馬に蹴られても死んでなんてやらない【年下αの魔性のΩ略奪計画】

如月緋衣名

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第六章 

第二話

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 目の前で浴衣姿の親父が、佐京の身体を膝の上に抱き上げて、何やらヒソヒソと話している。
 その向かいで俺は侑京を抱き上げて、侑京の問い掛けに答えていた。
 
 
「なぁなぁ虎ぁ………あのおじさん、滅茶苦茶虎に顔そっくりじゃない??」
「………あのな侑京………あの人が俺の………その…………パパだ………」
 
 
 俺がそう言うと、侑京は目を輝かせて親父を見る。
 そして俺と親父の顔を見比べながら、俺に小さく耳打ちした。
 
 
「虎が言った通り、虎のパパは超優しかったよ!!まだ怖いとこ解んない!!」
 
 
 そういえばお祭りの時に、親父の事を素直に超怖いけど超優しいなんて答えてしまった事を思い出す。
 まさか本人が此処に訪れるとは、あの時は夢にも思っていなかった。
 
 
「あー………親父の怖いトコは、俺にしか解んねぇと思うぜ………」
 
 
 侑京にそう耳打ちすれば、何となく視線を感じる。ふと前を向けば、親父が俺の事をジッと見ていた。
 思わずビビり上がった瞬間、佐京が親父に何かを囁く。
 すると親父は物凄く穏やかな笑みを浮かべ、佐京と顔を見合わせた。
 親父がこんなに優しい表情を浮かべているのを見るのは、随分久しぶりな気がする。
 母さんが死んで以来、親父の表情は凍ってしまった様に思うのだ。
 
 
 一体親父と佐京は何の話をしているのだろうと、ついもやもやする。
 そんな複雑な心境の最中、操さんが通りがかった。
 操さんはこの状況を見るなり、必死に笑いを堪えている。感情が顔を見ただけで、手を取る様にして解ってしまう。
 もう操さんの顔がヤバイ。今にも吹き出しそうである。
 操さんは声が震えそうになるのを我慢しながら、俺と親父の元に歩み寄ってきた。
 
 
「す、すいません………なんか、うちの子、御世話になってるみたいでぇ………」
 
 
 親父に頭を下げた操さんは、佐京に手を伸ばす。佐京は親父の膝から降りて、操さんの足元にすがり付いた。
 ちらりと操さんを見た親父が、露骨に驚いた表情を浮かべる。それからさらりとあることを口にした。
 
 
「………貴方のお子さんなんですね。こんなに大きなお子さんがいる様には、思いませんでした。
こんなにお若くて美しいのに………!」
 
 
 ………この男、今しれっと操さんの事を褒めたぞ?
 
 
 操さんは照れながら目を輝かせ、何時もよりワントーン高い声色で話し始めた。
 
 
「ええ、そうなんですぅ!あらやだぁ♡ありがとうございますぅ!!」
 
 
 ええ!?ちょっと!?操さん!?!?チョロすぎない!?!?
 
 
 この時、俺は謎の危機感を感じていた。
 よくよく考えれば親父は俺の遺伝子の元ネタである。操さんに惹かれる可能性は十分だ。
 俺が操さんを好みなんだから、親父だって好みに違いない。
 思わず俺の顔が強張った瞬間、操さんが俺の顔をチラリと見る。
 実の親父に対してα独特の独占欲を、剥き出しにしてしまったと我に返る。すると侑京が俺の頬を指でつついた。
 
 
「どうしたの虎ぁ??こわいかおー!!」
 
 
 俺は苦笑いを浮かべながら、侑京の身体を抱き上げる。それから賢明に頭を切り換えた。
 侑京が俺の頬をつつかなかったら、今俺は冷静になれてない。
 
 
「………怖くないぞ?ほらー!!気のせい気のせい!!」
 
 
 そう言いながら侑京の身体を抱える俺を、親父がじっと見つめている。
 俺は親父の視線に、気付かないふりを続けていた。
 とっとと親父が東京に帰る日になれば良いのにと、心の底から思う。親父がいると物凄く調子が狂うのだ。
 
 
***
 
 
 親父が嘉生館に泊まる様になり三日目。この時には既に、俺が恐れていたことが現実味を帯びていた。
 渡り廊下で朗らかに談笑し合う、俺の親父と操さんを見ながら、デッキブラシを賢明に浴槽に擦り付ける。
 そんな俺を見て、横さんが不思議そうな表情を浮かべていた。
 
 
 …………親父と操さんの距離が、どう考えても滅茶苦茶近い!!!
 それに母さん以外のΩに対して、こんなに朗らかに接する親父を初めて見た!!!
 
 
 なるべく余計なことを考えない様にしようとしても、頭が上手く回らない。
 ついつい擦る力が入りすぎて、デッキブラシの柄がポキリと折れた。
 横さんと俺の間に微妙な空気が流れ、二人で向かい合う。横さんは白髪混じりの眉毛を八の字に下げ、首を傾げた。
 
 
「………虎くん、なんだか今日大分変な気合い入ってないかい…………?」
「えっ!?そうですか!?気のせいじゃないっすかね??」
 
 
 慌てて誤魔化す様に答えると、横さんは朗らかに笑う。それから浴槽の方に降りてきて、俺の肩を掴んだ。
 横さんは俺の肩を上手く動かし、無駄な力を逃がす。完全に身体に力が抜けた瞬間、横さんは微笑んだ。
 
