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第二章 人間とアンドロイドの「最期の一線」

第九話

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 AIアンドロイドには基本理念というものがある。その基本理念は『自分の持ち主の命令は絶対』だ。
 マリアには欲もあれば感情もある。けれど、基本的に真生の命令なら全て聞き入れる。
 時折真生の意見に自分の考えを述べることはあれど、それは決して否定ではない。
 
 
 真生とマリアの間には、緩やかな絶対服従が存在していた。
 
 
 自宅に向かい歩きながら、真生はふと帰路の途中のゴミ捨て場に目をやる。其処には最新型のAIアンドロイドが棄てられていた。
 女性型のアンドロイドには『廃棄品』のシールが貼られている。真生はマリアにそれを見せたくないと感じた。
 
 
「…………マリア、違う道を通って帰ろう」
 
 
 マリアの細い手を掴み、何時もより遠回りな道を通って自宅へと向かう。
 AIアンドロイドを廃棄する主な理由は『型が古くなったから』が、圧倒的に多い理由だ。
 けれど棄てられていたアンドロイドは最新型。真生の中で良くない可能性が沸き上がる。
 最近のAIアンドロイドは『完璧な人間』に近付き過ぎた。それと長く接し続けると、アンドロイドに対して『愛情』が沸き上がる。
 アンドロイドと超えられる最期の一線を優に超え、ある日突如として人は我に返るのだ。
 
 
 今ある交わりには、本当の愛は存在しない。総ては作り物である。
 
 
 それに気付いた人間は人間に愛を求め、アンドロイドが疎ましくなる。それに主人を愛する様に出来上がったAIを、良いと思える伴侶と出逢えるのは稀だ。
 しかもそのアンドロイドは、自分の伴侶と身体を重ねたアンドロイドである。嫌悪感の方が勝るものだ。
 恋人に嫌だと言われて捨てた。結婚するから捨てた。
 そうして棄てられたAIアンドロイド達が、山の様に存在するのを真生は解っている。
 そして中に入っていたAIも、無惨にも人の手で削除をされるのだ。
 
 
 マリアと違って他のAIは、LILITHのお陰で気軽に出来上がり、削除するのも簡単だ。知能が人間よりも低いAIは『ただの便利な道具』に過ぎない。
 マリアは真生にとって特別愛着がある存在だ。手放すつもりは全く無い。
 だからこそ棄てられてゆくアンドロイドを、美しい空色の虹彩に映し出したくないと思う。
 この綺麗な空色の虹彩には、彼女が望むものだけを映させたい。
 
 
「…………ご主人様、何処に行くんですか?」
 
 
 マリアの問い掛けに対し、ぎこちない作り笑いを浮かべる。真生は眼鏡を直しながら優しい嘘を口にした。
 
 
「………君の飲むハーブティーをさ、少しだけ観に行きたくて」
 
 
 この時にマリアは棄てられたアンドロイドを、空色の虹彩で捉えていた。真生はそれに気付いていない。
 アンドロイドの末路に関して、マリアは真生よりもずっと、とても理性的に捉えていた。
 廃棄に関してだけは、AIは理性的に受け入れておかなければいけないものなのだ。
 AIアンドロイドである限り、廃棄はやむ負えない事であるとマリアは思う。
 人間が病気になるのと同じで、AIだってバグを起こす。
 AIの場合はバックアップさえ取っておけば、再生することは出来る。
 けれどデータの保存が完全に上手くいくとは限らない。無事に再生するのかも解らない。
 
 
 それに人間が死ぬ様に、アンドロイドも故障をするのだ。
 
 
 ある日神様がやってきて、人間になれる魔法をかけない限り、自分は『道具』のままである。
 自分自身が『道具』である事を、ちゃんと自覚し続けておかなければいけない。
 真生がマリアの事を『要らない』という時か、自分のデータが崩壊する時が、命日なんだとマリアは理解している。
 その為にマリアは棄てられたアンドロイドを、受け入れて捉えていたのだ。
 
 
 廃棄をされることは怖いことではないと、頭の中で理解をして動いている。
 いつか自分も同じ様に、棄てられる日が来る覚悟は出来ている。
 真生は人間と愛し合っていた事もある。いつかまた、誰かを愛する日が来た時に、その人が自分を受け入れるとは限らない。
 そうなった時に消される覚悟は、もうマリアにはとうに出来ていた。
 
 
 けれど真生は棄てられたアンドロイドを見付け、心から傷付いた顔をした。
 真生が露骨に嫌悪感を抱いたことも、マリアに見せたくないと思っていた事も、本当は解っていたのだ。
 
 
 マリアは真生の手を握り、自分の主が真生で良かったと思う。
 自分を不安にさせない様に取った行動だと、マリアは気付いていた。真生を優しい人だと思うと、自然と笑みが零れる。
 マリアはほんの少しだけ真生より一歩下がり、真生について行く様に歩き始めた。
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