馬に蹴られても死んでなんてやらない【年下αの魔性のΩ略奪計画】

如月緋衣名

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第五章 

第二話

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 操さん達の住んでいる古びたアパートの名前は嘉生荘という。嘉生館と嘉生荘にはきっと関連があるんだろうなと、頭の中でぼんやりと思った。
 
 
「虎ちゃん本当にありがとうねぇ??良い子にするんだよ?二人とも……」
 
 
 操さんはそう言って、佐京と侑京の肩に手を回す。
 お祭り自体は昼間からやっているそうで、遅い時間でないのならと、お出掛けの許可を頂いた。
 操さんの住まいの前に辿り着き、玄関先で腰掛ける。なんとなく懐かしい匂いがする部屋の中で、佐京と侑京の仕度を待っていた。
 都心から離れた遠い親戚の家に遊びにいった時、ふわりと嗅げる古い家独特の匂い。仄かにそれをこの家から感じる。
 この部屋の全てが、懐かしさを駆り立たせると思った。
 
 
 今日の操さんは朝顔の浴衣を着て、項をちらりと見せている。それがまたとても艶っぽい。
 ついつい着付けの作業をしている姿を、目で追い駆けてしまう。
 暫くすると着替えを終えた悪ガキ二人を、操さんは此方に連れてきた。
 佐京はしじら織りの紺色の浴衣に、グレーの兵児帯。侑京はしじら織りの灰色の浴衣に、紺色の兵児帯。
 きっちり着付けられた二人を見ていると、なんだか何時もより大人びて見えた。
 浴衣は温泉施設でもなければ、夏じゃないと見ることが出来ない。この季節に見る他の人の浴衣の姿は、とても風流だと思うのだ。
 一方風流に囲まれた俺の姿は、Tシャツにカーゴパンツという楽な服装だ。せめて甚平でも着れば良かったと、ほんの少しだけ悔やむ。
 すると操さんが俺の出で立ちを見て、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
 
 
「………虎ちゃんも今日、お洒落とかしちゃお?」
 
 
 操さんはそう言って、白魚の様な手で俺の手を引っ張る。
 慌てて履いているサンダルを脱いで部屋に上がると、古びた桐箪笥の置いてある部屋に引き摺り込まれた。
 箪笥の前に腰掛けた操さんは、中に入っている浴衣を引き摺り出す。
 黒っぽいシックな柄の浴衣と、エンジの色をした帯を手にして、俺を真っ直ぐに見た。
 
 
「………これね、まだ誰にも着せたことがないんだぁ。陽の目見ることないかもー、って思ってたから良かったぁ……」
 
 
 操さんはそう言いながら、慣れた手付きで俺に浴衣を着付けてゆく。縦縞しじらの柄とエンジの帯は、不思議と俺の身体に映えた。
 けれどなんとなくこの浴衣は、件の男の為に作られたものなんじゃないだろうかと思う。
 俺と操さんは大分体格が違う。俺が着せられた浴衣は、どうみても操さんが着るものではない。
 微かにギュッと痛む胸を抑えると、操さんが俺から手を離す。そして何時も通りの鈴を転がした様な声で、嬉しそうに笑った。
 
 
「………この浴衣ねぇ、俺の手作りなの。初めて作ったものだったから、無駄に大きくなっちゃって。良いでしょぉ?」
 
 
 まるで俺が不安に思っていた事を見透かした様に、操さんは笑う。
 操さんの手作りと聞いた瞬間に、テンションが一気に跳ね上がった。
 
 
「…………え!?作れるもんなんですか!?浴衣なんて!!」
「作れますとも!俺意外と器用だよぉ?良いじゃん、ちゃんと男前。似合ってる」
 
  
 操さんはじゃれつくように俺の手を握り、八重歯を見せて微笑む。
 すると操さんはとても照れ臭そうにして、周囲を見回してから俺の耳元に唇を近付けた。
 
 
「夜…………お部屋いくね…………」
 
 
 操さんはそう囁いて、俺の胸元を指先でなぞる。その時に感じた視線は、まるで最中を思い返させた。
 操さんは何事も無かったかのような表情を浮かべて、佐京と侑京の待つ玄関先に歩いてゆく。
 チラリと見える項から覗くボロボロな首輪は、やっぱり少しだけ目立って見える気がした。
 綺麗に整えられた格好の中に一つ、その首輪だけが目立っている。
 更に操さんはサイズの合わなかった従業員用の下駄を出し、俺に貸してくれた。
 全て操さんの選んだものに、身を包んでいる。
 
 
「虎かっけー!!お侍さんみてぇ!!!」
 
 
 侑京がそう言いながら俺にじゃれ付き、佐京はニコニコ笑っている。
 すると操さんは目を細めて笑い、パタパタと手を振った。
 
 
「あはっ♡みんな、いってらっしゃいー!!」
 
 
 操さんはそう言いながら、俺と悪ガキ二人を押し出す。
 何も気にしていない素振りをしつつも、夜に操さんと逢える事で俺は舞い上がっていた。
 錆びた鉄板の階段は、下駄で降りると鈍い音が響く。
 神社に向かって補正された道の遠くには、既に屋台が並び始めていた。
 
 
「なぁ、お前ら絶対はぐれんなよ??」
 
 
 そう言いながら笑って俺を中心にして、佐京と侑京と手を繋ぐ。
 華やいだ街並みに足を踏み入れた瞬間、祭囃子の音が響いた。
 
 
***
 
 
 佐京も侑京もお祭りに夢中というか、屋台の食べ物に夢中になっている。まさに花より団子というものだろう。
 さっきからチョコバナナだとかフランクフルトだとか、棒の付いた食べ物を一緒になって食べ歩いている。
 そんな二人を見ながら屋台を見回していた時、あるものが視界に入った。
 
