馬に蹴られても死んでなんてやらない【年下αの魔性のΩ略奪計画】

如月緋衣名

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最終章

第三話

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 操さんと番契約をしてから、早5年の月日が経つ。
 気が付けば嘉生館には従業員が増えて、俺も経営側に回る様になっていた。
 
 
「だぁーかぁーらぁー!!!何遍同じこと言うたら解んねん!!
アンタはうちより若くて頭しっかりしてんねんから、そんな初歩的な間違いやめぇや!!!」
 
 
 大女将が俺の解いた問題集を見て、眉を顰めて溜め息を吐く。
 俺は懸命に大女将からのお小言に耐えながら、様々な感情を飲み込み頭を下げた。
 
 
「………すいませんでした」
 
 
 俺が謝罪の言葉を口にすると、大女将はフンと鼻を鳴らす。
 俺は操さんと番契約を結んでから、勉強を始める様になった。
 切っ掛けは地上げ屋二人が起こした事件からだ。
 俺の経営学やら経済学の先生は、親父と大女将である。
 口はきついがしっかり俺に、色々なものを叩き込んでくれるのだ。
 昔は毛嫌いしていた勉強も、実際に触ってみると考えが変わるものだし、自分が力をつけると守れるものが増えると知った。
 知識は身に付けると、とても役に立つものだと思う。
 
 
 地上げ屋の事件以来、嘉生館と斎川グループの交流は深まった。
 嘉生館は『温泉町再開発事業企画書』の都合で、斎川グループと事業契約を始める様になったのだ。
 俺は今嘉生館と斎川グループの間を行き来し、毎日慌ただしく過ごしている。
 先日は頭の堅い大女将を懸命に口説き落とし、嘉生館にゆるキャラを作ったばかりだ。
 猫をモチーフにした「かしょう君」というキャラクター。それをデザインしたのは佐京と侑京である。
 
 
「ねぇ侑京、僕たちの作ったゆるキャラがさ、こうして動いてると感動するね……!!」
「…………殆ど佐京の絵だろ??俺は何にもしてねぇよ………」
「そんな事ないよ!!あれは侑京の案を僕が描いたんだから!!………だから二人だよ??」
 
 
 佐京と侑京がテレビのCMを見ながら、キラキラと目を輝かせる。
 二人の体質が違ったり、意外と顔の特徴がそれぞれあるのは解っていた。
 双子でも二卵性双生児だと操さんから聞かされた時も、正直余り驚かなかった。
 八歳になった二人は、先日更に性別が判明した。佐京がαで侑京がΩ。
 最近の二人には、その性別が如実に現れている気がする。
 昔は侑京に佐京が振り回されていた気がするが、最近はその逆が多い。
 それに佐京は侑京がとても可愛い様で、執着心が強いのだ。
 
 
「あ!!虎!!おばあちゃん!!」
「あー!!虎ぁ!!おばあちゃんもいるー!!今日もお勉強??」
 
 
 二人は俺と大女将の方を見て、パタパタと手を振り微笑む。
 普段二人は俺の事を、昔と変わらず『虎』と呼ぶ。
 悪い事をした時や、欲しいものがある時だけは『お父さん』と呼ぶのだ。
 先日親父には「お前の子供じゃない筈なのに、お前にそっくり」と笑われた。内心それは俺も思っている。
 
 
「せやで。今虎は頑張っとるからな。そろそろ今日の勉強は此処までにしよか。
………そろそろ操の世話あるやろ」
 
 
 大女将はそう言いながら、眼鏡を仕舞って席を立つ。
 俺がテキストを仕舞い始めると、そわそわした様子で佐京と侑京が歩み寄って来た。
 
 
「佐京!侑京!家帰るかぁ!!」
 
 
 俺がそう言って微笑むと、二人は満面の笑みで頷く。
 佐京と侑京の笑い方は、年々操さんによく似てきている気がする。
 掃除途中の横さんと、フロントに立つ林さんが俺達に手を振る。
 嘉生館のメンバーは皆、相変わらず元気だ。
 最初のうちは大女将から、嘉生荘の部屋を借りて住んでいた。
 けれど諸事情で近所の一軒家に引っ越したのだ。その諸事情も、とても幸せな事だ。
 
 
***
 
 
 家に戻ると緩めのワンピースを着た操さんが、何時も通りの笑顔で迎えてくれる。
 八重歯を見せて目を細める笑い方は、相変わらず可愛い儘だ。
 もう大分、お腹が大きくなった様に思う。
 