 
「あんまり力み過ぎちゃうとね、疲れちゃうから気を付けるんだよぉ………?」
「っ………ありがとうございます………!!」
 
 
 横さんに肩を揉まれながら、大先輩に多大な迷惑と心配を掛けていることを思い知る。
 まさか自分の実の親父と、操さんの距離の近さが気になるなんて、口が裂けても言えない。
 流石に了見が狭すぎるだろうと思うけれど、どうしても不安な気持ちに駆られる。
 その理由は多分、操さんが母さんにとても似てる所があるのを、俺自身が肌で理解しているからだ。
 
 
 俺でさえ操さんと生前の母さんが、重なって見えることがある。
 それなら一番母さんと対峙していたであろう親父が、操さんから母さんを見出だしても、おかしくないと感じたのだ。
 それが不安だし、ただやきもちを妬いている。俺は余りにも了見が狭すぎる自分に、物凄い自己嫌悪を感じていた。
 
 
 浴槽の掃除を終えて、フロントに帰ろうと廊下を歩く。
 すると板さんと林さんと、アルバイトの仲居の綾乃ちゃんが、厨房前で井戸端会議を行っていた。
 因みに板さんは本当の名前は板橋さんというらしく、滅多に厨房から出てこない。筋肉質で声が太い。
 厨房以外で板さんに逢えるのは、従業員でさえレアである。
 アルバイトの綾乃ちゃんは女子大生で、最近入ったばっかりだ。
 
 
「おう、虎くんじゃないか!」
「あら虎ちゃん!!良いとこに来たわぁ!!」
 
 
 俺を見るなり一斉に三人全員が目を輝かせ、何かを言いたげに歩み寄ってくる。
 不思議に思い首を傾げた瞬間、綾乃ちゃんが俺にこう云った。
 
 
「斎川君ちのお父様、目茶苦茶格好良すぎない………!?!?」
 
 
 綾乃ちゃんの言葉を皮切りに、皆が口々に親父を褒める。
 
 
「斎川さんがよぉ………俺の料理がすげぇ良かったってわざわざ御礼言いにきてくれてよぉ………!!」
「虎ちゃんのお父様がねぇ、転びそうになった私を支えてくれたのよぉ………!久しぶりにときめいちゃった!」
「斎川さん本当に渋くて格好いい………!」
 
 
 皆が親父を褒め称えるのを見ながら、俺は思わず苦笑いを浮かべる。
 流石親父は斎川グループを仕切る男。完璧過ぎる程に人たらしだ。
 見事に誑かされた嘉生館のメンツに、ただただ俺は相槌を打つ。そして皆の話を聞き流していた。
 皆が口を開けば、うちの親父の話である。
 
 
 親父を褒め称える話を聞くことに疲れた俺は、事務所の机にかけてパソコンで書類を纏める。
 一人で出来る事務作業が、なんだか今日はとても楽に感じた。
 今日の勤務は早番で、夕方には身体が空く。この後はゆっくり一人で過ごそうと思った。
 ゆったりと事務作業を続けていると、事務所の扉が開く。すると黄色の縦縞模様の着物の操さんが顔を出した。
 
 
「あ、虎ちゃんお疲れ様ぁ♡」
「…………お疲れ様です!操さん!」
 
 
 微笑む操さんを見て、明日が遅番の日であることを思い出す。
 いよいよ明日操さんを抱けると噛み締めた瞬間、急に心が元気になった。
 操さんが俺に近付き、ゆっくりと口を開く。明日の事に関しての話だろうと、胸を躍らせた瞬間だった。
 
 
「あ、虎ちゃんあのね!?俺今夜、パパさんと呑むよ!」
「…………はい?」
 
 
 え、今なんて?
 
 
 全く想像さえしていなかった言葉を言われ、俺の表情は固まる。
 作り笑顔を浮かべたままで、固定している様なそんな感じだ。
 操さんは全く気にしない様子で言葉を続ける。
 
 
「なんか俺から、色々話聞きたいみたいだから!行ってくるね!」
 
 
 ………何の話を色々、操さんから聞き出そうとしてんだよ親父!!
 
 
 余計な言葉を吐き出さない様に、賢明に堪えて噛み締める。
 というか操さんと俺はまだ、サシで出掛けたことがないのだ。完全に親父に先を越されて、目茶苦茶に悔しい。
 
 
「………そうなんですね」
「うん♡」
 
 
 俺は余計なことを言わない様に、必死で言葉を飲み込みながら、仕事にひたすら没頭した。
 こんな事を気にしている様じゃいけない。それに俺と操さんは恋人じゃないのだ。とやかく言える権利は俺に無い。
 けれど気になる。どうしても。どうしても気になってしまうのだ。
 けれど俺は涙を呑んで、操さんにこう言った。
 
 
「………気を付けて行ってきてください」
「うん解ったぁ♡有り難うねぇ!」
 
 
 聞き分けの良いフリをしながら、操さんを送り出す。けれどこの時の俺は、異常な程に不安に駆られていた。
 息子の俺が言うのもなんだが、親父は良い男だと思う。物腰はスマートだし人当たりも良い。
 こんな男がただでさえ、難攻不落な俺の恋路の邪魔に入ったら、流石にきついだろうと感じた。
 どうしようと思い悩んだところで、解決策は見当たらない。
 
 
 その時に丁度、林さんが事務所にやって来た。林さんの着ている着物は仄かに水に濡れている。
 そういえば客室内の水道管に、トラブルがあったのを小耳に挟んだばかりだ。
 
 
「ちょっとやだぁ……!!髪の毛濡れちゃって、白髪染め落ちちゃったわ……!!!」
 
 
 林さんが洗えば落ちる白髪染めを、生え際に塗りたくる。俺はそれを見た瞬間、ある事を思いついたのだ。
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