 
 この町の商店街には、こじんまりとした宝石屋さんがある事は知っている。そのお店が、とてもおしゃれな屋台を出していたのだ。
 小さな箱に入ったキラキラ光る宝石と、指輪とネックレス。アクセサリーの並べられたお洒落な屋台。
 その中から俺は、桜の花のチャームが付いた、シンプルなΩ専用首輪を見付けた。これは操さんによく似合うだろうなと、ぼんやり思う。
 
 
「虎ぁ!何を見てるの??」
 
 
 佐京がそう言いながら、俺の見ているものを見る。すると侑京は首輪の方を指さした。
 
 
「これ、ママがつけてるアクセサリーだ!!」
「あー、そうそう。操さんに似合いそうだよな………」
 
 
 さっきも操さんの首輪を見て、自棄に歯型が目立つなと思っていた。せめて首輪を変えてあげたい。
 操さんが気に入るかは正直解らないけれど、プレゼントしてあげたいと首輪を手に取る。すると佐京が小さな声で囁いた。
 
 
「……………それ、ママにあげるの??」
「え、あ、うん………その、日頃のお礼に???」
 
 
 思わずぎくりとして、しどろもどろの言い訳を口にする。
 すると今度は侑京がこう言いだす。
 
 
「それママ似合いそうだよ!!」
 
 
 まるで背中を押されているみたいだと思いながら、店番のおばちゃんに首輪を差し出す。
 するとおばちゃんは穏やかな笑みを浮かべ、ラッピングを始めた。
 俺と悪ガキ二人に目配せをしながら、おばちゃんは囁く。
 
 
「…………奥さんが喜ぶと良いですねぇ??」
 
 
 奥さん。一瞬にして顔中が、沸騰する位に熱くなる。
 俺は何の言葉も発することが出来ず、代金を置いてプレゼントを受け取った。
 
 
「さっき虎は、パパに間違えられたのかなぁ??」
 
 
 俺は身体が大きくて、年上に見えるのは解っている。けれど子供がいる位に見られたのは初めての事だろう。
 佐京がパパと言われた俺を見ながら、ケラケラと笑う。すると侑京がこう言いだした。
 
 
「ねぇ、でもパパってどういうものなの??オレ達居た事無いから解らないや……。虎にもパパはいるの?」
 
 
 侑京から質問を投げ掛けられた時、頭の中に親父の顔が浮かんで消える。
 
 
「えー??俺のパパは超怖いよ??」
「えー!?怖いの??」
「うん、でも超優しい人だよ」

 
 俺と悪ガキ二人は他愛無い話を繰り返しながら、縁日の華やいだ街並みを練り歩く。
 気が付けば、辺りはもう真っ暗だった。
 遠くの空でパァンと大きな音を立て、花火が空に弾ける。
 バラバラと空に花を描いて、消えてゆく火花。俺はそれをとても綺麗だと思っていた。
 
 
「おー、たまや!!」
「えー??たまやってなぁに??」
 
 
 俺がたまやと叫んだ事で、不思議そうな表情を浮かべた侑京が首を傾げる。
 すると佐京が俺の真似をして叫んだ。
 
 
「………たまやー!!」
 
 
 三人でケラケラと笑い合いながら、花火に彩られた空を見上げる。
 とても穏やかでいい祭りだったと思いながら、嘉生荘目掛けて歩き出した。
 
 
***
 
 
 祭りの後というものは、やはり寂しいものだと思う。
 嘉生荘に近付けば近付くだけ、灯りが少しずつ消えてゆく。
 しんみりとした空気の中で、佐京がぼそりとこう言った。
 
 
「虎ぁ、次のお祭りはママも来れるかなぁ??来年はボクたちと虎と、ママで遊びに行きたい……」
 
 
 佐京がへらりと柔らかな笑みを浮かべ、とても優しい感情が胸に満ちてゆく。
 皆でお祭りに出掛ける事を想像すると、とても幸せな気持ちになった。
 来年のこの頃には、操さんが俺を好きになってくれたらいいのにと思いながら、佐京の手をぎゅっと握る。
 
 
「来れるさ。操さんに提案してみような」
 
 
 俺と悪ガキ二人は顔を見合わせて笑い合う。
 明るい気持ちで嘉生荘に近付いた時、門の前がライトで照らし出される。
 それと同時に夏着物を着た、神経質そうな老女が姿を現した。しゃんと背を伸ばした彼女は、俺たちの顔を見回す。
 この人は若い頃に大層な美女だったに違いない。老婆を見て、美しいと感じるのは初めてだ。
 すると侑京が彼女の方に走り出した。
 
 
「………おばあちゃん!!!」
 
 
 そう言われた瞬間に全ての辻褄が合う。この人が『おばあちゃん』と呼ばれる人だと俺は理解した。
 彼女は俺を真っ直ぐに見ながら、深くお辞儀をする。
 まるで蛇の様な冷たい眼差しからは、芯の強さを垣間見た気がした。
 
 
「あ………初めまして………二人、お送りさせて頂きました。斎川虎之助って言います………」
 
 
 深くお辞儀をし返すと、彼女は表情を変えずに俺を見つめる。
 まるで蛇を思わせる顔立ちに、俺は少し緊張していた。気分的にはまさに蛇に睨まれたカエルである。
 
 
「布施です。布施志乃と言います。嘉生荘の管理人と嘉生館の大女将です。
アンタ、最近来た番頭さんやろ?今日は子等がお世話になりました」
 
 
 布施さんと名乗った女性は、侑京と佐京を連れて部屋の中に入ってゆく。
 独特の凄みがある人だなぁと、俺はこの時に感じていた。
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