 
「みんなぁ♡おかえりぃ♡」
「ただいまお母さん!!」
「ただいまお袋…………」
 
 
 佐京と侑京が『ママ』を卒業した時、操さんはよく寂しがっていた。
 あんなにママと呼んでいた二人が、ある日を境にママと呼ばなくなる。
 俺のその時期は二人より早かったなと、少し昔を懐かしんだ。
 佐京も侑京も初めて逢った時と比べると、大分大人になったと思う。最近は余り泣くこともないし喧嘩もしない。
 そんな二人は来年に、更に大人になる。その理由は操さんと俺の子供が生まれるからだ。
 
 
「そういえば虎ちゃん!!赤ちゃん!!女の子だそうです!!検診で解りましたぁ!!」
「じゃあ娘か!!斎川家初めての女の子だ………!!」
 
 
 妹と聞いた佐京と侑京は笑い合い、お兄ちゃんになることを純粋に喜んでいる。
 俺はそんな二人を見ながら、とても愛しいと思った。
 佐京と侑京は血の繋がりがなくても、俺には大事な家族である。勿論大女将も同じだ。
 ふとした時に、俺は自分が幸せだと思う。
 大きな幸せが来た時も勿論嬉しいが、何気ない穏やかな日常を送りながら幸せを感じる。
 最近の俺は自分でいうのもなんだが、幸せを見付ける天才なんじゃないかと思う。
 
 
 素晴らしい人生を送っている。心からそう思う。
 
 
「ちょっと今出掛けたい所あるんだけどぉ、いいかなぁ?虎ちゃん」
 
 
 妊娠してから余り出歩きたがらなかった操さんが、俺に出掛けたいと話す。
 それがなんだかとても珍しいと思った。
 
 
「いいですよ。お散歩デートしましょ!」
 
 
 茜色の道を歩きながら、操さんと手を繋ぐ。
 二人で歩いて辿り着いた場所は、誠治さんの墓だった。
 
 
「彼に、俺、ロクに挨拶に来れてなかったから!!
………ごめんね誠治さん!今は俺、誠治さんのお気に入りの着物をさぁ、着てこれないんだぁ!」
 
 
 そういって彼の墓に手を合わせる操さんの背中を、懐かしい気持ちで見つめる。
 戻ってきたら絶対ぶん殴ってやると、思いながら生きていた遠い日々が懐かしい。
 俺は彼に謝りたかった。勝手に悪人だと思い込んでいたことを。そして、操さんを騙しているなんて、思い込んでいたことも。
 
 
 彼は操さんを深く愛していた。本当に深く、操さんは愛されていたのだ。
 
 
「………貴方の大事なものだから、大事にします。絶対に、操さんには寂しい思いはさせません!」
 
 
 手を合わせた操さんの後ろで、今まで伝えたかった感情を吐き出す。
 操さんは驚いて、俺に向かって振り返った。
 
 
「もう……虎ちゃんてばぁ!!帰ろぉ♡♡」
 
 
 操さんに手を引かれ、墓地を後にする。
 家への帰り道は少し遠回りをして、海の見える道にきた。
 夕方の海を眺めながら、操さんと二人で笑い合う。水面はキラキラとオレンジ色に光輝いていた。
 
 
「そういえば俺が好きだった喫茶店がね、駅前にあったケーキ屋さんとさ、一緒に隣駅のビルに出店したみたいでぇ……」
「もしかしてプリンアラモードと、大きな苺の乗ったショートケーキ?」
「すごぉい!!虎ちゃん、なんでそんな事覚えてんのぉ??」
「覚えてますよ?アンタの事だったら、片時も忘れることがない位」
 
 
 お揃いの指輪を指に光らせながら、家に向かって歩く。
 操さんは八重歯をみせる何時もの笑みを浮かべて、照れ臭そうに目を細めた。
 
 
「…………俺、幸せモノだなぁって、今改めて思っちゃったぁ………。こんなに穏やかな日々を送れるなんて、思ってなかったからぁ………」
 
 
 そう語る操さんの横顔を見ながら、初めて抱いた日の事を思い返す。
 あの日から今。操さんは変わった。もっともっと、綺麗になったと思うのだ。
 
 
「でも………俺思ってた事があるの………。
夜が来たら必ず、朝が来る。明けない夜はこの世に無い。でも、それって逆もなんだよねぇ……………。
ずーっと幸せだったなら、何時か不幸がきてもおかしくない………」
 
