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第一章 

第一話

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 斎川虎之助という名前の有名な不良がいる。何処に居たって目立つ金色の長い髪と、木刀が彼のトレードマーク。
 都内の極悪チームを幾つもたった一人で全壊させ、狂った様に戦ってきた伝説の男。
 彼に関して知られている事といえば、都内の荒くれものしかいない高校の学生だったという事位で、あとの事は何も知られていないのだ。
 様々な不良が恐れていた斎川虎之助。そんな伝説の不良は今、突然の悲劇に見舞われていた。
 
 
「虎之助。お前まともな人間になるまで、家から出て行け。
頭を冷やすか、まともな人間としての社会性が身に着くまで、絶対に此処に帰ってくるな」
「………なんで??」
「…………反抗期だと思って目は瞑ってはきたが………お前が怪我をさせた人が取引先のお子さんでな………」
「………ハァ???」
 
 
 珍しく放任主義のうちの親父、斎川幸之助から呼び出されたと思いきや、突如勘当を言い渡される。
 俺の名前は斎川虎之助、18歳。そしてα。さっき説明した伝説の不良ってやつは俺の事。
 そんな俺は一週間前に高校を卒業したばかり。
 確かに勘当を言い渡すには、とても最適なタイミングだと思う。
 余りにも突然突き付けられた引導に、俺は唖然とする以外出来ないでいた。
 
 
 リビングで親父と睨み合えば、家政婦さん達がガタガタと身体を震わせる。
 俺と親父は一触即発、いつ何が起きるか解らない様な状況だ。
 長年世話をしている旦那様と坊ちゃんとはいえ、方や見た目はエリートヤクザ、こちらは現役バリバリのヤンキー。確かにこれは恐ろしいに違いない。
 その怯える様を見て、部外者を怖がらせるのは望んでいないと流石に思った。
 なるべく穏便にこの喧嘩は収めたい。挙句、他人に親子喧嘩を見られるのは格好悪い。
 こんな風に弱い人を巻き込んでいるような喧嘩に関しては、俺の美学に反しているのだ。
 
 
 伝説の不良と崇め奉られているこの俺だが、その実態は超有名企業を幾つも手掛けている、斎川グループの御曹司。
 その立場の自分の事が全く受け入れられずに、反抗期を拗らせて不良街道を爆走した。
 でも俺は曲がった事は好きじゃないし、弱い者いじめは性に合わない。
 強い奴らにだったなら、幾らでも戦いを挑みにいく。そんな昔ながらの不良になりかった。
 
 
 けれど俺が詫びなければならない様な暴力を、人に奮った覚えがない。拳は正しいことに使うものだと、本気で俺は思ってる。
 弱い者いじめをしたみたいな、誰かに謝らなければいけない暴力なんて、一切奮ったつもりはない。
 俺が最近殴った奴らの顔を思い浮かべながら、懸命にそんな金持ちそうなヤツが居たかと考える。
 その時にふと、身形のいいスーツの男を殴った事を思い出した。
 
 
 俺の記憶を辿りながら、その男を殴った理由を思い返す。約一週間前の事、俺は路地裏で卒業式をサボって黄昏ていた。
 人通りの少ない上に身を隠せる都合の良いその路地裏は、俺のお気に入りの場所だった。
 何時も通りにコーラを飲みながら黄昏ていれば、甘い薫りを漂わせながら何者かが近付いてくる。
 ふと匂いを追ってみれば、身形の良いスーツを着た男が、ボロボロの女の子を引きずっていた。
 
 
 女の子の方の様子がどう見てもおかしい上に、明らかに嫌がっているのが解る。それと同時に強く甘い匂いが漂ってきた。
 これはΩのフェロモンだと気付いた瞬間、男が女の子を無理矢理壁に押さえ付ける。
 その光景はどう見ても、αがΩを犯そうとしている所だった。
 Ωの女の子は泣いて逃れようとするが、男が無理矢理それを押さえ付ける。
 ボロボロ泣いて嫌がるΩの女の子に、無理矢理暴行するなんて、とてもじゃないけど卑劣極まりないと思った。
 俺は立場の弱いΩに対して、寄って集って痴態の限りを尽くすα野郎だとか、そういう奴らが気に喰わない。
 
 
 男はΩの女の子を襲うのに夢中で、奇襲をかけるのは簡単だった。
 男をボコボコに殴り飛ばしてから、彼女に抑制剤を渡して逃がす。去り際に彼女は涙ぐみながら、俺に向かって『有難う』と呟いた。
 喧嘩とΩのフェロモンの残り香で熱くなった身体を、抑制剤で鎮静させながらこう思う。
 
 
 こんな世界なんて、クソくらえだ。
 
 
 ヒート時のΩには強姦罪が適応しない事は有名な話だ。
 そんな理不尽な話があってたまるもんかと、何時も思っている。
 まさか親父の云ってる男がソイツなら、殴られたって仕方のないどうしようもない男である。
 そんな奴を親父が庇っているなんて事も、俺には物凄く虫唾が走った。
 
