馬に蹴られても死んでなんてやらない【年下αの魔性のΩ略奪計画】

如月緋衣名

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第三章 

第一話

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「はー?企業のトップがΩだなんて、随分と舐めた事してる旅館だな此処は………!!
こんな温泉宿、良くない所に決まっているだろう!?!?」
 
 
 大声で喚き散らすαの男に、操さんは静かに頭を下げる。けれど操さんの所作には何も問題は無かったのだ。
 男が毒付き始めたのは、操さんの付けていた首輪を見た瞬間。
 操さんを怒鳴りつけているであろう男は、多分αだろう。とても良い身形をしていて、ブランド品のスーツを身に纏っている。
 大きな声で威圧的に言葉を吐き出すαの男に、操さんは物怖じせずにこう言った。
 
 
「お客様、大変お言葉ですが、私の性別と嘉生館の温泉の素晴らしさは、一切関係のない事です」
「…………テメエ!!舐めやがって!!ふざけるな!!!」
 
 
 操さんがそう言い放った瞬間、αの男が逆上する。
 嘉生館の一員になって約三か月の時が過ぎようとしているが、時折この手のトラブルは起きていた。
 Ω差別をするタイプのαの男は、多かれ少なかれこの様な事を言い出す。
 今日の事はトラブルにランキングをつけるとすれば、かなりな上位に入るだろう。
 このトラブルが起きれば起きる度に、俺にはαという存在が物凄く愚かなものに感じられるのだ。
 
 
 話し方に一切訛りを感じないその男は、いきなり手を振り上げる。その瞬間に俺は歩み寄り、αの男の手首を掴んだ。
 チラリと見えた社員証は、俺が育った街にある会社のものだった。
  
 
 っていうか、嘉生館の面接受ける前に、面接受けた会社の面接官の男じゃねぇか。
 
 
 そのまま男の顔を覗き込んだ時、表情が凍り付いたのを俺は見逃さない。この男は『斎川虎之助』の顔を覚えているに違いなかった。
 
 
「え………あれ………え??あんた確か…………………」
「…………申し訳ねぇけどよォ………うちの女将に手ェ上げようとした瞬間に、もうアンタ分が悪りぃんだよ………。解るか??」
 
 
 俺の凄んだ顔を見た瞬間に、男が完全に言葉を失う。
 怯え切ったαの男が震えだすと、操さんが呆れたような笑みを浮かべた。
 操さんの背後で、横さんと林さんが親指を立てて頷いている。
 俺は思わず吹き出しそうになりながら、二人に向かってこっそり親指を立ててサインを送った。
 やっぱり喧嘩慣れしていて良かったなぁと思いながら、操さんの出方を待つ。すると操さんは深く溜め息を吐いて、俺に笑顔でこう言った。
 
 
「………もう大丈夫。虎ちゃん放してあげて??」
「解りました。女将」
 
 
 αの男の手を離すと、彼は操さんに向かって頭を下げる。嘉生館の中でαの人間は、今の所は俺たった一人。
 入った当初は解らなかったけれど、こんなに用心棒の役割を担う羽目になるとは、夢にも思ってなかった。
 けれど俺は此処に来て、それなりに親父のいう言葉は理解できたつもりである。
 嘉生館に来て以来、俺は本当の意味での守る事を、少しだけ掴み始めてきた気がしている。
 
 
 面倒くさいαの男は何かと文句を言いつつも、大人しくチェックインして部屋に向かう。
 そして誰もいなくなったロビーで、操さんが俺の手を握った。
 
 
「虎ちゃん、本当にありがとね!!助かっちゃった……!!」
 
 
 上目づかいで覗き込んでくる操さんの表情に、思わず胸がキュンとときめく。
 感情が顔に出ない様に必死になりながら、頭の中でひたすら愛を叫び続ける。
 
 
 嗚呼……やっぱり操さんは美しい。本当に綺麗だ………。
 
 
「………全然、俺何もしてないですよ。操さん無事で良かったです……!!」
 
 
 相変わらずの岡惚れが続く中でも、小さな幸せを噛み締める。
 操さんは魅力的過ぎるから、毎日毎日好きになってしまう。踏ん切りなんて全くつかない。
 日に日に思いばっかりは、山の様に募ってゆく。最近の俺はこの人の役にさえ立てれば、何でもいいと感じていた。
 
 
***
 
 
「虎ー!!虎、今日ママを守ったって本当ー!?」
 
 
 真っ黄色の幼稚園バッグを肩に掛けた侑京が、俺目掛けて駆けてくる。
 俺は侑京の身体を抱き上げ、わざとグルグル回って見せた。
 
 
「守ったに入んねーよあんなの!!誰から聞いた!?」
 
 
 照れ隠しにわざと、ぶっきらぼうに返事を返す。
 すると近くでお絵かき帳を開いた佐京が、ニコニコしながらこう言った。
 
 
「ママからきいたよ!!」
 
 
 あっ…………!!それはとても嬉しい!!!照れる!!!
 
