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第三章 幽閉された姫君

第六話

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 二人で一緒にロイを起動させた日を、真生は今でも覚えている。
 真生と綾香と、何も覚えていないまっさらな状態のロイ。
 真生はロイを兄弟の様に可愛がり、色々な知識を教えこんだ。その優しい日々が真生の頭に甦る。
 
 
 少しだけ物悲しい気持ちになりながら、真生はキーボードを指先で叩く。
 すると真生の座っている椅子の背凭れに、少しだけ力が掛かった。
 ギッ、という椅子の軋む音の次に聞こえたのは、小さな息遣い。
 真生の耳に入った戸惑いの息の声色は、少年を思わせる様な淡い柔らかいものだった。
  
 
「…………真生さん」
 
 
 真生が振り返った瞬間、炎の様な茜色の虹彩と視線が絡まる。
 美しい少年の顔立ちのアンドロイドが、パチパチと白い睫毛を揺らし瞬きをする。
 真生の背後に立っていたのはロイだった。
 
 
「…………え、ロイ?」
 
 
 作業に集中していた真生は、研究室から人が居なくなっていたことにやっと気付く。
 ロイは真生を気遣ったからなのか、二人きりの時に声を掛けてきた。
 AIアンドロイドの記憶は削除をすることが可能だ。
 その物事自体を完全に削除して、記憶から消去する事が出来る。
 真生は綾香と別れた後に、ロイから自分の記憶を消される覚悟を決めていた。
 
 
 けれど何故か綾香は、ロイの中にある真生に関する記憶を削除していなかったのだ。
 ロイは時折、こっそり真生に声を掛けてくる。真生はその度に密やかにロイと語らうのだ。
 
 
「…………お元気でしたか?」
「ああ、元気だよ。ロイも調子が良さそうだね」
「此処に来るのは久しぶりなので、真生さんにお逢いできて嬉しいです」
 
 
 真生に人懐こく話し掛けてくるロイを見ながら、綾香に見付かったら面倒だと思う。
 けれどロイが話し掛けて来ることは、真生は内心嬉しかった。
 まるで嘗ての自分の家族に、久しぶりに逢っている様だ。
 
 
「どうだい?生活は上手くいってる?」
「……………はい!新しいことも沢山覚えました!今度LILITH6のデータにアップグレードするんです!」
「ああ、そうなんだ!そういえばロイは初期のLILITHが基盤だったっけ?」
「はい!なので、今挨拶をしておきたいなと。アップグレードが上手くいかないと、たまに記憶が漏れてしまうので…………」
「ああ、わざわざありがとうね。嬉しいよ。…………無事にアップグレード出来たら、LILITH6の感想教えてほしいな」
 
 
 真生がそう言うと、ロイは笑う。そして真生に手を振りながら、速やかに綾香の席へと戻る。
 すると綾香はすぐに研究室に戻ってきた。
 何事も無かったかの様に振る舞い、パソコンのモニターを凝視する。
 真生はふとパソコン上の時計を見ながら、あと30分で迎えがくることに気が付く。
 そして真生は慌てて席を立ち、アダム社に向かう準備を始めた。
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