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第六章 正しい、が解らない

第一話

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 主力二人の人員欠けは、研究室の人間にはとても痛かった。
 全く作業が上手く進んでいかないと、真生と綾香は溜め息を吐く。
 ロイは単調作業は出来るが、マリアの様にプログラムは組めない。簡単なものでも無理なのだ。
 痺れを切らした綾香は真生に、ある提案を持ち掛けた。
 
 
「……………穂積君、マリアちゃん連れて大学これない??」
「…………は?」
 
 
 研究室での昼休み。真生と綾香とロイは三人で研究室にいた。
 マリアの作ったお弁当の、甘い卵焼きを箸で摘まんだまま真生は硬直する。
 綾香は紙パックの野菜ジュースにストローを挿し、気怠そうな様子でそれを飲んでいた。
 最近の綾香の表情からは、明らかに疲れが見て取れる。綾香は美桜の面会が出来る様になった辺りから、ずっと病院に通い詰めているのだ。
 
 
 美桜はAIアンドロイドに対して、露骨に恐怖心を抱く様になり、研究室にも来れないと言いだした。
 身体が治っても休校すると届け出を出したことを、先日綾香から聞いたばかりだ。
 美桜はアンドロイドに殺されかけている。それ位の恐怖を抱くのは仕方がない事だ。そうなると実質、一人確実に研究室から人が消える。
 既に綾香の状態は満身創痍。真生も横目に見ながら心配に感じていた。
 心なしか窶れた様に見える綾香の隣には、心配そうな表情を浮かべるロイ。真生は深く溜め息を吐いて、眼鏡を指で押し上げた。
 
 
「……………マリアは………他のAIより気難しいところがあって…………」
「………知ってるわ。命令しなくても過去データを元にして、自分の意志で行動を選択できるのよね。
殆ど普通の人間と同じように、考える事が出来るんでしょ??」
 
 
 綾香は食い気味にマリアの事を話す。綾香はシンギュラリティ科学賞の際の、真生のスピーチを覚えていた。
 流石才女だと思いながら、綾香から目線を少し逸らす。
 すると綾香は真生の座っているゲーミングチェアを、自分の方へと無理矢理回転させた。
 綾香はマリアと正反対なタイプの清楚な美人だ。末広がりの二重瞼と薄い唇。
 綾香とこんなに至近距離で顔を近付けたのは、付き合っていた時以来である。
 
 
「…………………穂積君、今ね、優秀な人員が必要なの。解る?」
 
 
 綾香の圧に気圧された真生は、苦笑いを浮かべる。改めて綾香から目を逸らしながら、距離を取る。
 真生は蚊の鳴くような声で、綾香に返事をした。
 
 
「…………解る、けど…………マリアが嫌って言わなかったら、かな…………」
「そうね。意志がちゃんとある子だもの。彼女に聞いておいて欲しい…………」
 
 
 真生は綾香の言葉に頷き、パソコンの方を見る。この時、真生はとても気が重かった。
 確かにこの研究室の中にマリアが居れば、作業は想像しているよりずっと早く進む。
 けれど真生にはこの場所に、マリアを呼びたくないだけの理由があるのだ。
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