 
 操さんは黒髪を海風に揺らし、目を伏せる。
 誠治さんの死に対して操さんが負った傷は、とても根深いものだった様に思う。
 ある日突然幸せを失う恐怖を、この人は誰よりも解っている。
 この人の不安を取り払う言葉はないかと、懸命に頭の中を巡らせてゆく。
 
 
「大丈夫ですよ…………夜が来たって一緒に居ます。
あと俺根性あるし、アンタ残して死んでなんてやらないから、安心して?」
 
 
 恋は盲目。痘痕も靨。及ばぬ恋は馬鹿がする。
 恋の病に薬なしとは頭でよく解っている。けれど幸せだったなら、正直それでいいと思う。
 愛、屋烏に及ぶ位、深く愛し続けたい。
 
 
 操さんの白魚の様な手をとって、指を絡ませて道を歩く。
 悪戯っぽい笑みを浮かべた操さんは、俺の腕にすがり付いた。
 
 
「………あっは♡虎ちゃん愛してるぅ……!!」
「………負けない!!俺のが愛してる!!」
 
 
 一生大事にする。一生愛し続けようと思う。この人も、この人の愛するすべてのものも。
 改めて心に誓いながら、華奢な肩を抱き寄せる。啄む様なキスをしながら、心から幸せを噛み締めるのだ。
 
 
 end
***
 
 
 後書き、になります。
 一話一話がクソ長い小説と、異様に多い文字数にお付き合い戴き、誠に有難う御座いました。
 しかも今回はスケベが控えめなんですよ。
 今だから言いますが前作の「嗚呼、なんて薔薇色の人生」と「馬に蹴られても死んでなんてやらない」は実は同時期にストーリーの構想あったという………。
 順序逆だと「裏切られた」感じしそうだなと思う位に、温度差違うっていう。笑
 スーパーハッピーエンド。私の作品「黒」と「白」があるんですが、これは清々しい程に白の方。
 やっぱりキャラクターは困難に必ず見舞われるけど、ちゃんと前に進む。
 私こんなに子供絡む話は、初めて描いたかもしれません。
 全く関係ないんですが、派手髪のαと女性のαが好きすぎるんですよね。特に女性のαは本当に好きすぎてヤバイっていう。最早性癖。
 派手髪好きな私は、虎ちゃんの髪を作中で切った時、心が一度折れました。二話目なのに。自分で作った設定が憎かった……。笑
 
  
 以前書いた「疼痛溺愛ロジック」という小説と「馬に蹴られても死んでなんてやらない」は二大巨頭でストーリーが好きです。
 自分で書いてて好き。駆け抜けた時の爽快感がやばかったなぁと。
 生きることに対して目覚める話を書きたくなる。あと書いていて気持ちいい話が書きたい。 
 基本的に書き手全員そうだと信じてるんですが、攻めと受けがくっつく時、パソコン画面見ながら号泣してまして………。
 今回ずっと泣いてた。もう一生爆発してくれ。幸せになれだし幸せにしてやれと。
 攻めも受けもしぶとくて根性ありすぎるっていう。
 
 
 一生爆発してくれ………(作者二回目の自作キャラクターへの愛の暴走)
 
 
 自分の小説のキャラクターは、やっぱり自分の子供なんだと思いました。
 悪人だったとしても目茶苦茶可愛い。愛をもって不幸にする事もあるけど。
 この小説のキャラクターは全員、幸せでいてほしいな。
 
 
 ところでこれ書くのに温泉調べてて、目茶苦茶温泉行きたくなりました。温泉宿に行きたい。
 大分の青いお湯の温泉入りたさ過ぎた。笑
 
 
 まぁ、作者は温泉体質的に入るとたまに湿疹できるっていうねwwwww(余談)
 
 
 また何かを書きます。ストーリーが沸き上がったら。
 違う世界線でお逢いできましたら、また何卒宜しくお願い申し上げます。
 次は白かな?それとも黒かな?どっちだろ?
 
 
如月緋衣名 拝
 
P.S.
因みに作中にない裏設定ですが、仕事がなくなった天蠍と龍二は別の田舎に籠って野菜育ててます。
元気な白菜作って、知らず知らずのうちに嘉生館に出荷しています。更正して。そんなこんなで。
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