馬に蹴られても死んでなんてやらない【年下αの魔性のΩ略奪計画】

如月緋衣名

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第一章 

第三話

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「あー!!女将さんから伺ってますよォ!!東京からお越しになったんですってぇ??私、林っていいますぅ!
スッゴい若い子がきたわねぇ~!ねぇ横さん!頼りになりそうでいいわぁ~!!」
 
 
 求人広告でのぼり旗を手にしていた写真の女性が、ニコニコ愛想よく笑みを浮かべて、俺と小人みたいな爺さんの前にお茶を出す。
 彼女の名前は林さん。小人みたいな爺さんの名前が横さんというらしい。
 林さんの勢いに圧倒されながら、旅館の事務所にあるソファーで、横さんと肩を並べてお茶をすする。
 林さんはとても明るい人で、さっきから延々と一人で喋り続けていた。
 五月蝿いというより、賑やかという言葉が合っている。文字通りのアットホームで和やかな空気感だ。
 
 
 嘉生館には辿り着けたものの、まだ『鈴を転がした様に笑う人』には出会えてない。
 何れその人とも逢えるのだろうと、心地の良い緊張を感じていた。
 声だけで人となりが解るのは、中々ない事だと思う。もう俺はその人に、逢うのが楽しみになっていた。
 お茶を飲み終えた横さんは、事務所の棚から何かを取り出す。それは横さんも羽織っている、嘉生館の法被だった。
 横さんはそれを俺に手渡して、また俺の隣に腰掛ける。
 俺が法被を羽織ると、横さんはつぶらな瞳を輝かせた。
 
 
「うちはねぇ、みての通りに若者がいないからねぇ……。君がうちを気に入ってくれたらいいなぁ………」
「…………そうなんですか?皆様大体おいくつ位なんですか?」
 
 
 横さんにした問い掛けの筈なのに、林さんが口を開く。
 
 
「んーっとね、まず私は20歳でねェ?三回目の。横さんは80代なのよねェ!
板前さんは50代!でも女将は若いのよォ!!」
 
 
 三回目の20歳で思わず笑いそうになりながら、適度に相槌を打つ。
 従業員の年齢層は高いと思ってはいたが、更に想像より高齢である事に驚く。
 俺は感情をなるべく顔に出さない様に、冷めた茶を一気に飲みきった。
 すると横さんが何かを思い立ったかの様に、俺をカウンターに呼び寄せる。
 狼狽えながらも横さんについてゆくと、横さんはスーツの袖を捲ってみせた。
 
 
「これからチェックアウトだからねぇ!!やり方みといておくれ!それから客室の掃除だから!」
「あ、え!?はい!?!?」
 
 
 面接さえまともにしていないというのに、研修らしいことが始まった。
 フロントに引き摺り出された俺は、ただ横さんの後ろに付く。
 俺の面接って一体どうなるんだろうと思った瞬間、チェックアウトのお客様がフロント目指してやってくる。
 それに対して横さんは、慣れた様子で対応を始めた。
 
 
 預けていた荷物の存在は、顔を見ただけで取り出せる。さらに片手でパソコンを動かしながら、何か計算をしてゆく。
 しかもタイピングが早い。光の速さで記入をしてゆく。
 この年代でこんなにパソコンを動かせる爺さんを、俺は正直初めて見た。
 横さんの仕事捌きには一切迷いがない。気が付くと俺は横さんの、80代とは思えない仕事捌きに感動していた。
 
 
「横さん、滅茶苦茶仕事早くないですか……??」
「やー、大丈夫だよう!!慣れたらこんなもんだよぉ??」
 
 
 横さんの仕事ぶりに驚愕していると、バタバタと騒々しい物音が聞こえてくる。
 その音はこっちに向かって誰かが走ってくるような、騒々しい足音だった
 さっき館内の簡易な地図を見て、フロントの前にある渡り廊下の先に、温泉があるのを知った。
 その渡り廊下から、此方に向かって段々足音が近付いてくるのだ。
 この温泉宿の和やかな雰囲気に、全く相応しくない足音。俺は思わずそれに視線を奪われる。
 
 
 その時、俺の目の前に天使が降り立った。
 
 
 物凄い美人が着物に襷をかけながら、フロント目掛けて廊下を駆けてくる。
 脚に掛けて濃くオレンジになってゆく、グラデーションカラーの品の良い着物を身に纏い、深緑の帯を締めている。帯どめは金色で桜の花があしらわれていた。
 その人の真っ白な肌に、その着物のコーディネートは良く映える。
 猫を思い起こさせる大きな目と長い睫毛。口角の上がった形のいい唇に、鼻筋がスッと通った整った顔。
 俺はその人を見た時に、こんなに美しい人を初めて見たと思った。
 
 
「あああああ!!!ごめんね横さぁぁぁん!!!遅くなっちゃってぇぇぇぇ!!!」
 
 
 唇から飛び出した声を聞いた瞬間に、その人が『鈴を転がした様に笑う人』だと気付く。
 息を切らしながら天使は微笑み、恥ずかしそうに乱れた髪の毛を直す。
 その時にチラリと見えた革製の首輪で、Ωである事に気が付いた。しかも性別は男だ。男のΩに出逢ったのは初めてだ。
 