 
 思わず顔が綻びそうになるのを抑え、侑京の身体を振り回す。
 侑京は俺にしがみ付きながら、ケラケラと笑っていた。
 あの日以来悪ガキ二人は、約週二・三のペースで俺に逢いにくる。
 佐京侑京とすっかり仲良くなったけれど『パパ』の話はまだ出てこない。
 わざわざ聞き出そうとするのも違うなと、俺は常々感じていた。
 
 
 と、いうか聞いて傷付くのは目に見える。だから余計な事は言えない。
 操さんの相手がいい人であっても、悪い人であっても、間違いなく傷付くのだけは解ってる。
 それなら余計な事は、自分から言わないに越したことはない。
 
 
「なー虎ぁ……虎みたいにオレ強くなりてーんだけど、どうやったら強くなれんの!?」
 
 
 侑京はそう言いながら、俺に肩車を強請る。
 我儘を聞いて肩車をすれば、とても満足そうに笑っていた。
 侑京は甘えん坊なところがある。本人は認めないけれど。
 
 
「そうだなー、お前が大きくなった時にまだ強くなりたかったら、そん時は喧嘩の仕方教えるぜ!
俺喧嘩の仕方しか知らねえからよ!!」
「よーし虎!それ絶対だかんなー!?!?」
 
 
 喧嘩の仕方を教えたら、きっと操さんには叱られるに違いない。
 どうか大きくなった時に、喧嘩以外の事に興味を持ってくれと祈る。
 すると佐京が俺の顔色を伺う様に、近くに歩み寄って来た。
 
 
「ボクも………ママを守れるようになりたい………!!」
 
 
 佐京がそういうと、侑京が佐京に対してムッとした表情を浮かべる。
 俺の身体を屈ませる様に合図した侑京は、地面に座った俺の身体を、ジャングルジムの様に降りてゆく。
 そして頬を膨らませながら、佐京に向かってこう言い放った。
 
 
「佐京なんかぜってー強くなれねぇよ!!いっつもいっつも具合ばっかり悪くしてさ………!!
この間だって………ママが休みの時に熱出したじゃん!!」
「………ごめん」
 
 
 侑京はそう言うとバタバタと走り、嘉生館の中に消えてゆく。佐京はしゅんとした表情を浮かべて、俺の顔を見上げた。
 最近悪ガキ二人と仲良くなってから知ったが、佐京は病気になりやすい体質である。
 そのため侑京はこんな風に、看病される佐京にやきもちを焼く事がある。
 

「………ボク、侑京に迷惑かけないようにも
なりたいんだ………。
こないだもまた迷惑かけちゃった………」
 
 
 そう言って涙ぐむ佐京の頭を、乱暴にわしわしと撫で回す。暫くすると佐京はケラケラと笑いだした。
 やっと笑ってくれたと思いながら、佐京の身体を抱き上げる。
 侑京と同じように肩車をしながら、俺は小さく囁いた。
 
 
「お前もちゃんと強くなるからさ、大丈夫だ佐京」
 
 
 侑京は思っていることをすぐに口に出しすぎて、佐京は侑京と違って少し考え込む気質だ。
 見た目はよく似ているけれど、性格は全くの正反対。それに体質も全く違うらしい。
 佐京は病気が多く、侑京は怪我が多い。身体を壊す理由も二人は正反対だ。
 
 
「………本当?」
「ああ、本当。俺だって最初から強かった訳じゃねぇからさ」
 
 
 そう言って佐京の身体を下ろすと、佐京は安心した表情を浮かべる。
 そして嘉生館に、侑京を追い掛ける様に入っていった。
 佐京は侑京と仲直りをしにいくつもりなんだろうと察した瞬間、ひょっこり侑京の方が顔を出す。
 口元に人差し指を当てた侑京は、こそこそと俺の方にやってきた。
 
 
「……侑京どうした?」
 
 
 侑京はキョロキョロと回りを見渡し、少しだけバツの悪そうな顔をする。
 そして俺の耳を小さな手で覆った。
 
 
「………佐京にひどいこといっちゃったなって………佐京怒ってた??ごめんねしなきゃいけない……」
 
 
 そう言って申し訳なさそうに目を伏せた侑京の頭も、さっきの佐京と同じ様に撫でまわす。
 この悪ガキ二人の心根はとても綺麗で、接すれば接する程、優しい気持ちにさせてもらえる。
 
 
「佐京、侑京に迷惑かけないように強くなりてぇって言ってた。仲直りしておいで。佐京待ってる筈だから」
 
 
 侑京の背中を押す様に囁くと、操さんと同じ目を輝かせて駆けてゆく。
 暫くすると手を繋いだ佐京と侑京が、俺の方に手を振りながら嘉生館から出ていった。
 仲直り出来たんだなと思い、安堵する。最近の俺の日常はとても穏やかだ。穂波家の血筋に対して、良い緩衝材の様に動いていると思う。
 お節介なのは解ってはいるけれど、なるべく操さんが悩むことない様に立ち回りたい。
 なんでもいいから役に立ちたいなんて自惚れを、この頃の俺は繰り返していた。
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