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第三章 幽閉された姫君

第一話

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 余り畏まり過ぎず、それでいてカジュアルにもなり過ぎない服装。真生はそういうものを考えることが一番苦手だ。
 真生はとても珍しく服を買って帰ってきた。
 姿見の前で何着も新しいシャツを胸元に宛がい、何度も何度も首を傾げる。
 それに合わせてベッドの上に寝そべったマリアが、真生と一緒に首を傾げた。
 
 
「ご主人様、それ全部似合うけれど………………なかなか決まりませんね………………アダム社の会社見学に着て行くお洋服………………」
 
 
 マリアがそう言うと、真生は『はぁー』と深いため息を吐く。そして引っ張り出した服をそのままに、ベッドの上に腰掛けた。
 
 
「そうなんだよね………遊びに来るつもりで来て下さい、ってヤツが一番気を使う」
「あー………ご主人様にはまだ、スーツの方が気が楽ですよね…………」
 
 
 今から約一週間前のこと。アダム社の現代表取締役の東郷慎一から、会社を見に来ないかという打診が来た。
 訪問する日付は大体一週間後。ちょうどその時、真生は『LILITH6』について気になっていた最中だった。
 今迄にない最新型のAI、という売り文句以外、真生はLILITH6について知らない。
 見学に行くと決めて東郷に連絡を返す。すると東郷の送ってきたメッセージはこうだった。
 
 
『遊びに来るつもりで来て欲しい。スーツなんて着て来なくて構わない。穂積君とお茶をしながら、深く語り合いたい』
 
 
 東郷から来た連絡は、まるで異性に送るデートの誘いの様だった。 
 ヘッドハンティングの話をされた時に、一度だけ真生は東郷の顔を見た。
 東郷はとても中性的な美しい顔立ちの男で、傍らに二人も女を抱えていたのが印象的だ。
 着ていたスーツも異様に派手で、アダム社の代表とは思えない。
 東郷慎一という男は、まるで夜の街で働いている様な、チャラチャラとした雰囲気を醸し出していた。
 真生はアダム社には興味を持っていたが、東郷が少し苦手だとその時に感じたのだ。
 
 
 東郷はギラギラしている。自分に自信がある上にセールスポイントを把握できているタイプだ。
 東郷と同じ雰囲気を醸し出しているのは、綾香の恋人の幹彦。彼らは真生とは全く正反対の男達である。
 飢えた肉食獣の如くにギラギラして、狙った獲物を虎視眈々と狙うことの出来る人種こそ彼らだ。
 きっと女の子にもこういう内容のメールを送り、誘い出しているに違いないと真生は思う。
 
 
 LILITH6の事は知りたいが、東郷と上手く話せる自信はない。
 真生は明日の服装をとても無難に、華美ではない黒いシャツと黒いパンツに決めた。
 
 
 真生はそれをハンガーに引っ掛けなければいけないと思う。けれどその気力が沸き上がらない。
 真生の隣では肌着の儘で寝そべったマリアが、真生の顔を凝視していた。
 自分の服を選ぶ時、真生は『何時もと同じ無難なデザイン』ばかりを選びがちになる。
 けれどマリアの服を選ぶ時だけは、話は別なのだ。
 
 
「………そういえばリビングに君の服も買って置いてあるから、着てみてくれる?」
 
 
 真生がそう言うと、マリアは身体をぴくりと跳ね上げる。
 パタパタと寝室から出てゆくマリアを横目に、真生は癒された気持ちになった。
 自分が着たい服に関してはどうでもいいが、マリアに着せたい服に関しては欲が尽きない。
 今日も結局真生は自分の服より、マリアに着せる服を優先して買っていた。
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