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プロローグ

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 人の恋路を邪魔する様なヤツなんて、馬に蹴られて死んじまえ。
 そんな簡単な事は頭でよく理解している癖に、いざ目の前に据え膳なんて並べられたら、堪えきれないのが男の性だ。
 
 
「…………操さん、愛してます。俺なら絶っっっ対にアンタを幸せにしますし、寂しい思いなんてさせません………」
 
 
 白魚の様な手に唇を寄せ、甘い甘い言葉を囁く。
 我ながら歯の浮くような台詞を口にしていると思うけれど、今の俺は兎にも角にも必死なのだ。形振りなんて考えているような暇はない。
 ゆっくりと白く美しい手の甲の先に目をやれば、艶やかな着物姿の美人が微笑む。
 わざとらしく開けた襦袢に、艶めかしく動く白い脚。サラサラと揺れる黒髪が真っ白な肌にとても映え、まさに妖艶という文字を体現してる。
 猫を思い起こさせる大きな目と、口角の上がった形のいい唇。そして誘うようにふわふわと漂う、砂糖菓子の様な甘いフェロモンの匂い。
 
 
 嗚呼、操さん。今宵もなんてお美しい………。
 これぞまさに毒婦と呼んでいいとさえ思う。まさに魔性。蠱惑的。ていうか色っぽい。本当に堪らない。
 
 
 すると操さんは鈴を転がしたかの様に明るく笑い、さっき俺がキスをした手で俺の顔に触れる。
 操さんは慣れた手付きで俺の唇をこじ開け、白くて細い指先を口内に捩じ込んだ。
 俺の口の中で遊びだす指先から、仄かに砂糖菓子の様な甘みが広がる。
 このままじゃ俺もラットになると思った瞬間、操さんが唇をゆっくりと動かした。
 
 
「………ふふっ、虎ちゃんは可愛いねぇ??
でも、前も言ったけどぉ…………俺、虎ちゃんに心はあげられないなぁ…………。
身体は幾らでもアゲル。俺だって寂しいし?浮気の一つや二つ位したっていいと思ってるから。
だけど俺の心はずーっと、たった一人だけのものだよぉ???」
 
 
 操さんの指先は俺の口内を弄り、歯の裏側を絶妙なタッチで撫ぜていく。
 思わず俺は吐息を漏らしながら、懸命に愛撫に耐えていた。
 操さんから返ってくる返事が何かなんて、俺は良く解っている。
 だけど今の俺は絶対に、退く訳にいかないと思っているのだ。
 
 
「…………番も結ばず責任も取らず、アンタ置き去りにして、消えた男なんかに俺負けらんないです。
アンタが俺にもう降参っていう時か、そのクソα一発ぶん殴る迄は、俺はアンタに言い寄りますから……」
 
 
 細い手首を引き寄せて、華奢な身体を抱き寄せる。
 奪うように深いキスを唇に落とせば、操さんは囁いた。
 
 
「あっは……!!虎ちゃんって情熱的…………!!ホント、若いっていいねぇー??」
「…………18歳のガキだからって、あんまり甘く見過ぎないでくださいね………」
「見てないよぉ??だって俺、何時も虎ちゃんにイカされちゃうもん…………」
「…………今夜も覚悟決めてください」
 
 
 はだけた襦袢の腰紐を解きながら、布団の上に身体を倒す。
 操さんの身体を抱きしめながら、俺はひたすらにとある言葉を頭に思い浮かべていた。
 恋は盲目。痘痕も靨。及ばぬ恋は馬鹿がする。
 恋の病に薬なしとは頭でよく解っている。けれど、付け入る隙があるもんだから止められない。
 とっととそのクソ男が帰って来て幸せになってくれるか、諦めて俺のものになればいいのに。
 そう思いながら今日も、人の道を外れた恋にこの身を深く焦がすのだ。
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