馬に蹴られても死んでなんてやらない【年下αの魔性のΩ略奪計画】

如月緋衣名

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第三章 

第二話

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 嘉生館もそうだし、この田舎町も俺は大好きだ。東京の暮らしとは正反対の穏やかな時間が流れている。
 この町での長閑な暮らしは、意外と俺の性分に合っているようだ。
 強いてこの町の欠点をあげるとするなら、生活における不便さ位である。
 
 
「斎川さん、ごめんねー??αの抑制剤、今取り寄せないとなさそうだわぁ………」
「え??そんなことってあるんですか………??」
 
 
 処方箋薬局の薬剤師のおばさんはそう言って、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
 αの抑制剤は処方箋を貰えば手に入るなんて、俺の常識が一瞬にして覆された瞬間であった。
 
 
「あるのよー田舎町だとたまに。αの人は能力高くて、この街で生まれても都会に出て行っちゃうから、この薬局に余り来なくて元々あんまり仕入れてないのよ。
それにΩの抑制剤と比べたら、そんなに必要に迫られるものでも無くて………取り寄せに一週間時間貰っても良い??」
 
 
 αの抑制剤が手に入らない事なんて、東京だったら有り得ない。
 昨日Ωのお客様がヒートを起こし、已む負えず救護にあたった際に、殆ど抑制剤を使い切った。
 今手元にあるのは、本来なら5錠一気に飲まなければいけないものが約2錠のみだ。
 この町ではそんなにヒートを起こしたΩに遭う事も、東京と違って余りない。それに身近で出会ったΩも、思えば操さん位だ。
  
 
「一週間………ですか………。解りました………」
「本当にごめんね斎川さん!!お家にちゃんと届く様にしておくから!!」
 
 
 一週間位なら大丈夫だろうと鷹を括って、嘉生館に薬が届くよう手配する。
 ちゃんと定期的に病院に通い、抑制剤を確保しなければと、流石にこの時に反省していた。 
 最悪ヒート時のΩの救護が必要な際は、今週は誰かβの人に頼もうと思う。
 今週一週間は何も起きない事を祈り、俺は薬局を後にした。
 
 
 嘉生館への帰り道、賑わいだ商店街の街並みを横目に歩いてゆく。
 ちょっとだけ寄り道をしても良かったけれど、ついつい真っ直ぐ嘉生館に足が向かう。
 先ず抑制剤を持たない状態でうろつくのは、今は余り宜しくない。何か問題があったら首を突っ込んでしまう性分なのは、痛いほどよく自覚している。
 それに一目でも構わないから、早く戻って操さんに逢いたいなんて思っていた。
 
 
 確か操さんの今日の勤務は早番だ。今帰れば少しくらいなら話が出来る。
 
 
 折角だから理由づけに、佐京と侑京にお菓子を買って帰ろうと思う。
 それなら操さんの顔も見れるし、悪ガキ二人も喜ぶに違いない。
 適当に買ったお菓子は、色とりどりの金平糖。それと茶色の生地のお饅頭。
 悪ガキ二人が喜んでくれたら良いなと思いながら、嘉生館への向かって駆けだした。
 
 
***
 
 
 手土産を手に持ち嘉生館に入れば、ロビーがほんの少しだけ騒がしい。
 横さんと林さんが何かを囲む様にして話しているのが、俺の視界に入った。
 おろおろしている横さんが、ちらりと俺の方を見る。俺に気付いた横さんは、すぐに小走りでこっちに来た。
 
 
「あー!!虎くん!!良いところに来てくれたよぉ!!」
「どうしました横さん??」
 
 
 焦る横さんを宥めながら、横さんが立っていた付近に目を向ける。
 其処には顔を真っ青にした操さんが、ソファーに腰かけていた。
 
 
「………操さん??」
 
 
 俺が名前を呼んだ瞬間に、操さんは真っ青な顔のまま八重歯を見せて目を細める。
 具合が悪そうな操さんを、俺はこの時に初めて見た。
 
 
「あはっ………虎ちゃんだぁ………」
「え………操さん、どうしたんですか??」
 
 
 操さんの所に駆け寄ると、林さんが困った様な表情をする。
 そして深く溜め息を吐いて、眉を八の字に下げた。
 
 
「なんだかねー、女将ってば今日具合悪いみたいなのよう………」
 
 
 言われてみれば確かに、操さんが身体を休めていたイメージはない。
 常に遅くまで働きづめだし、子供の世話だってある様な人だ。
 多少の体調不良が起きても驚かない。
 
 
「そうなんだよー。だから社員寮なら空き部屋沢山あるから、寝かせたいなぁって思ってね………」
 
 
 横さんはそう言いながら、俺の顔を見上げる。
 きっと操さんを社員寮の空き部屋迄、運んで欲しいんだろうとその時に思った。
 確かに横さんや林さんは、操さんを持ち上げられない。
 俺なら操さん一人くらいなら、何のことは無く持ち上げられるだろう。
 
 
「あ、じゃあ、俺連れて行きますよ」
 
 
 そう言って操さんの身体に腕を回すと、操さんはぐったりとした様子で身体を預ける。
 華奢で折れてしまいそうな程の小さな肢体は、軽々と持ち上がった。
 操さんの白魚の様な手が俺の首の後ろに回り、抱き付く様にしがみ付く。
 その時に何故か、仄かにふわりと甘い薫りがした。まるで綿飴を作る時にザラメを機械に突っ込んだ時の様な、心地の良い甘い薫り。
 一瞬Ωのフェロモンかと思ったけれど、今の今まで操さんからそれを感じたことが無い。
 きっと気のせいだろうと、俺はその可能性を頭で否定してしまっていた。
 
