馬に蹴られても死んでなんてやらない【年下αの魔性のΩ略奪計画】

如月緋衣名

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第四章 

第二話

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 操さんの気が済む迄抱いて、ヒートが落ち着いた頃には、操さんの首から背中に掛けて俺の歯形に塗れていた。
 辛うじて項だけは、首輪で守られている状態だ。
 何時も着けていた首輪は、俺の噛み痕でボロボロになってしまっていた。
 
 
「本当に申し訳ございませんでした………」
「えー??オッケー♡超平気ー♡」
「…………いやだから!!オッケーっていう怪我じゃないでしょ!?!?」
 
 
 流石に地に頭をつけて、謝罪の言葉を繰り返す。けれど当の本人は全く気にしてない様子だ。
 強いていうなら、余韻さえも楽しんでいる様に思う。
 操さんはキッチリと着物を着こみながら、鏡台の前で身支度を整える。
 その後ろ姿をぼんやりと眺めながら、この美しい人を抱いたんだと感じた。
 
 
「………操さん、本当に首回り大丈夫ですか………??
「んー??へーき。っていうかラットのαの人と寝ると、大体こんなじゃない?」
 
 
 首筋を撫でた操さんはΩの抑制剤を取り出す。取り出した量は既定の二倍の量だった。
 これじゃあ身体を壊してもおかしくないと感じながら、白い喉が上下に動くのを見つめる。そして俺はまた、自分の無力さを噛み締めた。
 もしこの人が俺を愛してくれるのなら、絶対に放しやしないのに。
 身重の状態で置いていくみたいな真似なんて、俺なら絶対にしない。
 
 
「………そんなこと知らないです。俺、ラットの状態でこんな事した人、操さんだけです……」
「えー??じゃあもしかして、虎ちゃんのラットでのセックス童貞奪っちゃったやつぅ??………ごめんねぇ虎ちゃん??相手俺なんかで」
「………まともに避妊もしないで、人抱いたのも初めてですよ……もう………」
 
 
 俺がそう答えれば操さんは悪戯っぽく笑い、目を細めて八重歯を見せる。
 その笑顔は俺の大好きな笑顔で、心臓が締め上げられているみたいに苦しくなった。
 操さんの口から出てくる話も、垣間見えた性に対する翻弄さも、俺の理解の範疇を優に超えている。
 それでも俺は変わらずに、操さんの事が好きだと思った。
 
 
 操さんの肩を掴んで後ろに身体を傾ける。
 そのまま強引に唇を重ね合わせると、操さんはすんなりと俺の首に腕を回した。
 操さんの口の中はまだ仄かに甘く、ヒートの名残を感じられる。
 まだ無理して嘉生館に立たなくてもいいのにと、心の底から思った。
 
 
「…………俺、操さん好きです。大好きです………。俺、アンタの事愛してます」
 
 
 キスの合間に感情を吐露すると、操さんは小悪魔っぽい笑みを浮かべる。
 この時に俺の中では既に、ある考えが固まっていた。
 自分でも愚かな考えなのかもしれないけれど、最早惚れた弱みだろう。一層の事、何処までも愚かになってやる。
 この人に俺は愛を囁こう。何度何回突っぱねられても構わないから、この人に愛を囁き続ける。
 
 
「…………知ってるぅ………でも、返事は同じだよぉ??」
「良いんです。俺もう決めました。
アンタが根負けするか、心に決めてる男ってのが帰って来てくれるまで、愛してるって言い続ける事にしたんで」
 
 
 俺がそう言った瞬間、操さんは鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くする。
 それからほんの少しだけ目を泳がせて、呆れた様に微笑んだ。
 
 
「………やばー、虎ちゃん情熱的ぃ~♡」
 
 
 茶化す様に笑う操さんの目をじっと見つめ、頬を優しく撫でる。
 すると操さんは俺の腕の中で、自棄に静かになった。
 困った表情を浮かべる操さんを、更に困らせてやろうと思う。
 絶対に寂しいなんて思わせない。何があってもこの人を一人にしてなんてやらない。
 最早此処まで来ると、気持ちは喧嘩を売られた時と同じくらいだ。
 
 
「番も結ばず責任も取らず、アンタ置き去りにして、消えた男なんかに俺負けらんないです。
アンタが俺にもう降参っていう時か、そのクソα一発ぶん殴る迄は、俺はアンタに言い寄ります。
……………俺、言っときますけど根性割とある方なんで、結構しつこいっスから覚悟決めてくださいね?」
 
 
 俺がそう言い切った瞬間に、操さんが不機嫌そうに鼻を鳴らす。
 そして見下す様に笑った後で、威勢よく啖呵を切った。
 
 
「へー??いうねぇ虎ちゃん??俺も根性割とある方だからさぁ………勝負だねぇ???
何度も言うけど、カラダだったら赦してあげる。でも心はあげないから……」
「………望むところですよ。勝負っすね??」
 
 
 そう言いながらお互いに、まるで噛み付くみたいにキスをする。
 喧嘩みたいな恋の始め方をしたと、この時に俺は感じていた。
 
 
***
 
 
 操さんが社員寮から出れたのは、ヒートを起こした日から、約三日後の事だった。
 俺迄三日合わせて休みになってしまっている事を、横さんも突かないし林さんも揶揄わない。
 実際の所は林さん辺りは、女将と寝たのかと聞きたくて仕方がない様子である。
 余所余所しい空気が気恥ずかしくて、何だか何時もより事務所の居心地が悪い。そんな仕事の最中だった。
 