 
「あっは………!!ごめんなさい!!俺が遅くなっちゃってぇ……!!
嘉生館の女将の、穂波操っていいます………!!!!まあ、性別は男だけどぉ……。斎川さんですよねぇー??」
 
 
 Ωでありながら旅館の女将。様々な事に衝撃を受けながら、目の前に現れた天使に見惚れる。
 操さんは言葉を完全に失くした俺に向かって、不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。
 どの動作をしても可愛らしいその人は、まるで小動物の様に目を輝かせて俺を見上げる。
 近くに来られると改めて、身体付きが物凄く華奢である事を思い知る。
 抱きしめたら折れて壊れてしまいそうな位に、操さんは可憐だった。
 
 
「あれ??斎川さん??どうしましたぁ………??」
「………あっ、すいません………!!
その………バリキャリのΩの方、母以来初めて逢うなって思って………」
 
 
 しどろもどろに言い訳を口にしながら、見とれていた事を誤魔化す。けれど、それはそれで本音だった。
 女将がΩだからこそ、Ωの就労が可能だったんだろうと思う。
 自分の中で全ての辻褄が、綺麗に合ったと感じていた。
 操さんは俺の言葉に表情を明るくして、目をキラキラと輝かせる。
 
 
 美人なのに小動物みたいに可愛い顔するとか、ホント何この人ズルい………!!!
 
 
 表情に自分の気持ちが出てこない様に、わざとらしく格好つけた顔をする。
 すると操さんは満面の笑みを浮かべて、鈴を転がした様に可愛らしい声色で笑った。
 
 
「あっは!!バリキャリのΩは嬉しいなぁー!ねぇ横さん??」
 
 
 操さんは横さんの肩を手で叩きながら、照れた笑みを浮かべる。
 物凄い美人だというのに、口元を開いて八重歯を見せて、微笑むところがまた良い。
 横さんは俺と操さんを見守るように、しわしわの顔で微笑んだ。
 
 
「そうそう、うちの女将さんはねぇ、働き者のいい女将さんなんだよう!!!」
「やだもう!!今日俺の事褒め殺すつもりぃ!?!?今日は楽しく仕事出来そうだなぁ!!
あ、そうだ横さん!!斎川さん、館内の案内に連れ出しても平気ぃ??」
 
 
 操さんがそう言った瞬間に、俺はロクに面接を受けていない事を思い出す。
 こんなに雑で良いのかと俺は思った。
 
 
「あっ、あの、操さん!!俺まだロクに面接………!!!」
「えー??でも斎川さん良い人だって俺直感で解るしぃ………。ていうか横さんだって同じだよねぇ??」
 
 
 ちょっと待って、本当に従業員の決め方雑過ぎない!?
 
 
 唖然とする俺の目の前で、横さんがコクコクと頷き、操さんがケラケラ笑う。
 俺がたじろいでいると、操さんの猫の様な目が、俺を真っ直ぐ見つめた。
 白魚のような細くて綺麗な指先が、俺の手首を掴む。俺の手を引っ張った操さんが、口角を上げて小悪魔っぽい笑みを浮かべた。
 この瞬間に俺の心臓は高鳴り、一気に体中の温度が跳ね上がる。
 鈴を転がした様に笑う美しい人に、誘われる様にカウンターから引っ張り出された。
 
 
「さー、斎川さん行こうかぁ!!女将直々に嘉生館をご案内致しまぁーす♡」
 
 
 良いのか!?こんなに雑に面接とかすっ飛ばして、アルバイト始めて大丈夫なのか!?しかも、こんな美人の上司の下で!!
 
 一生分の運を使い果たしたと思いながら、嘉生館の中を歩きだす。
 格式の高さを感じる木造建築の天井を見上げてから、チラリと操さんの方を見る。
 操さんの横顔はとても綺麗で、隣に居るだけで体温が上がる様な気がする。
 すると操さんは俺の視線に気付いて、わざと顔を覗き込みながらこう言った。
 
 
「ねぇねぇ、名前は斎川の下はなぁに??」
「あ、斎川虎之助です………」
「虎之助!!なんかすごく合ってるぅ!!でっかいし強そうだし!!虎ちゃんって呼びたい!!いーい??」
 
 
 天使が滅茶苦茶俺との距離を詰めてきて、さっきから心臓の鼓動が五月蝿い。
 もう虎ちゃんだろうが何だろうが別にいい。操さんが喜ぶんなら、好きに呼んでくれて構わない。
 そう心の中で思いながら、涼しい表情をしてみせた。
 
 
「………いいっすよ」
 
 
 相惚れ自惚れ片惚れ岡惚れ。そんな便利な言葉があるが、こんな風に心を奪われたのは初めてだった。
 生まれてこの方一目惚れなんてした事が無かったこの俺が、たった今それを思い知る。
 
 
「なんだか俺、まだ虎ちゃんの事はよく知らないけど、長い付き合いになりそうな気がするぅ……!!」
 
 
 操さんはそう言いながら、鈴を転がした様に笑う。
 俺は自分の中に沸き上がった感情を、必死に顔に出さない様に抑え込んでいた。
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