 
「ごめんね虎くん!!女将を宜しく頼むよ!!」
「お休みの日なのにゴメンね虎ちゃん!!」
 
 
 林さんと横さんに向かって笑い、社員寮に向かって歩き出す。
 すると俺の胸に頭を預けた操さんが、少しずつ呼吸を乱し始めた。
 
 
「………操さん!?!?」
「んっ………虎ちゃん御免っ………俺、ちょっと無茶し過ぎたかも………!!!」
 
 
 操さんはそう言って、俺の着ているTシャツを握り締める。
 真っ青だった顔が上気し始めてきた辺りで、心配な気持ちに拍車が掛かる。
 流石に操さんは無茶をし過ぎだなぁと、余りにも軽い身体を抱き上げながら思う。
 内心今までの働きぶりを見ながら、何時寝てるんだとも思っていたし、何時休んでいるんだとも感じていた。
 
 
「………気にしないで下さい。本当に大丈夫なんで………」
「でも…………」
「良いです。俺に出来る事あったら、何でも言ってくれて構わないです」
 
 
 何時も頑張っている操さんを、少しでも癒してあげたいと思う。
 俺がそう言うと操さんは少し苦しそうな表情をして、何時もと同じ笑みを浮かべた。
 そんなに無理して笑わなくて良いのにと、俺は思わず申し訳無くなる。
 今日の笑顔は何だか弱々しく感じた。
 
 
 この人が望む事だったら、本当に何でもしてあげたいと思う。
 それ位に俺は操さんに、この時夢中になっていた。
 全てが愛しくて堪らない。この人の笑顔が守れるんだったら、ちょっと胸が痛い位は我慢が出来た。
 
 
 社員寮に着いて空き部屋に布団を敷き、操さんの身体を其処に下ろす。
 操さんは布団の上で、着ていた着物の帯に手を掛けた。
 桃色の襦袢と腰紐だけになった操さんは、布団に横たわり身体に汗を滲ませる。
 上気した肌と潤んだ瞳で、甘ったるい吐息を漏らしながら、時折俺の事を見て目を細めた。
 体調不良の操さんを見てドキドキするのは不謹慎だが、何だかいやに艶やかだ。
 
 
 今日の操さんは何時もよりずっとずっと色っぽくて、鼓動が全く止められなかった。
 掛け布団をきつく握りしめた指先の所作が、余計に俺の妄想を駆り立てる。
 本当に不謹慎にも程があると、自分で自分の心に叱咤した。
 
 
「………ごめんねぇ、虎ちゃん……迷惑掛けちゃって………」
「いや………全然迷惑なんて掛かってませんから。具合悪い原因って、何か心当たりとかありますか??」
 
 
 俺がそう問いかけた瞬間、操さんの瞳の虹彩が揺らめく。
 とても憂い気な表情を浮かべた操さんは、悩ましく眉を顰めた。
 それからとても言いづらそうに返事を返す。
 
 
「多分………薬かなぁって…………処方薬を………無茶して飲んでて………」
 
 
 処方薬。そう言われた瞬間に、操さんは何か良くない病気にかかっていたりするのかと思う。
 思えばΩの身体は基本的に弱いと、過去に聞いた事がある。
 急に心配になった瞬間に、ふわふわと砂糖菓子によく似た匂いが漂ってきた。
 
 
 この匂い、抱き上げた時にした匂いだ。
 
 
 綿飴を作る時にザラメを機械に突っ込んだ時の様な、心地の良い甘い薫り。
 段々強くなってゆくその匂いを嗅ぎながら、俺はある事にやっと気が付いた。
 これはΩのフェロモンだ。それが操さんの肉体から放たれている。
 
 
 もしかして操さんは、まだ誰とも番を結んでいない………?
 
 
 それに気が付いた瞬間に、俺の思考は混乱した。
 今の今まで全く匂いのしていなかった操さんから、どうして今フェロモンの匂いがするのだろうか。
 それに佐京と侑京の父親は、何故子供まで産ませて番契約を結んで無いんだ。
 体中が熱くなり、頭が段々良くない思考に憑りつかれてゆく。
 懸命に理性を保っていたけれど、更にフェロモンの薫りが強くなる。
 噎せ返る程の甘い匂いに中てられた瞬間、完全に劣情に憑りつかれた。
 
 
 形の良い唇を貪るようにキスをして、舌を絡ませながら唇の温度を知りたい。
 着ている服を無理矢理にでも剥いで、きめ細やかな白い肌に肌を重ねて抱きしめたい。
 この華奢な身体を掻き抱いて、乱れるところを見てみたい。
 そして、この華奢な身体を孕ませたい。もうそれ以外、考えられない。
 
 
 ラット独特なαの情欲が、自分の身体の奥深くから沸き上がる。こんな感覚は生まれて初めての事だった。
 孕ませたいと感じる程のラットを体感したのは、この時が初めてだ。
 どうしようもなく犯してしまいたい感情に襲い掛かられながら、懸命に残りわずかな抑制剤を口にする。
 
 
 この部屋から出なければ、俺は操さんを犯してしまう。
 
 
 最後の理性を振り絞りながら、部屋の襖に手を掛ける。するとその時、操さんがこう言った。
 
 
「…………ごめんね虎ちゃん、抱いてって言ったら………いやかなぁ………??」
 
 
 ゆっくりと振り返れば、両目から涙を流して、息を乱す操さんの姿がある。
 余りにも俺に都合の良すぎる誘いに、俺の理性は一瞬にして吹き飛んだ。
 操さんは誘うように着ていた着物の腰紐を解く。真っ白な肌を晒した操さんが、静かに俺の顔に手を伸ばした。
 俺の唇に偶然触れた指先から薫る、どうしようもなく甘い香り。
 気が付けば俺は、操さんの事を押し倒してしまっていた。
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