 
「虎ぁ………虎いる?」
 
 
 フロントでの作業の合間に顔をあげれば、佐京と侑京が立っている。
 侑京の方は何時も通りだが、佐京はなんとなく元気がない様に思えた。
 
 
「おおー、来たか二人共。俺これ終わったら庭行くよ」
 
 
 そう言って手を振ると、悪ガキ二人は庭へと出て行く。先日買った金平糖をやっと二人に渡せると思った。
 操さんのヒートの件で、まだ二人にお菓子を渡せていない。
 それにあげようと思っていたお饅頭は、賞味期限がとても短かったのだ。
 お饅頭は操さんがセックスの合間に食べた。和菓子は足が早いと笑いながら。
 
 
 砂利を踏み締めながら庭に出ると、池の近くで佐京と侑京が座り込んでいる。
 俺の足音を聞いた二人は顔をあげ、こっちに向かって駆け寄ってきた。
 操さんそっくりな猫みたいな瞳の前に、金平糖の入った包みを差し出す。
 やっと佐京と侑京にお菓子を手渡せて、俺は少し安堵した。
 
 
 やむを得なかったとはいえ、大事なママを三日間借りてしまった罪は重い。寧ろ金平糖じゃ足りない位だ。
 何時もの裏庭のベンチに腰掛けて、三人でお菓子を食べる。
 美味しそうに食べる顔を見て、またお菓子を買ってこようと思った。
 穏やかな時間が過ぎて行く中で、鹿威しと水の流れる音が響く。すると佐京がある事を口にした。
 
 
「ねぇ虎………ママがね、たくさんお怪我して帰って来たの…………。ボク、ママが心配なんだ………。
背中がね、真っ青だったの………」
 
 
 金平糖を齧る佐京の言葉を聞いて、俺は思わず咽そうになる。それはこの間、情事で俺が付けた歯形だ。
 まさかその怪我を負わせた人間が俺だなんて、佐京には想像さえも出来ないに違いない。
 内心罪悪感でいっぱいになりながら、佐京の話を静かに聞く。すると侑京が眉を顰めてこう言った。
 
 
「オレ、それ全然気づかなかった………ママどうしちゃったんだろう…………」
 
 
 侑京も泣き出しそうな表情を浮かべ、目にいっぱい涙を溜め始める。
 この時に俺はなるべく自分が、ラットになってしまわない様に気を付けようと思った。
 已む負えない事ではあるけれど、子供を騙すのは少々忍びない。
 けれど平和に話を終わらせる為には、誤魔化す以外の道がないのだ。
 
 
「………解った。ママがなんかされない様に、俺も目ぇ光らせておくから………」
「本当!?!?虎ぁ!!ママをお願い!!」
「虎、ママを頼む!!」
 
 
 あ~~~~!!!罪悪感が酷い!!!!
 
 
 白々しく佐京と侑京の頭を撫で回しながら、ズキズキ痛む胸を抑える。
 なるべくこの子達に、心配を掛けない様にしなければいけないと思った。
 多分操さんは抑制剤を過度に飲んで、ヒートの名残がある身体で動いてる。
 母さんが死んだ頃の俺の歳は六歳。佐京や侑京と同じ位だった。
 同じ思いをこの二人には、させたくないと心から思う。
 
 
「…………今日、お前らおばあちゃんのとこ??」
「うん!!」
 
 
 佐京と侑京の様子を見ながら、今夜も操さんは社員寮に泊まる日なんだと感じる。
 それに気付いた瞬間、頭の中で最中の操さんの姿が浮かんで消えた。
 操さんに触れたいと思う。肌の滑らかさも、唇の温度も、抱き心地も何もかも甦る。
 その時に俺はついでに、佐京と侑京に初めて出逢った日の事を思い出す。
 そういえばコイツ等、わざわざおばあちゃんとこを脱走して、嘉生館迄来た前科があった。
 
 
 もし抱くことがあったなら、佐京と侑京には脱走されたくない!
 見られたくないし邪魔されたくない!
 
 
「ばぁちゃんぜってー困らすなよ!?!?いい子で待ってろ!?!?」
「あはは!!解ったよぉ!!虎ってばぁ!!」
 
 
 走り去ってゆく佐京と侑京の背中を見送り、ベンチに腰掛けたまま空を仰ぐ。
 すると遠くから、砂利を弾く音が聞こえてきたのだ。
 ゆっくりと音の方に顔を向ければ、其処には操さんが立っている。
 品の良い黒基調な着物を身に纏い、とても艶やかな様子で俺に微笑む。
 その姿はいつもよりも美しくて、思わず息を飲み込んだ。
 操さんは俺の隣に腰掛けると、俺の耳に手を当てる。
 ゆっくり近付いてきた操さんから甘い匂いが漂った時、今日は抑制剤の量を控えているんだと察した。
 
 
「…………虎ちゃん、今夜何してるぅ?」
 
 
 鹿威しの音と流れる水の音が、秘め事の約束を隠してくれる。
 今すぐにでも抱き締めたくなる気持ちを抑え、言葉を返す。
 
 
「………今夜はずっと、部屋にいますよ」
 
 
 俺がそういうと、操さんは妖艶な笑みを浮かべて去ってゆく。
 俺の頭の中にはずっと、砂糖菓子みたいな甘いフェロモンの香りが染み付いていた。
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