 
「………多分ソイツか?って奴居たけど、それ向こうがワリィぞ?
裏道でΩの女の子犯そうとしてたようなヤツ………。親父そんな奴の肩なんて持つつもりかよ………!!!」
 
 
 この件で俺が完全に悪者として扱われるのは、物凄く癪だし赦し難い。
 それにそんな悪人の肩を、俺の親父が持っている現実が耐えきれない。
 そう思って親父を睨み付けた瞬間、老けた俺と瓜二つの顔面が凄む。
 
 
 この瞬間に俺は今までの勘で、何故か自分の負けを感じてしまったのだ。
 
 
「………其処迄の事になっているのなら、何故警察に任せなかった………!!!
強姦罪は適応されないが、ちゃんとΩの保護はしてくれるだろう………!!!
お前が殴った男がどうなったのか、お前知ってるか!?!?」
「知らねぇよ!!!なんだっていうんだよ!!!」
「全治一か月の大怪我だ。右手と左足が骨折してた。………お前それは過剰防衛ってヤツだ………!!!」
 
 
 あっれ………??それは結構ヤってんな俺………。
 
 
 親父から自分が負わせた怪我の内容を聞いて、確かにそれは過剰防衛だと納得する。
 そういえばあの時の俺は多分、軽くヒートが入っていた。
 まさか骨折迄していたなんてと、今更になって思う。俺が苦笑いを浮かべた瞬間、親父は深いため息を吐いた。
 
 
「………幾ら向こうが悪かろうが、自分が不利になる様な事をして戦うのは間違いだ………。
これは俺がお前が何か問題を起こす度に、尻を拭ってきた事にも問題がある。
俺の手が離れた所で社会性を身に着けて、そこから戻って来い。
…………それまではお前は勘当だ…………」
 
 
 大分親父も怒りを堪えているようで、諭すように話しながら、額に血管を浮き上がらせている。
 それに俺はこの時、親父の云った事に反論が出来なかった。
 確かに俺はすぐにカッとなり過ぎるし、人よりずっと融通が利かない。
 自分の頭が無駄に堅い事位は、自分自身が一番よく解っている。
 
 
「………何時までに出て行けばいい??」
「………俺も鬼じゃない。一ヶ月以内に此処から出ろ。
一月時間があれば流石に、お前の働き口くらい見付かるだろ」
「解った………………とっとと探して出てってやるよ!」
 
 
 俺はそう親父に云い放ち、座っていた席を立つ。
 親父に背を向けた瞬間に、怯え切った家政婦さんたちと視線がぶつかる。
 雰囲気の悪い空間の中で震え上がる家政婦さんに、謝罪の気持ちを込めて頭を下げた。
 リビングから一歩踏み出して廊下に出た瞬間に、どうしようもない程の虚しさに襲われる。
 この時の俺はもう、なるようにしかならないと溜め息を吐いた。
 
 
***
 
 
 俺は斎川幸之助というαの男と、斎川茉里奈というΩの間に生まれた子供だ。
 母はΩなのにバリバリのキャリアウーマンで、親父よりも年上だった。親父曰く、真面目なところに惹かれたそうだ。
 母さんは親父と番を結ぶ前に使っていた、副作用の強いΩ抑制剤で、身体を壊し命を落とした。
 あれは俺が六歳の、秋の日だったのを覚えている。
 まともな職業に就職をする一握りのΩは、常に抑制剤の無茶な使用を強いられるのだ。
 こんなクソみたいな社会が母さんを殺したと、俺は今でも思う。だから俺はΩを守れるαでありたい。
 その日から親父は新しいΩを番にすることは無く、俺はΩに関してとても頑なになった。
  
 
「親父に勘当されたわ。仕事見付かったら暫く逢いに来れねぇわ………ごめんな母さん」
 
 
 仏壇の前に腰かけて、古くなってしまった写真に笑いかける。
 線香に火を付けて香炉にさして、リンを鳴らして手を合わせた。
 親父は何時も忙しくて、中々母さんの所に手を合わせられない。
 俺が此処から出ていったら、母さんは寂しい思いをするだろう。
 
 
「………俺居ない間、親父の事宜しく。今の俺じゃあまだ大事な時の考え、親父みてえに及ばねぇからさ………。
ごめんな本当………」
 
 
 遺影の中の母さんは、何時もと同じ笑みで微笑んでいる。
 線香の煙が消えたのを見計らい、居間から出て部屋に戻ろうと歩き出す。
 携帯で求人サイトを開きながら、これも何かのタイミングに違いないと、思考を切り替え仕事を漁る。
 この時の俺はピンチではあったけれど、それなりに前向きに逆境と向かい合っていた。
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