞬きをすれば音がしそうな位に長い。
 真生はロイの端正な横顔を眺めながら、ロイと綾香がキスをする姿を、思わず思い浮かべてしまった。
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